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有機農家がみた『ダンジョン飯』のゴーレム農法

ダンジョン飯の第8話「キャベツ煮」では登場人物のセンシがゴーレムを使って野菜を作っている様子が描かれます。

この回はダンジョン飯のテーマである「食うか食われるか、そこには上も下もなく」という世界とはちょっと違う特殊な回でした。

それを有機農業をする農家である私がみたらどうだったかをお伝えします。漫画は全巻、アニメも今までの回を見ている状態でお伝えします。

ゴーレム農法の考察

全体的にさすがというべきかとても細かいです。例えば次のコマ

ダンジョン飯 単行本2巻 P14

まず、雑草を抜いています。農業の基本です。

雑草を抜くのは土の栄養をとられないようにしたり、雑草により作物への日光が遮られないようにするためです。そして抜いた雑草を土に戻すのは肥料になるからなのですが、わざわざ乾燥させているのが少し専門的だと感じました。なぜなら乾燥させないと分解が遅くなり、土に戻した効果が薄くなるということがあるからです。(緑肥利用マニュアル

ダンジョンとその外ではほとんど物質の出入りはないと考えると、そこでは質量保存則を意識する必要があります。土から取り去るものはできるだけ少ない方がいいので、この雑草の利用はとても合理的です。

そして人糞尿を使った肥料を使っていますが、これもわざわざ「別の場所で作った」と書いてあるのがニヤリとさせられます。実は人の糞尿を畑にそのまま撒くのは危険です。ましてやダンジョンではゾンビなどの死骸も入る可能性があるとのことでした。実際に中世に人の糞尿をそのまま使い毒素が残ったり、寄生虫が繁殖したりということもあったそうです。センシは別の場所で発酵させて肥料として使える状態にしてから使っています。肥溜めとは単に貯留しているだけでなく発酵のための設備でもあったのです。

そしてセンシは肥料を作るのも経験豊富であることがわかります。上コマでは肥料のフタを開けて開けていますが、もし十分に発酵できてない肥料であれば糞尿の匂いを他の人がすぐに感じたはずです。このことから完熟させた良い肥料であることが推測できます。ダンジョン内の温度はそんなに高くないでしょう。そのような微生物の活動が弱そうな環境でも完熟肥料を作るセンシはかなりの経験者といっていいでしょう。

ダンジョン飯 単行本2巻 P15

次に、畝をたてているのも興味深いです。農家が畝を作る1番の目的は水捌けをよくするためです。ゴーレムは腰水という形で下から水を吸い上げることもあると描かれています。この場合は普通の畑で言うと地下水が上がりすぎてきている状態で根腐れの危険があります。それを畝を作ることで影響を軽減できます。
ただしゴーレムが立っていることが多いのであればこの畝の作り方は水がゴーレムの下半身の方に偏りそうです。センシのことを信頼するならゴーレムはうつ伏せで寝ている時間が長いのかもしれません。

最後に連作障害を考慮していました。連作障害は同じものを単一で連続で栽培することにより特定の栄養素が枯渇したり、特定の微生物や虫が増えすぎることにより収穫量が減ってしまうことによりおきます。作中でセンシは次のようなものを栽培していました。

  • キャベツ: アブラナ科

  • じゃがいも: ナス科

  • にんじん: セリ科

  • 玉ねぎ: ユリ科

  • かぶ: アブラナ科

栽培しているものがうまく分散しています。私ならここに人糞尿肥料では補給しにくい窒素を補ってくれるマメ科のものも加えます。田んぼにレンゲが生えているのをみたことがある方も多いと思います。あれはイネ(稲科)にレンゲ(豆科)で窒素を補給しています。
センシのことですから前回か次回に組み込まれるものだと思われます。

ゴーレム農法の謎

娯楽作品としては十分なレベルのゴーレム農法ですが、もし私がセンシに「次からお前がやってみろ」と言われたら確認したい事項がいくつかあります。それぞれツッコミというわけではなく楽しく考察したいと思います。

日光をどこから得ているのか

アブラナ科やナス科は日光を好む植物です。できれば日の出から日の入りまで日光を当てたいです。日光がなければ植物は光合成ができず、光合成ができなければ成長はしません。

弊社の得意なトマトなどは1%日射量が減ると1%収穫量が減ると言われているぐらいです。センシらの収穫物を見ると我々が普段食べているものと同じような大きさになっています。むしろ大きさは揃い、虫食いはなく秀品ばかりです。何らかの形で日光相当の光エネルギーを得て光合成をしているはずです。

ダンジョン飯 単行本10巻 P176

後半で魔術師により「青空も作ってやったのに」というセリフがあったり、迷宮内の人が作られた青空の下で農業を営んでいる様子もあります。ただ、ゴーレムがわざわざ背中の植物のために住んでいる地下三階を抜けて、日光浴に行っているとは思えません。黄金郷の人たちのための迷宮なので「農業を営みたい」という願いを叶えるための魔力が働いているのかもしれません。

何月だったのか?

