「先生がオメガを倒したら宿題やってきてやるよ」と生徒が言ったので、わたしはゲームライターになった

(四半世紀前の思い出。間違い、勘違いがいくつかあります。修正しようと努力しましたが、次第につじつま合わせに必死になり、書き上げた時の情熱を自ら消してしまいかねないと気づきました。なので10年以上も迷って、やっとついに書き上げることができたままの文を残しておきます。)

大学生時代、塾講師のバイトをしていた。理由は金。岩手県で「現役東北大学生が勉強を教えます」とぶん回せば仕事がたくさん来た。家庭教師もしていたが、すぐに塾一本に絞った。希少性を高めるため、不便なところを狙った。動機は金。岩手の実家から高速バスで1時間半揺られ、山奥の町の中にあるたったひとつの塾に週3回通った。当時の岩手はのんきなもので、高校進学の選択肢もそんなに多くはなかった。進学校に行くか、そうではない高校に行くか、それぐらい。それでも我が子のよりよい将来を願って、子供を塾に通わせる親が増えてきていた。

両親の願いを背負って送り込まれた子供たちは、そろいもそろって悪ガキだった。一様に「何で俺がこんなところに。アッホクサ」という顔をして、机に脚を上げ、時には地べたに座り、立ち上がって奇声を上げた。ゲームの話をし続け、60分の授業の間CHAGE&ASKAの『YAH YAH YAH』を斉唱しやがった。やせ細った女子大生が新たな教師としてやって来た。それがどうした、なんだこいつは。あまりに無力、授業は退屈。静かにしなさいと時々怒ってみせるだけ。そんなことでは彼らの大暴れが収まるはずはなかった。

「どうしたら真面目に勉強してくれるのさ」
ついにわたしは根負けして彼らにストレートに聞いた。
「しねえよ?」
彼らの答えたるやこれだ。わたしは絶望した。
「そう言わないでよ。お父さんお母さんがせっかく塾に通わせてるのに」
「俺は別に頼んでねえし。先生は60分、適当に授業して楽してればいいじゃん」
「それじゃだめだよ。どうしてゲームの話ばっかりするの。何がおもしろいの?」

悪ガキの中でも特に暴れ方がダイナミックな、龍之介(仮名)の顔が一瞬で険しくなった。
「先生さあ。やったこともねぇのに決めつけんなよ」
その言葉に、なぜかわたしは一片の真理を見た。ずっと「ゲームなんて興味ないな」「男の子がやるものだな」「ゲームばっかりしてるから勉強ができないんだよね」なんて思い込んでいたけれど、その考えに初めて疑問を持った。いつもヘラヘラしている龍之介が真剣な顔をして怒る。そうするだけの理由があるのだと思った。

「先生がゲームすれば、龍之介たちは考えを変える?」
「それは知らんけど、やってみればいいじゃん」
「おもしろい?」
「おもしろいよ。先生もやればわかるから」

果たして、ゲームとは本当におもしろいものなのか? わたしは初めて生まれた疑問に向き合うことにした。翌日、スーパーファミコンと『ファイナルファンタジーV』を買った。龍之介たちが強く薦めた作品だ。

突然ゲーム機を買って帰ってきた娘に、母は目を丸くした。余っているテレビを自分の部屋に持ち込み、悪戦苦闘しながらスーパーファミコンを接続する。テレビの裏側に触るのは生まれて初めてだった。ROMを挿す向きもわからず、やたらガシャガシャ音を立てた末に差し込み、電源を入れた。

「あっ、ピコピコじゃない」

これが最初の感想だった。荒いドット絵でひたすら短いループ音楽がピコピコして、前進とジャンプぐらいしかできることがない。そう思い込んでいたわたしのゲーム観を、『ファイナルファンタジーV』はあっという間に打ち砕いた。ドット絵は緻密で美しく、音楽は壮大で冒険心を掻き立てられた。PCM音源なんだ、ふむふむ、うちのエレクトーンのパーカッション部分と同じ音源だな、などと感心した。(ちなみに楽器の音色の部分はFM音源)

