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エッセイ【満月がいっぱい】

何処か、この月が見ていない場所へ、逃げたいと思った。
そんな書き出しから始めた掌編がありました。雑誌に投稿した話なので公開はしていないのですが、よく思い出す一文です。
月の光さえ眩しくて、優しい夜にだけ泣いていた帰り道がありました。月の明るい夜で、誰も私を見ていないのに、月だけが白っぽくて。泣いている私を照らすので、『君も酷いことをするんだね』と、思ったところで何にもならないことを思いました。
今、私の知らない誰かが、楽しいことに笑っている。私は黒い服を着ないといけない時間を、パニエで膨らませて。
世界はうまく構成されています。素晴らしい小説です。この悲しみさえ、伏線なのかあるいは回収なのか。分からないけれど、私より構成力があることに少し苛立ちを感じます。私の小説はアイディアの箇条書きから骨組み、構成の要約、プロット、サブプロット……それから膨大なメモにから築かれているのに。
世界のシナリオを書いているのは誰なのでしょう。私は、自分の世界を作っているのはある意味で自分自身だと思っています。その仮説が正しければ、原作者は緞帳の奥でペンを持つ私かもしれない。
私の黒影。私の黒幕。私が主演の舞台袖で私が泣かないといけないような物語を、綴っている。
望んだ通りに人生が運ばれていると言われたら、今がつらい方は不快な気分になるでしょう。つらいわけではないけれど私だって怒る。
私の黒幕を、仮に、『悪役小説家』と呼ぶことにします。悪役令嬢のような響きですね。私は悪役令嬢をよく分かっていないのですが……
悪役小説家である彼女に(仮に彼女とします)美を第一の指針としてシナリオを書かせることが大切だと気づいたのが去年の10月くらいでした。同時に、私が『何をする誰になりたいか』が見えてきて、見せるものと見せないものを注意深く分けて決めていけるようになってから、色々なことがいい方向に向かったと思っています。
月の話に戻りますが、やはり月は『美しい』と思って仰いでいられるものにしておきたいです。荒んで濁った瞳には、美を掬い取れないのです。
どうして私についてくるのだ。まとわりついてくる優しい光にそう思った、静かで殺伐とした夜。できるものなら麗人のように眉をひそめて、月なんか雲の中に閉じ込めてしまいたかった。彼は瞬き一つで月を消します。
月灯りのような小説家でいられたら、というのが、私の指標としているところでもあります。優しさと残酷、淡さと魔性の両方を持つ妖美が、私を魅せるからです。勿論、誰かの何かのためになる、一条の美でありたいという理由もあります。
いつだったか、満月を見ました。眼鏡をしないで見上げたら、満月がたくさん見えました。
乱視が酷いなと現実的なことを思いつつ、集まった満月はシャンデリアのようにも見えたのでした。

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