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「Respect!」#3 大橋裕之

刺繍ブランドRyme et Flow.の松澤葉子です。
Noteでのコラムの不定期連載として、様々なジャンルで活躍されているクリエイターとの対談・インタビューを載せていきます。

第3回は、漫画家の大橋裕之さん。
独特の感性に溢れる漫画の世界観、作品を生み出すルーツなどをお聞きしました。


大橋裕之(おおはし・ひろゆき)プロフィール
漫画家。1980年生まれ。愛知県蒲郡市出身。2005年『謎漫画作品集』などの自費出版漫画で本格的な活動を開始。既刊に『シティライツ 完全版(上・下)』『遠浅の部屋』『ザ・サッカー』『ゾッキ 大橋裕之 幻の初期作品集(A・B・C)』『太郎は水になりたかった』『大橋裕之の1P』など。
2020年にアニメーション映画『音楽』、2021年に映画『ゾッキ』が映像化された。2020年3月蒲郡観光大使に就任。
2024年、映画『MIRRORLIAR FILMS Season5』「変哲の竜」監督・脚本。5月劇場上映、以降配信リリース予定。

漫画家・大橋裕之

デビューと作風

YM:漫画家としてのデビューから、何年目でいらっしゃいますか?

大橋裕之:自分であんまり覚えてないです、、(スマホで調べながら)初めて商業誌に漫画が載ったのは2007年、単行本の出版が2009年です。

YM:今まで、漫画を描かれるコンセプトや特徴としているところはありますか。

大橋:単純に自分が面白いと思ったものを描いてる、というのは当たり前なんですが、自分は面白いと思ったけど周りの人はどう思うんだろう、と疑問を持ちつつ描いているところもありますね。

YM:割とリアルな日常を描くものが多いですよね。キャラクターが人間離れした造形であっても、やっていることはものすごく人間。

大橋:設定が宇宙とかUFOが出てきても、どうしてもこう、日常的なものになってしまいますね。それが好きなのか、、よく分かんないです。

独特の目の描き方

YM:大橋さんの絵といえば目の描き方ですが、生まれたきっかけはあるんですか。

大橋:18か19の頃に漫画新人賞に応募し始めた時に、自分の絵はあんまり描き込まないゆるい絵なので、編集者に読み飛ばされないように、顔のパーツなり、何か特徴があった方がいいなと思って。
で、漫画の絵って、目の輪郭が繋がっていないのもあるじゃないですか。(目頭と目尻部分)それを逆に突き抜けたらどうなるかな、あんまりないなと思って。

YM:そうなんですよね、他にないわりに人の顔として違和感が全くないですよね。


2022年のRyme/ym個展「音楽と刺繍」でのイベント
布に描いた似顔絵に刺繍していきました

似顔絵屋


YM:大橋さんといえば、有名な方も一般の方も、沢山の似顔絵を今まで描かれていますけど、皆さんものすごい似てるんですよね。似顔絵を描き始められたのはいつからですか。

大橋:イベントで漫画家参加のフリマみたいなものがあって、売るものがあんまりなかったので、なんとなく似顔絵やります、みたいな。

YM:なんとなくからでしたか(笑)すごく人気があるのは、今の時代のSNSやLINEなどのアイコンになるからでしょうか。

大橋:それもあるかもしれないですね、自分の顔写真は出さないけど、似顔絵でこの人はこういう顔って分かるっていう面白さ。初めて待ち合わせして、アイコンで似顔絵を見ていて本人と分かりましたって話も聞きます。

YM:すごいですね!やっぱり特徴を掴んでるからか、その似せるためのコツはありますか?

大橋:パーツの配置とか、バランスが大事だなって思って描いていたんですけど、前にイベントで似顔絵教室をして、みんなで一人の人を描いてもらった時に、そういうパーツやバランスを無視しても、めちゃくちゃ似ている絵を描いている人がいて、、

YM:そういうこともあるんですね(笑)それは絵として魅力的かどうかもあったのかも。

大橋:自分でも分かんなくなってきています、、。

地元・蒲郡と幼少時代から今まで

子供時代と漫画を目指したきっかけ

YM:幼少時代、どんな子供でしたか?