「コンピュータゲームにもちゃんとストーリーがあるんだ」

たいへんに失礼なことながら、コンピュータゲームに関してまったくの無知だった当時のわたしはそう思った。突然ピコピコと戦闘が始まるのではなく、オープニングがあり、序章があり、登場人物と世界設定が語られ、自然とプレイヤーが物語の主人公として導かれる。黄色いダチョウ――”チョコボ”という名称が明記されていてもなお、当時のわたしは作中の世界観に順応するということができなかったので、ダチョウと勝手に翻訳した――を連れたバッツという子供っぽい少年(成人していたとは知らなかった。当時は名前なしだったらしいけれど、今はバッツと呼ばれているからこう記す)となって、わたしは冒険の旅に出た。

あれこれ進めるうち、初のダンジョンらしき場所に向かうことになった。(途中にも戦闘エリアはいくつかあったが、当時のわたしが”初のダンジョン”と認識したのは火力船だったので、このように記す。以下、間違いがあっても当時の印象のまま記す)わたしは『Dungeons&Dragons(TM)』のプレイ経験があったため、ゲームにおける”ダンジョン”という言葉が何を指し示すかはよく理解している。閉じたエリアで、敵とお宝が配置されており、最後にボスがいる。しかし途中でテーブルトークRPGでは決して登場しない、見慣れないものを見つけた。きらきら白く輝くリング状のそれは、”セーブポイント”というらしかった。いままでもどこかにあったのかもしれないが、覚えていない。目に入らなかった。コンピュータRPGを知らな過ぎて、何がインタラクトできる物体か、何がそうでないか区別できなかった。極端な話、敵と味方キャラクター以外はぜんぶ背景の絵に見えた。

ここでセーブとロードができます。
ヘルプメッセージはそう言っていた。
なるほどそうですか。
納得したわたしは、セーブポイントの中に2秒ほど入り、そのまま出た。

その少し先にはリクイドフレイムというボスがいた。人の形、渦の形、手の形に変形するボスで、形態によって攻撃が変化する。コンピュータゲーム初心者のわたしにはそんなことがわかるはずもなく(ヘルプメッセージがあったが、文字は読めても頭に入っていかなかった)、短時間で全滅した。

「終わってしまった」
ゲームオーバーになったので、わたしはスーパーファミコンの電源を一度切った。ゲームが終わったから、ゲーム機も休ませるのだ。5分ぐらい待ってから、また電源を入れる。そしてまた、のんびりとオープニングムービーを見た。

ゲームを再開し、また同じ話を見て、同じダンジョンを目指し、ヘルプメッセージの通りセーブポイントにキャラクターを何秒か立たせて、外に出て、ボスに挑んで、全滅した。電源を切って、また入れた。オープニングが始まったので見た。次の日も同じことをした。

「コンピュータRPGは難しいなぁ」
わたしはため息をついた。3日経ったがリクイドフレイムが倒せない。それどころかその手前で何度も全滅していた。
塾の日に、龍之介たちに3日前にゲームを買ったこと、なかなかボスが倒せないことを話すと、奴らは一斉に「ボッヘ」とかいう変な悲鳴を上げ、教室の床に倒れ込んで痙攣したように笑い始めた。

「死ぬ! こんなおもしろい奴初めて見た!」
「先生に奴とか言うのはやめなさい」

10分ぐらいひきつったように笑う様子を眺めて待つと、ようやく正気を取り戻した龍之介が起き上がってきた。
「先生よ。セーブポイントに入ったらメニューを開いてセーブを選ぶんだぞ」
無知なわたしを馬鹿にすることもなく、悪ガキたちはコンピュータRPGの基礎を教えてくれた。

手動で適宜、セーブする必要があること。ゲームによってはセーブできる場所やタイミングが限られている場合もあること。敵はたいてい弱点があり、それをついて戦う方が有利に立ち回れること。ボスには行動に一定の法則があること。「先生は形態による変化とか理解できないだろうから、”たたかう”は選ぶな、”くろまほう”と”まほうけん”と”こおりのロッド”だけで戦え」とアドバイスされた。

