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【ウミネコ文庫挿絵】靴をつくる男:創作秘話

先日、ウミネコ文庫さんの甘い潮の香りに誘われて参加した創作童話でしたが、今回初めて「挿絵」というものにチャレンジしてみました。


子どもの頃から絵を描くのが好きで、外で駆け回って遊んでいる時以外は画用紙に向かって絵を描いて過ごしていましたが、子どもから大人になるというのは不思議なもので、かつては神童と呼ばれた童も時間という魔性に神性を削られ、やがて普通の人間になっていきました。

子ども特有の自由な感性はしだいに思い出せない記憶となって泥土に埋もれ、いつしか模倣によって筆を動かすだけに。しかし、それでも私は絵を描くことが好きでした。スヌーピーやミッフィー、ムーミンなどの絵を真似ることで、私は楽しい時間を過ごしていたのです。

そんな模倣の手本となった挿絵画家の一人が、高校の時に出逢ったジョン・テニエルです。テニエルは、世界的に有名な『不思議の国のアリス』やイギリスの風刺雑誌『パンチ』に寄稿していたことで知られる挿絵画家です。

ビアトリクス・ポターのピーター・ラビットとともに、ジョン・テニエルはその後の私の絵に大きな影響を与えました。(といって、決して絵が上手くなったわけではありません。)

高校の時に買った、テニエルの『不思議の国のアリス』の挿絵が両面に印刷された下敷きをいまだに大切に使っているくらいです。いえ、そのはずでしたが、5日前にうっかり熱々のスープカップを下敷きの上に乗せてしまい、熱でぐにゃりと曲がってしまったのです。もはや下敷きとしての用をなさないほどに。(どれだけカップが熱かったのか…。)

私は挿絵を描いていたペンを置き、嫌な予感に襲われました。しかし、きっとこれは下敷きが邪気を払ってくれたに違いない、などと日頃たいして迷信深くもないくせに知ったふうな口を利きながら、思い直して再びペンを取りました。(その間に熱々だったスープはほどよい温度に。)


始まりは、豆島圭さんの童話『靴をつくる男』がタイムラインに流れてきたことに遡ります。

物語が始まる前、冒頭にあった「ジョン・テニエル風の」という一文に惹かれてしまったのです。


豆島さんの作品を読みながら、私の頭の中はいつのまにかジョン・テニエルの挿絵でいっぱいになりました。おそらくテニエルの名前がなかったとしても、この童話にはテニエルの画風が似合うと考えていたと思います。

しかも、挿し絵を描いてくださる方を求む、とあります。気がついた時にはすっかり前のめりになっていた私は思わず、「やらせてください!」と手を挙げておりました。

一方、海のものとも山のものともわからぬ初対面の私の申し出を、豆島さんは快く受けてくださいました。私は嬉しさでいっぱいでした。

ところが、このとき私は完全に失念していたのです。自分には想像力がないということを。

そして、この事実を私は甘くみておりました。


ここからは挿絵完成までの創作秘話(そんなに秘密でもないけれども)をお話しいたしますが、その前に豆島さんの作品をぜひご一読ください。(★必読です)


さて、こうして私の楽しくも苦しい道のりが始まりました。

初めて読んだ時、いくつかの場面が頭に浮かびました。
まずは、なまけものの国の王様たちが食事をしている冒頭の場面です。
ちょうど、『不思議の国のアリス』のA Mad Tea Partyの場面をお城の中に置き換えた場面を思い浮かべ、早速下絵を起こしました。

しかしながら、どうもイマイチでした。理由はなまけものの国の大人たちをどう描くかというところで私の頭がフリーズしてしまったからです。豆島さんのお話を読んでいただければお分かりのとおり、これは物語の結末につながる重要な要素になる部分です。ひととおり書き上げたところで、私はこのA案をボツにすることにしました。


次に浮かんできたのは、子供が靴を履く場面です。
迷ったのは、本文中には「子供」としか書かれていないことです。豆島さんに確認しようかとも思いましたが、ここは独断で女の子にすることにしました。そして、これをA案として1枚書き上げました。

続いて、靴職人を迎えに行ったロバが蹄を磨いてもらって喜んでいる場面を描くことにしました。挿絵を描くにあたり、私は図書館から何冊かテニエルと19世紀の絵本の挿絵集を借りてきていました。ロバにしても背景にしても、あくまで「ジョン・テニエル」らしくあることが挿絵の大前提です。私は何度も画風を確認しながら、ロバと背景を描いていきました。こうして、B案が完成しました。


最後に描きたかったのは、もちろんラストの場面です。
最初の下絵は、王女と靴職人を画面の両端に配した横からのカットでした。
私はこの絵を見ながら、もう一度豆島さんの作品を読み直しました。もうすでに10回は読んでいたのですが、細かい部分を確認したかったのと、最後の場面をしくじっては作品全てが台無しになるのは間違いないと思ったからです。

初心に返って、初めて読む人の気持ちになりながら読んだときに、王女の全身像を描くのをやめることにしました。ここはやはり、読者の皆さまの想像力に任せるべきだと思ったのです。そうしてもう一度書き直し、これをC案としました。


さて、こうしてようやく3枚の挿絵が出来上がったわけですが、豆島さんはどう思われるだろう、と不整脈かと思われるほどにドキドキしながら、3枚の挿絵を豆島さんへ送りました。