大橋:子供の時は引っ込み思案で、誰とも喋れなかったんですけど、でもキン肉マンとか絵を描いて、そしたら周りから上手い上手いって言われて。それで話せるようになったり。友達とは話すけど、クラスで目立つことはできないみたいな。

YM:漫画家になるきっかけもそこからですか。

大橋:そうですね、保育園の時に漫画家ってよく分かってなかったですけど、漠然となりたいなと思いました。でも小学校に上がってすぐ、僕より上手い人がいっぱいいたんで、そんな夢はすぐに消えたんですけど。

YM:そして改めて、漫画家になろうとしっかり志したのはいつですか?

大橋:小、中、高校とずっと落書き程度に描いていて、で、高校3年の時に、進学も就職も決まっていなくて、現実逃避に何を血迷ったのかプロボクサーになるって親や周囲に言って。テレビでボクシングを見るのが好きだったんです。
そう言っておきながら、漫画の雑誌の新人賞を読んだときに、すごく下手な絵でつまらない漫画が100万円とか賞金をもらってデビューを掴んでいた。そこで、あ、漫画をちょっとやりたいなと思って。でも周りには、プロボクサーから漫画家に夢を変更していたことは言えずに、愛知県内で一旦ひとり暮らしして。
ボクシングジムに入会したんですけど、行く気なくて、漫画を頑張ってたという。

YM:なるほど(笑)ボクシングから漫画、振り幅も大きいですけど、一般的なサラリーマンになるつもりはなかったんですね。

大橋:19歳の時にひとつ小さな賞をもらったんですけど、ダメ出しが凄くて。そこから何回賞に応募してもうまくいかなくて、23、4、5歳あたりは地元で就職してました。

影響を受けた漫画

YM:漫画を書くにあたって影響を受けた人や、尊敬する漫画家はいますか。

大橋:沢山いますけど、楳図かずお先生は大好きですが、あんなに絵柄を上手くは描けないというか。楳図先生はとんでもない展開や発想に憧れていました。まあ、真似ることはできないんですけど。

YM:私は大橋さんと同じ歳(1980年生まれ)ですが、私たちの子供時代の漫画って良い時代、豊かでしたよね。ジャンプやコロコロコミックも面白くて。活気のある時代の漫画を読んだからというのはあるんでしょうか。

大橋:それはありますね。3つ年上の兄貴の影響もあって、小学生の時に楳図先生、AKIRAの大友克洋先生、吉田戦車先生とか、それと、はた万次郎先生の影響は受けました。

YM:はた万次郎、ちょっとゆるい感じの作風ですね。楳図先生のような劇画タッチにも挑戦されたことはあるんですか?

大橋:小学1年の時に北斗の拳を模写しようとして上手く描けなかったんで、その時点で諦めました。

YM:小学1年、早いですね(笑)それからずっとゆるい絵になったんですね。

大橋:小1で上手い人はすぐいきなり描けるって思ってたんですよね。じゃあ自分は無理だなって。

お笑い番組と面白さの表現

大橋:影響といえば、ダウンタウンのコントも大きいです。

YM:「ごっつええ感じ」ですね。キャラの造形とシチュエーションが面白かったですよね。お笑い番組もお好きだったんですか。

大橋:他にもとんねるず、ウッチャンナンチャンも好きで見ていました。人前に出るのが得意だったら芸人も憧れた時はあるんですけど。

YM:なるほど、じゃあやっぱり大橋さんの表現したいことは「面白さ」なんですね。

大橋:そうですね、面白さも色々あると思うんですけど、大きく笑うものじゃなくても、じわじわ効いてくるもの、よく分かんないけど面白い、とかも好きだったりするので、そういうのはやりたいです。

地元、蒲郡

YM:ご出身の愛知県蒲郡市は漫画の舞台になっていることが多くて、実写映画化された「ゾッキ」も蒲郡を舞台に撮影されましたね。どんな街でしょうか。

大橋:海と山がある町で、田舎すぎず、もちろん都会でもない。東京や大阪でも、名古屋でもない曖昧さが子供の頃は嫌でしたけどね。やっぱりこの町だから自分の作風が生まれたという気はします。離れてみてやっぱり面白い、いい町だなとは思います。

YM:いいところですよね。大橋さんの漫画に表れているような、日常のシュールさっていうのは、東京都のような都会より、あれくらいの地方の方が多いのかなと思います。謎の建物があったり、何か落ちてたり。

漫画と表現

楽しいことと辛いこと


YM:漫画を描いていて、どんな時に楽しさを感じますか。

大橋:一番の頂点は思いついた時ですね。そこからもう下がっていきます。

YM:最初がもう頂点なんですね(笑)いちばん大変なことはありますか?