アビリティって何? と聞いた時は怒りながら教えてくれた。「迷ったら”しろまほう”にしとけ! な!」と力説された。「戦闘の音楽がかっこいい」と伝えると、生徒が一斉に駆け寄ってきて握手してくれた。

セーブを覚えてからの冒険の進捗は目覚ましかった。4つのクリスタルを手に入れ、ガラフの死闘で泣き、エクスデスの圧倒的なパワーに打ちのめされ、シルドラの犠牲に泣いた。生徒たちとの関係にも変化が表れた。奇声が収まり、10分ぐらいは授業に集中するそぶりを見せ始めた。笑顔で話しかけてくる少年の数が増え、授業が終わると立場が逆転してわたしが龍之介たちに攻略のヒントを請う時間になった。おかしなところで全滅しても、彼らは決して笑わなかった。現在のパーティのジョブ構成、アビリティ、使用したアイテムの内容などを聞くと、常に的確なアドバイスをくれた。わたしの冒険は、ゆっくりとではあったが着実に進んでいった。

いいことばかりあったわけではない。わたしの変化に最も強い拒否反応を示したのは母だった。初めてのコンピュータRPGに夢中になり、食事も睡眠も忘れて自室にこもるわたしを、「馬鹿になる機械を買ってきて、本当に馬鹿になった」と罵った。ゲームにまつわる衝突はその後もずっと続いた。

ふだんはわたしの最大の理解者であった母だけれども、ついに”ゲーム=悪”という考えを改めてくれることはなかった。だからわたしはとうとう、彼女に自分の仕事について明かせないまま終わってしまった。母はもうこの世にいない。わたしは”特殊なジャンルのライター”なのではなく、ゲーム専門のライターになったんだよ。攻略し、レビューし、翻訳もした。ゲームの製作企画に加わったことだってある。わたしの半生はあなたの大嫌いなゲームとともに歩んだものだったんだ。ゲームがなければ、お母さんが「最高のパートナー、これ以上の男性は望むべくもない相手」と絶賛してくれた夫と結婚することだってなかった。どうすれば、わかってもらえたんだろうな。

わたしが世界を救う戦いに挑んでいる間、母はずっと苦い顔をしていた。わたしは基本的に両親に逆らわない子で、彼らもわたしに何かを強制することはなかった。しかし『ファイナルファンタジーV』のプレイにおいては、母はわたしにNOと命令し、わたしはそれに反逆した。遅い反抗期なんかじゃない。初めてのゲームにドはまりしてしまった、ただそれだけでもない。わたしは拒否しなければならない。そう感じていた。うまくは説明できないのだけれど、自分は何か新しいことを知ろうとしている。それを今止めてはいけない。そんな風に感じていたのだ。

1ヶ月ほどが経過し、わたしはついに次元の狭間に至ったが、その途中で2体の異常な敵に出会った。しんりゅうとオメガだ。

しんりゅうは箱を開けたら即タイダルウェイブで全滅した。あーはいはい、”さんごのゆびわ”がいるんだなこれは。保留、あとでなんとかしよう。ゲームの勘がつかめてきたわたしは、そう思ってしんりゅうを放置した。

しかしオメガについてはそうもいかなかった。4つ足で歩き回る異形の機械、エンカウント制のゲームの中で最初から姿の見えている稀なる敵。これを倒すと何が起きるのだろう? ひょっとして倒さないと進めないのか? 何度か殴り掛かってみたが、まるで歯が立たない。攻撃は当たらないし、たいていの魔法はリフレクで弾かれてしまう。そのうえ反撃が非常に痛い。ものの数秒で全滅する体験を味わい、わたしの冒険は足を止めてしまった。無視して進んでもいいのかもしれないが、気になって仕方ないのだ。