冬にとれるキャベツ、にんじんと、春夏のじゃがいも、玉ねぎなどが一緒に収穫時期を迎えています。これはダンジョン内はほとんど一定の温度や湿度ということでしょうか。作物によっては発芽の条件が違いますので、この辺りは謎です。

なぜ人糞尿を使うのが当然の世界なのか

ダンジョン飯 単行本2巻 P25

この糞尿を集めるセンシの行動で違和感を持たなかったあなたは日本人です。実は我々の現実世界では人糞尿を使う農法は当たり前ではありません。日本の文化だったりします。この糞尿を回収する仕組みのおかげで江戸の街は綺麗だったとかなんとか。

しかし作中ではセンシはもちろん、エルフであるマルシルやハーフフットのチルチャックが当然のこととして受け入れています。個人的には「東方ではあると聞いたことがあるけど。受け入れられないわ」ぐらいだと自然でした。

余談ですが糞尿の活用は日本はもちろん世界でも注目され始めています。リンなど資源は日本は全量海外から輸入してますし、世界的にもとれる場所は限られているので、一度口に入れたものから再利用するのが効率がいいのです。

肥料 の歴史 by 高橋英一 · 1984 ja

なぜ我々の世界と同じ品種改良が行われているのか

マルシルがキャベツやニンジンを普通の野菜といっているのですが、ここは違和感があります。キャベツが丸い玉になっていますが、こういう玉になるキャベツは結球性のキャベツといい、読者である我々が品種改良してできたものです。自然にはなかったものです。またニンジンがアニメ版ではオレンジ色でしたが、ニンジンはもともと白とか紫でした。このオレンジ色ばかりになったのはこの世界の人間の品種改良の結果です。(オレンジ色の野菜がどこで生まれたか?オレンジの国といえば・・・そうです。オランダです。)

ただ、異世界のファンタジーとしては変ですが、ダンジョン飯は魔物を食べるという「変な食材」がテーマになっている作品です。「普通の食材」との対比を楽しむものなので、そこでさらに独自世界を展開すると基準がなくなるのであえてこうしてるのでしょう。

ちなみに私個人は、このシーンは日本人読者向けに作者によって漫画化されるときに絵が変えられており、レシピも日本で手に入りやすい食材に翻訳時にアレンジされていると解釈するタイプです。

ゴーレムの残り1%の謎

ダンジョン飯 単行本2巻 P22

残り1%はファンタジー世界での設定だと死体や人骨ということがあるそうです。人骨と仮定するとすごいのは、(家畜などの)骨粉というのは実は農業の歴史で最初の化学肥料の材料と言われているぐらい重要なものだということです。今も肥料として使われています。つまり人骨が野菜を美味しくしているというのは全く理屈として正しいのです。このゴーレムの設定を踏まえて、作者がゴーレムで野菜を栽培させたのだとしたら脱帽ものです。

さいごに

ダンジョン飯 単行本2巻 P28

作品を最初に読んだときは化学肥料を使わず、農薬も使わず、糞尿を循環させるゴーレム農法は有機農法的だと感じました。有機農法の根本の思想は資源を循環させ大地を豊かにしていくことにあります。センシのようにダンジョンを維持し、自分が受け取るだけでなく、与える側にもなるのが嬉しいという考え方はまさに有機的であると感じました。(【有機農業関連情報】トップ ~有機農業とは~:農林水産省
しかし・・・太陽に頼らない閉鎖空間での農法と考えると、閉鎖型の植物工場のようでもあります。作物を育てる培地が動くというのは現代の農業でも植物工場での水耕栽培や、いちごの栽培棚がスライドするやり方や、キノコの瓶での栽培にも似ています。
やはりユニークな農業なのですね。センシはすごいなぁ

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