大橋:やっぱりネームですね。作画やネームを書いたり、設計図のように考えていくのが、基本的にめんどくさがりなので大変です。

YM:いちばん楽しい直後にいちばん大変がくる(笑)

大橋:完成して、読んでもらって面白かったって感想をもらえると、もちろんめちゃくちゃ嬉しいし、またちょっと上がるんですけど、やっぱりぐわっと気持ちが上がるのは、思いついた時です。

YM:それは急に降ってくるものなんですか?

大橋:考えて考えて思いつくこともあれば、降ってくるというのか分かんないですけど、あっと思いつく。でもそれも多分、今までの蓄積があってこそなのかなと。無意識にそうなっている気もします。

YM:何事も経験を積むと上手くなっていくものですが、デビュー当時から現在までの上達が感じられるものでしょうか。

大橋:そうですね、話作りに関しては、なんでもネタを思いついたらメモってるんです、もう10年20年と。たまに読み返すんですが、ほぼ使えないものばっかでも、20年くらい前に書いたネタが、あ、ここをこう形にしたら使えるなっていうものがたまに出てくるので、それは経験やテクニックが以前より上がったのかなって思います。もしかしたら歳をとってきて、今まで厳しい判断をしていたのが甘くなっているのかなとも思うので(笑)なんとも言えないですが。

早々に諦めたから続けられた

YM:そういった経験を経て、ものづくりや表現をする上で、大事だなと思うことやアドバイスはありますか。

大橋:単純なことですけど、続けることがやっぱり大事かなとは思います。難しいことではあるんですけど。30歳くらいの頃、もう商業誌に載るのは無理だな、地元で就職しようかなって思った時はあったので。

YM:それでも続けてこられたんですね。

大橋:続いてしまったというのが正しいかもしれないですけど。

YM:私の大橋さんの漫画の中でいちばん好きな作品があって、海で流され溺れかけて死にそうになって、そこでサーファーの人に助けてもらって今があるという話。その時に「早々に諦めて、ただ浮いていたから良かった。もがいていたら力尽きていた」ということにすごく感銘を受けたんですよね。
(※「遠浅の海」大橋さんの実体験を基にした短編。「ザ・サッカー」掲載)

大橋:確かにそういう部分が、結構あるかもしれないですね。絵柄を書き込むことを最初から諦めていて、これで大丈夫なのかな、なら続けていこうくらいの気持ちでやってきたんで、なんか続いています。上手い人なんて沢山いますし、皆さん当たり前に上手いんで。

YM:そう言われれば、海で浮かんでいることと、なんとなく共通するかもしれませんね。

漫画以外の表現

YM:漫画以外にも、映画監督や役者など、いろんな表現をされていらっしゃいますね。

大橋:役者や映画を撮ったりは、全部知り合いに誘われて。漫画以外のことは自分から動いたことはないんですけど、誘われたら面白そうだったらやってみるっていうスタンスです。誘ってもらう時点でどんなことでも嬉しいので、自分がやれるんであれば、と。

YM:そうですね、機会がもらえるっていいことですよね。

今後の予定と目標

YM:最近のお仕事としては、脚本も書かれた映画の監督作品の上映・配信と、漫画のご予定はありますか。

大橋:新しいWebでの連載が近々始まるのと、前からのWeb連載の更新が遅れ気味なんですが、今まで以上に頑張らねばと。

YM:時代はWebの連載なんですね。

大橋:紙の印刷、単行本で形になる方が嬉しいですけどね。

YM:今後の目標はありますか。

大橋:毎回言っているのは、現状維持。来年や再来年の仕事がどうなるかわからないので、現状維持と言って思っておきながら、何かちょっと新しいことをやれたかなという感じで毎年上げていけたらと思います。

YM:漫画以外のやりたいこととかは。

大橋:特にないですかね。

YM:漫画が描ければと。

大橋:そうですね、あんまり労働意欲がないほうなので、50、60歳になってきて自分が頑張れるか不安なので、今頑張っとかないとと思ってるんですけど。今仕事があるうちは、と年々続けている感じですね。

YM:大橋さんらしいですね(笑)今日はありがとうございました!



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