「オメガを倒したい」

そう相談すると、龍之介たちの目の色が変わった。10人ほどの生徒たちが、真剣な顔をして集まってきた。

「やるか? 先生。あいつ強いよ」
「うん。でも倒したい」
「おっし。俺たちが倒し方を教える。でも全部は教えないから、自分でも考えてみろよ」
生意気にも、少年たちはわたしが授業中よく使う言葉を真似てみせた。だがこんなに頼もしい味方はいなかった。

そこから週に3度の”授業”が始まった。こちらの授業が済んだあと、彼らの両親が迎えに来るまでの20分ほどは、生徒となって少年たちの教えを受けた。当時のわたしは学力にそれなりに自信があったので、聞いたことを覚えて、すっかり分かったつもりになって家に帰っていた。それは間違いだとすぐ気がついた。不慣れなことを、言われただけで覚えるのは困難だ。第2週目から、わたしはノートを取るようになった。

オメガの行動は法則性があり、8ターンで行動が一周する。
偶数ターンに”はどうほう”を撃つ。
5ターン目~8ターン目は2回行動する。
カウンターが非常に強力なのでこれを封じる対策を取る。

一度の戦闘にかかる時間がだんだん伸びていった。つまりは持ち堪える時間が長くなっているわけで、勝利に近づいていると考えることができた。だがわたしがヒントをもらって自分なりに考え、実行した第一の作戦はあまりに弱すぎた。機械だから、雷属性つまりサンダガに弱い。そこまでは簡単に推測できたので、わたしは味方パーティにリフレクを張ってサンダガを反射するという方法でオメガを攻略しようとした。この作戦には欠点が多かった。

まず、サンダガのダメージはそれほど大きくない。わたしのパーティはレベルがそれほど高くなかったし、装備を戦闘中に入れ替えて”まりょく”をかさ上げするテクニックも知らなかった。次に、リフレクを維持するために必ず定期的に無駄な1ターンが生まれ、そこに絶対に対処すべき攻撃が来ると一瞬で崩れてしまう。”しろまほう”で回復が追い付かなくなってきたため、ひとりを”あおまほう”の”ホワイトウインド”(使用者の現在HPと同じ数値、味方全員のHPを回復させる。リフレクで反射されず、ケアルガより効率がよい)目当てで青魔道士に替えた。それでも劣勢になるとHPの維持が苦しくて、もうひとり青魔道士に替えてみた。生きながらえるために火力が下がり、結果瀕死になって回復することばかりを繰り返すようになってしまった。これでは本末転倒だ。

青魔道士、青魔道士、魔法剣士、薬師になってしまったところで完全に進歩は停止し、わたしは再度龍之介先生たちに教えを請うた。薬師を選んだのは、”ドラゴンアーマー”(りゅうのきばとフェニックスのおを調合。プロテス・シェル・リフレクの効果を得る)を試そうとしたから。完全に荷物になっていた黒魔道士と入れ替えた。物理攻撃系はエフェクトが総じて地味、あるいは自分好みではないことから、勝手に”物理や前衛はたぶん弱い”と判断してしまっていたため、パーティ構成はついつい魔法系のジョブに偏ってしまっていた。

パーティの構成を聞くなり龍之介は、
「バッカじゃねえのおま……いや、先生。青魔道士ふたりいれねーだろ普通。ひとりにしとけ。ホワイトウィンドで回復するのはいいと思う。薬師も使ってけ。ドラゴンアーマーを使うのは正解」
と口から出かけた悪態を引っ込めて、有用なアドバイスをくれた。
「あとひとりどうしよう」
「うーん。狩人で”ねらう”、時魔道士で”メテオ”、これは反射されない。このどっちかがいいんじゃねーかな。先生のパーティはHPが少ないから全員後列に置ける構成にしろな。あと青魔道士はホワイトウインド係だけやるんじゃない。”ゴブリンパンチ”撃て」
「しょぼくない?」
「バッカ使ったことあんのかよ。名前だけだよしょぼいのはよ。つえーんだよ」
「ふーん」
「ふーんじゃねえよ使えるものはなんでも試すんだよ」

