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(2023/04/16/日)生目古墳群に有る祠

 この写真は今日(2023/04/16/日)生目古墳群に行った際に撮影した写真です。
 撮影した写真を備忘録としてここに残して行きたいと思います。

本日の写真

生目古墳群に有る祠

 本日は昨日の雨が嘘の様に止んで快晴でした。
更に、黄砂が飛来するとの天気予報も有ったのですが、ここ数日降った雨の影響か、全く感じない程空気もよかったです。

 今日は前日の徹夜作業によりかなり疲れていたので、一日中寝ていようと思ったのですが、余りにも快晴でもったいなかったので、最近出かけていなかった生目古墳群に行く事にしました。

 入り口には立派な陶板製の看板が有ります。

その看板の道を進んでいくと、更に看板と門が有りました。

門の横の看板には、
『生目古墳群史跡公園 開園時間午前8時30分~午後6時』
と書かれた看板が有りました。

この入り口以外にも徒歩で公園に入る所は有りますが、車で古墳群に入れる時間は決まっている様です。

さらに上に行くと駐車場が有るので、私はそちらに乗り物を駐車して、いつもの様に古墳群内の『⇧3.5.7号墳300m』と記載された舗装された道路を散歩しました。

生目古墳群に有る謎の森?

いつもこの道を進んでいると、下記の、森の様な場所に石仏群が並んだ場所が気になってしまいます…

こちらの『生目古墳群』は平日は人がほぼいないので、この石仏が並んだ森へは心細くて今まであまり足を踏み入れていない場所でした。

しかし今日は、親子連れが多く、この森の手前の広場(この森から150~200m先?)には、お弁当とレジャーシートを広げた親子連れの方が多数おられたり、この手前の舗装道路でラジコンを使っている子供がいたりと、にぎやかだったので、ちょっと足を踏み入れてみる事にしました。

森の中には祠の様な建物が確認出来、入り口と思われる道へは舗装されていない道が続いている様でした。

その道の入り口には、『3.5.7号墳』『9号墳』『11.12号墳』と書かれた看板が設置されていました。
この道は古墳へも続いている様です。

舗装されていない道を進んでいくと、石仏の列が途切れた入り口の様な場所に行きつきました。

祠の入り口の前には祠の説明看板ではなく、生目古墳群に関する説明が書かれた古い看板が設置してありました。

説明文を拡大した物です。

石仏群の枠の中には、生目古墳群が史跡である事を示す、古い石碑が設置しておりました。

この他、石仏(?)に囲まれた土地の中に古い祠が有りました。

お供え物や、造花などがお供えされている事から、この時現在でも祀られている施設の様に感じたのを覚えています。

しかし、私の知識不足の為、何が祀られているか、この施設が何か判りませんでした。

ですので、この後埋蔵文化財センターへ質問を行いにいきました。

生目古墳群にある森の正体

生目古墳群の下に有る埋蔵文化財センターで、上記の施設についてお伺いした所、館長の方が説明を行ってくださいました。

この古墳は、当時、この地域(宮崎県宮崎市大字跡江)で当時地域で信仰されていた88ヶ所巡りの痕跡で、現在同様の遺跡は宮崎県内で5ヶ所残っている様です。

又、この88ヶ所巡り信仰の施設については、未だにお参りに来られる方がいらっしゃると教えて頂きました。

ですので、この施設は生目古墳群の古墳とは関係が無い施設の様ですが、地域の信仰の痕跡と言う事で、古墳群を整備した際にここだけ残して整備をされたそうです。

詳しい事に関しては、今日は日曜日だったので聞けなかったのですが、平日ですと『宮崎県民俗学会』という団体でご存知の方がいるかも知れないとの事なので、聞いてみる方法も有ると教えて頂きました。

なるほど。
お供え物が有ったり、古くても整備されている様な感じがしたのは、未だにお参りに来る人々がいらっしゃる現役の施設だったからの様です。

今回、知らなかったとはいえ、関係者ではない私が現役の信仰の場に踏み入ってしまった事と、写真に収めてしまった事を後悔を致しました。

今後はこの様な生きた史跡に関わる際は事前に調べ、関係者から事前に許可を頂いた上で調べたいと思います。

本日解説をして頂いた『宮崎市生目の杜遊古館』の館長様には、この質問の他にも非常に丁寧な解説をして頂き、心より感謝申し上げます。

2023/04/16/2100~2211

最後まで読んでいただきありがとうございます。 作品製作をしているので、サポートいただけたら創作活動に関する費用にしたいと思います。