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Weekly Ochialの教育格差の回を見て思ったこと。

Weekly Ochialに「この割れ切った世界の片隅で」のRin Yamabeさんが出てた。

これ見ていたら、僕も言いたいこと書きたいこといっぱい出てきて、思わず夜中にnoteを書くことにした。


話題のnoteはこちら↓

僕は田舎の公立小中学校で不条理な教育を受け、

大学で横浜に出てきて、

スタートアップ的なことをやり始めた大学生なので、

バックグラウンド的には鈴さんに似ていると自分では思っている。

鈴さんのnoteにも、共感しかない。


番組を見て、いろいろいろいろ書きたいことだらけなんだけど、

とりあえず一個に絞って書こうと思う。

番組内で、落合陽一さんがめっちゃ鈴さんを質問攻めにするシーン。

田舎から大学に出た学生同士は、自分の田舎教育体験を「横のつながり」でシェアしないのか?

というところ。

二人の議論の末、鈴さんが、

「学生は、横のつながりでシェアしない!」

と言い切ってそれが結論になっているけど、

僕はそれに対して、違うのでは?と思った。

(あくまで、僕の原体験に照らして考えると違うな、と思った)


僕は田舎で教育を受けているときから、

自分の受けている教育について違和感だらけだった。

何か間違っているだろう、と。

そして、大学で別の田舎から出てきた人たちと友達になり、

自分たちの受けてきた教育についてシェアをしまくった。

地方の教育がいかに間違っているかをわかりあえて、

うれしくてしょうがなかった。


そんな僕たちの不満は、

「社会」とか「大人」とか「文部科学省」とか「教師」とかは、

こういう問題を全然認識していない!という点だった。

横のつながりでのシェアはできているのだけど、縦のつながりではシェアできていない、という不満だ。


なので、

僕が鈴さんの記事に「いいね」を押した理由は、

「初めて分かり合える横の人に出会ってうれしかったから」ではなく、

「この記事、もっとバズってくれ!大人に届け!社会に影響を与えてくれ!」という願いによるものだ。

閉鎖的な地方から出てきて都会の教育に触れた僕たちは、

地方教育を変えたい、

変えたいけど、硬直化しすぎてどうやって変えたらいいんだろう、

自分の力ではどうにもできない、

みたいなモヤモヤを抱えていた。

「文部科学省」とか「大人」とか「社会」とか「慣習」とか

どうしようもなく大きくて動かしようもないものをどうにかして動かさないと何も始まらないというモヤモヤ感。

そんな中で鈴さんの記事がバズっているのを見つけ、

この記事がめちゃめちゃにもっとバズって大人たちに届いたら何か変わるかもしれない!と興奮した。

鈴さんの記事は、暗闇の中に沈んだ日本の教育格差に対する、

一縷の希望に見えたんだ。

そう感じる人が多くて、

みんな「いいね」を押して、

シェアした。

だからバズった。

というのが僕の仮説である。


以上がぼくがとにかくどうしても言いたいなと思ったこと。

今度noteで、僕が小中学校のときに感じた教育格差を主観的に自分語りしてみようかな。

あなたがサポートしてくれると、僕の怠惰な生活が少しだけ改善するかもしれません(保証はできませません)