もはや悪ガキとも呼べなくなった先生兼生徒たちに囲まれて攻略ノートを取っていると、龍之介がぽつりと言った。

「なあ先生。先生がオメガを倒したら、俺ら全員宿題やってくるわ」

少なからず、驚いた。授業を受け持って早数ヶ月、クラスの少年たちは宿題をやってきてくれたことは一度もなかったのだ。なのでわたしは、とっくに宿題を課すことをあきらめていた。ほかの塾講師もそうだった。今でこそ、『ファイナルファンタジーV』が仲立ちとなっていい関係を築きはじめているが、彼らは誰もが手を焼く集団だった。あまりに無軌道な振る舞いに、顔を真っ青にし、唇をぶるぶると震わせて激昂していた講師もいた。その少年たちが。龍之介が、慎太郎が、宗春が(ぜんぶ仮名。仮名とはいえひとりひとりの名を挙げるのはためらわれたのと、実質龍之介が彼らのボスだったので、このエントリは彼とわたしの一対一の対話のシーンが多くなっている)。「先生がオメガを倒したら、俺らの仲間になった証拠と、お祝いとして、宿題をやってくる」と約束してくれたのだ。

「出せるヒントはぜんぶ出した。今更だけど、俺らに教わりすぎだ。先生は自分で試してねえことが多すぎる。オメガ相手じゃなくてもいいから、その辺の敵にいろんなことを試してみろよ。これ以上は、土下座でもしなきゃ教えねえから。やってこい!」

わたしは自分より10cmも背の低い歴戦の戦士たちに背中をバンバン叩かれて、真っ暗になった塾を出た。研究の道は、投げ出した。音楽なんてとっくに、挫折してしまった。持病が妨げになって、できないこともたくさんある。最も近しい存在の母は、ゲームをするわたしにいやな顔をする。オメガに挑むことはわたしにとって最大の挑戦だった。初めて触れたコンピュータRPGで、なんにも成し遂げられていないわたしが、最強と名高い敵に挑む。できるだろうか。


さてここからどう勝利を目指そうか。
現在のパーティは青魔道士、青魔道士、魔法剣士、薬師。龍之介のアドバイスは、青魔道士をひとり外して狩人か時魔導士にすること。その理由は、火力を上げ、全員後衛にして被ダメージを低く抑えつつ戦うため。しかし、”あおまほう”のゴブリンパンチが強いという話も聞いた。もし十分なダメージが出せるなら、ふたりの青魔道士を攻撃と回復に割り振る、もしくは臨機応変に攻守交えて使い続ければいいのではないか。

アドバイスには反するが、わたしは次に大きく行き詰まるまでパーティ構成を変えないことにした。なぜなら、”あおまほう”と薬師の”ちょうごう”について、調べる余地が大いにあると思ったからだ。これら2つのアビリティについては、たまたま持っている、知っているものしか使っていないのが現状だ。わたしはこのゲームについてまだまだ、知らなすぎる。

見向きもしなかったアビリティの中に、有用なものはないだろうか。もしくは相乗効果を生む組み合わせはないだろうか。たとえば、”くろのしょうげき”と”レベル5デス”でアトモスを1ターンで倒すことができる、ような。
(※アトモスはLv41のボスだが、”あおまほう”の”くろのしょうげき”[対象のレベルを半分にする、端数切捨て]をかけたあとの”レベル5デス”で一撃で倒せる)

わたしは挑戦を待つオメガの元から去り、次元の狭間をさまよって手持ちの”あおまほう”と”ちょうごう”を試し始めた。
(ジョブマスターやすっぴん、ものまねしの存在、その意義などについて当時のわたしは知らなかった。ので一切使っていない。ついでにみだれうちの活用も思いつかなかったし、龍之介たちもあえて教えないでいてくれた。よりよいアビリティ、よりよい攻略法があっても気づかなかったものが多かった)


「いい加減にしなさい!」

気づくと部屋に母がいた。怒鳴ったのを聞くのはひさしぶりだった。そうか、娘がゲームをするのがそんなに許せないのか。こんな思いはしたくはなかったが、不思議と冷静な気持ちだった。話せばわかるなんて思っていない。でも、今こそ口に出さなければいけないとわかっていた。