ところが、私の予想を大幅に裏切って、豆島さんはとても喜んでくださいました。
私にとってこんなに嬉しいことはありません。
しかし、挿絵を描くにあたって何度も作品を読んだとはいえ、やはり作者である豆島さんのイメージと食い違ってはいないか、私が読み違えていないかを確認していただく必要があります。

これはとても大切な作業です。私の挿絵が豆島さんの作品にも大きな影響を与えかねないわけですから、どんなに細かいことであっても率直な意見と要望をいただきたい旨をお伝えしました。

そして、豆島さんから頂いたご感想とご要望、それに対する私の心の声・・・がこちらです。


<挿絵A>子供が靴を履く場面

豆島さん:子供は女の子なんだ!と思いました。男の子をイメージして書いてました。たしかに性別を書いていなかったのと、靴職人が男なので、バランス的にも女の子がいいと思いました。
ただ、私から見ると、お洋服が可愛すぎるかなと思いました。(中略)もしかして、もう少し質素がいいかもと思いました。

私の心の声:もう少し質素→同感です。なんなら書いた瞬間に自分でもこれでは中流階級のお嬢様だわ、と思っておりました。→修正します。

ということで、A案は修正することになりました。
もちろん、私も女の子の衣装のために修正するつもりではいたのですが、今まで同じ絵を何度も描いたためしがありません。失敗しようが成功しようが、私の絵は一度描いたらそれっきり、というのがこれまでの実績です。

女の子はともかく、靴職人が同じように描けるのか。私の中は不安でいっぱいでした。しかし、想像力はなくともこれまで数々のイラスト(そんなに多くなかった…盛り過ぎました…)を見よう見まねで書いてきたという、頼りない実力があります。頼りない実力に頼ってでも、ここはなんとしても乗り越えなければなりません。こんなときにiPadでお絵描きできる人はいいなぁと思いながら、普通のプリント用紙にお気に入りのぺんてるの黒のハイブリットで地道に描いている自分がまるで化石のように思えました。


<挿絵B>ロバが蹄を磨いてもらった場面

豆島さん:完璧どころか想像の百倍素敵です(以下略)←豆島さんの感想が嬉しすぎたので、ここから先は私の心の中に留めておきたいと思います。

私の心の声:よかったぁ!正直、この絵はもう二度と描けない…

ということで、B案は双方一致で、修正なし。


<挿絵C>最後の場面

豆島さん:王女の姿がチラ見えしているのが良いです。(中略)ただ見た瞬間「ダッシュで逃げてない?」と。(中略)そこで…難しい注文していいですか?例えば、真横からではなく、王女の斜め後ろあたりからのカットは無理ですか。王女の手やドレスは今くらいの分量で少し斜め後ろな感じで、その向こうの方に、男とロバの後ろ姿を小さめに。
ゆっくり歩いて離れていく、余韻が残るイメージが理想です。
その場合、ロバの後ろ姿は想像できるのですが、鳩はどうなるのか?鳩の後ろ姿?がイメージできません。この絵の鳩もとても素敵だったので、ぜひどこかに書いて頂きたいのですが…。

私の心の声………。
な、斜め後ろのカット?鳩の後ろ姿?いやいやロバの後ろ姿も全然わからん…。斜めからのカット…一体どんな風景を描けばいいのか…余韻……。

私の最初のC案は真横からのカットで、遠景に山がちょっと見えるという程度の風景。これが斜め後ろから男とロバが歩いている風景となると、風景の全景が必要になってきます。王女の斜め後ろからのチラ見えも画面のどこから描き始めればよいのか。豆島さんからは無理であれば最初の絵でも十分ですという回答はいただいていましたが、私としてはなんとしてもご要望に応えたい気持ちでいっぱいでした。なぜなら、この場面は物語中で最も大切な場面だからです。

そこで、私は王女の位置に自分が立ってみることにしました。そうして、体の向きを左へ45度動かしてみたのです。すると、あら不思議、なんだか景色が見えてきました。これは、豆島さんからの多くも少なくもない指示のおかげです。

私は風景を確認するために一度下絵を豆島さんへ送って見ていただくことにしました。この風景で進めてくださいとの回答をいただいたものの、私はここでもう一度作品を読み返しました。そうして、最後に描こうとして描けなかった砂利の道をなんとか遠景に配してみる事にしました。

こうして最後の1枚が仕上がりました。


< 挿絵A >


< 挿絵B >


< 挿絵C >


作業の途中、何度も豆島さんにご確認いただくというお手間をかけてしまいましたが、作者の方のイメージと、読者としての私のイメージを重ね合わせることでようやく挿絵が完成したときの喜びは何ものにも代え難いものでした。

最後までお付き合いいただいた豆島さんには感謝の気持ちでいっぱいです。
そして何よりも、今回の企画をしてくださったウミネコ制作委員会さんに最大の謝辞を捧げます。

ウミネコ文庫さんからの出版を心待ちにしております。


Ryé

※豆島さんからのメールの文面の引用については、事前にご了承をいただいております。
※トップ画像は『不思議の国のアリス』のジョン・テニエルの挿絵の模写です。うさぎは本編とは無関係です、あしからず。


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