「お母さん。夜更かしは控えるけど、わたしはゲームをやめない」
「どうしちゃったの、なんで急にゲームなの。本当に馬鹿になってしまったの?」
「成績が落ちたわけじゃないし、体調も崩してない。何も悪いことはしてない。わたしは何も変わってない。ひとつ趣味が増えただけ」

すらすら言えた。もっと早くこう伝えればよかったのかもしれない。けれどわたしは母が怖かった。彼女には自分中心の基準しかない。強くて、魅力的で、難しい人だった。説得なんてできない人だった。だから爆発するまで、放っておいてしまった。

母は何とも言えない表情をしていた。偏食だらけのわたしに、考えに考えた、工夫を凝らしたメニューを出してくれて、それをわたしがちっとも食べなかった時。その時の表情にとてもよく似ていた。

「お母さんの前では二度とゲームの話はしないで」
それだけ言うと、母は部屋を出ていった。この瞬間、わたしと母の人生は一部完全に分かたれた。わたしたちは別の人間なのだ。わたしにも、母にも、受け入れられないことがある。受け入れるしかないこともある。母は言うことを聞かないわたしをあきらめた。わたしは、母を失望させてしまった事実を受け入れた。今できることはもうない。悲しかった。それでも、わたしはゲームをやめなかった。次の日からは、母とわたしは何もなかったかのように過ごした。大学から戻ると、わたしはノートを片手に、”ちょうごう”の結果を書き留め続けた。

次の一週間、わたしはオメガとの対決を休んで、”ちょうごう”と”あおまほう”研究の旅に出た。もちろん、自力ですべてを解明できるはずなんてないから、生徒たちの監督指導の下で行う自由研究的なものだ。ドラゴンアーマー以外に役に立ちそうな調合を知ったので、これを戦闘に組み込むことにした。

・きょじんのくすり (りゅうのきば+エリクサー、最大HP上昇)
・ドラゴンパワー(りゅうのきば+ポーション、レベルを一時的に上昇)

普段はとても無口な宗春が「先生。かめのこうらわり。かめのこうらわり」とつぶやいたのでそれも追加した。彼はわたしがパーティメンバーに薬師を選んだことがうれしかったようで、「薬師。つよいよ。がんばって」と笑顔を一瞬だけ見せた。ドラゴンアーマーの作り方をこっそり教えてくれたのも宗春だった。

・かめのこうらわり(かめのこうら+どくけし、敵の防御力を半減)

一日かけてドラゴンと亀系モンスターを乱獲して、素材集めをした。エリクサーは数を揃えることができないが、仕方ない。ここで必ず勝つ、勝てるとなった時に使用していこう。”あおまほう”についても自分なりに調べたが、手持ちの技ではオメガに対して有効な技は少ないことがわかっただけだった。レベル3フレアを撃ってみたら反射して、頭からかぶって全滅した。どれがリフレクの効果を受けるのかを確認するだけでも成果はあったというべきだろう。穴だらけのあおまほうリストは自然に埋まることはなかった。偶然習得できたものと、生徒たちに教えてもらって手に入れたいくつかの技があるのみ。オメガ戦に使えそうなものは、ゴブリンパンチとホワイトウインドの2つだけに思えた。

次元の狭間を出て、じっくり技を集めに行くことも考えた。だが、もうゲームを開始してから2ヶ月余りが過ぎていた。オメガに挑み始めてから1ヶ月。母との関係が悪化してしまってから2ヶ月。そろそろ結果を出しにいかなければならない。手持ちのカードでもう一度、期間を決めて全力でぶつかってみることにした。

パーティはこんな構成だったと記憶している。
バッツ:青魔道士(あおまほう くろまほう れんぞくま)
レナ:魔法剣士(まほうけん ちょうごう アイテム)
クルル:薬師 (ちょうごう じくう アイテム)
ファリス:青魔道士(あおまほう しょうかん アイテム )
(正しい組み合わせが思い出せません。間違いがあると思います)

メインのダメージソースはバッツとファリスのゴブリンパンチに仮定した。弱そうだ、と侮っていた例のあおまほうだが存外に強い。いや、思ったよりはるかに強かった。薬でブーストすればもっとダメージが出るだろう。弱いと決めつけていた技で勝つ、という流れに物語性の高まりを感じたわたしは、この作戦がうまくいってくれることを心から願っていた。

レナは魔法剣士にしたままだ。衣装がセクシーでかわいらしいので外したくない。殺伐とした戦場には清廉なる清涼剤的な存在が必要なのだ。レナにはその役割がふさわしかった。どこか戦いを忘れさせる存在でいてほしかった。今やオメガ殺しの定番となった”みだれうち”をつけない魔法剣士など、戦力としてはあまりに頼りないのだが、「かわいいので置いておきたい。魔法剣サンダガで戦うつもり」というと生徒たちはみなうなずいてくれた。「みだれうちをつけろよアホンダラ」などと無粋なことを言う少年はいなかったのだ。

クルルはパーティのサポート専門としてのアビリティを選んだ。彼女の”ちょうごう”が戦闘の流れを左右する。”じくう”のレビテト、クイック、ヘイスガも有用だ。

二人の青魔道士は少しだけアビリティ構成を変えた。バッツは”れんぞくま”で緊急時の対応力を上げる。リフレクで反射させたサンダガを1ターンに2回ずつ使っていく。最初に選んであきらめた作戦の一片を残しておきたかったのでこだわった。期待通りの効果がでなければ、ゴブリンパンチマシーンに変貌する。

ファリスに”しょうかん”をつけたのは半分実利、半分ロマンだ。余裕があったら”シルドラ”を呼び出したい。永遠の友といっしょに激戦を経験してもらいたかった。普段は”ゴーレム”で物理防御を上げるために使う。

回復は”ちょうごう”のリザレクション(ポーション+フェニックスのお)と、あおまほうの”ホワイトウインド”で行う。

いけそうに思えた。でも、試行錯誤が続いた。アクティブタイムバトルと呼ばれる、半リアルタイム性のバトルシステムは、ゆっくりコマンドを選んでいるとどんどん敵が有利になる。1ターンに1回の行動のはずが、もたもたしているとあちらにまるで複数回行動されているような状態になる。わたしはパッドの扱いすらうまくなかった。テンポよくコマンドを選び、オメガの行動の法則性と噛み合わせていけるようになるまで時間がかかった。

―ドラゴンアーマー
―ホワイトウインド
―れんぞくま、サンダガ、サンダガ
―まほうけん、サンダガ
―ヘイスガ
―かめのこうらわり
ーゴブリンパンチ

何度も挑む中で、調合の効果は重ねがけできると気づいて、かめのこうらわりをみんなで使用した。事故を防ぐためにきょじんのくすりも使った。エリクサーが惜しくて、戦局を大いに有利にしてくれそうだと理解していつつも、ドラゴンパワーはなかなか使えなかった。

何日か挑み続けて、やっとその時が来た。すべてがうまく回っていた。とはいっても、2-3ターンおきにパーティメンバーは瀕死になった。”せんとうふのう”になる前に回復が間に合っている、それだけのことだがずいぶん有利に思えた。今日はいける。たぶんやれる。わたしは初めて、ドラゴンパワーを使った。目に見えてゴブリンパンチのダメージが上昇する。

―ゴーレム
―レビテト
―かめのこうらわり
ーゴブリンパンチ
―れんぞくま、サンダガ、サンダガ
―ドラゴンパワー
―まほうけん、サンダガ
―ホワイトウインド

ぎりぎりのループの繰り返し。頭がぼんやりしてきた。今は何ターン目だっただろうか。オメガの次の行動はなんだったろう。”しょうかん”でゴーレムを。そのあと”ちょうごう”のドラゴンパワーを。間に防御系の行動を挟まないと、はどうほうが来る――
彼らを守らなければ。

その時突然、気がついた。
あっ
わたしはクリスタルなんだ。

クリスタル、記憶と意思を持った力。4人に力を与える存在。わたしは主人公ではなかった。バッツではないし、このパーティメンバーの誰でもない。彼らを演じている存在ですらない。力そのものだ。

最初、わたしはバッツを操作するのが不満だった。何から何まですでに決められている、プレロールドキャラクター。テーブルトークRPGからゲームを知った身としては、自由度のなさばかりが目についた。でもこれでよかったのだ。バッツはクリスタルにめぐりあって、父の遺志を継いで、仲間と力を合わせて世界のために戦う。わたしははるか遠くから至って、彼らの内に宿り、冒険を見守り、アビリティやアイテムを操作して彼らの力となる。

レナは本当は戦わせたくなかった。仲間はみんなそう思っていたはずだ。特にファリスはそうだったろう。だからごめんね、レナ。少しわたしは過保護になった。
ファリスに”しょうかん”をつけてシルドラを呼ぶのは、それがいちばんふさわしいと、わたしが「きっとファリスならこの方が奮い立つだろう」と思うから。これがゲームでなくて物語なら、この戦いでラムウよりもバハムートよりも、きっとダメージが出る。
クルルが薬師になってパーティのサポートを一手に担うのは、彼女の祖父ガラフの不屈をわたしが忘れていないから。クリスタルは、みんなの旅路を、奮闘を、その最期までをずっと憶えているから。

ぜんぶ憶えているから。ずっと見て来たから。
わたしは、わたしの意思で、彼らに力を貸す。

お願い、今日こそ。
オメガを討つ力を。

突然、雷鳴に似たサウンドエフェクトが2度聞こえた。
気づくと、オメガがガタガタとふるえながら崩れ、消えていくところだった。



「倒した」

教室に入るなり、そう言ってしまった。

「先生やったんかよ!」
「やるじゃん」
「何分かかった?」

その日は授業にならなかった。塾長も、ほかの講師も咎めなかった。最近の彼らはだいぶ静かになってきていたから、みんな教室でオメガ攻略の話に夢中になっているなんて思わなかったのだろう。

「もっといいやり方あったかもしれないけど、勝ててうれしかった」
わたしがそう言うと、彼らはちょっと眉をひそめた。わたしが突然、ゲーム小僧の仲間から、大人ぶったいやな奴に戻りかけたことに気づいたのだ。
「いいやり方とか関係ねえから」
「好きなやり方で勝てばいいんじゃん」
「勝ったらやったぜうれしい、でいいんだぞ」

そうだね。勝ったら「やったー!」それだけでいいんだった。
ほかの感想なんていらないんだ。
だってわたしはしかめっ面した女子大生じゃなくて、みんなの仲間、ひとりのゲーマーになったんだから。

次の週、生徒たちは宿題をきちんとやってきた。平均点は40点ぐらいだったけど、どの問題も逃げないで懸命に解いた形跡があった。みんな満足げな顔をしていた。わたしも本当に、かわいい生徒たちが誇らしかった。


彼らはどうしているだろう。龍之介たちも、もう30代後半か。子供たちといっしょにゲームをしたりしているのかな。

先生はあのあと、普通に就職したけどぜんぜんうまくいかなくて、どういうわけか不思議な縁に恵まれてゲームライターになりました。毎日ゲームをして、ゲームの記事をいっぱい書いたんだよ。20年、精いっぱいがんばった。本を出したこともあるよ。

今は家庭が優先になって、あまりゲームの時間も取れなくなったし、仕事も少なくなっちゃったけど、ゲームの配信なんかをして楽しんでいるよ。ゲームを通じて、誰かに伝えられるものがある。それを君らが教えてくれたから、わたしも同じことをやっているつもり。

見えないけど、見守っているよ。
君たちがわたしのことを忘れても、わたしは忘れないよ。
何も決められなかった、成し遂げられなかったわたしに、道をくれてありがとう。そして『ファイナルファンタジーV』に、この素晴らしいゲームを世に送り出してくださった方々に感謝を。わたしはあの一瞬、クリスタルになって輝くことができました。

ゲームって、いいもんだよ。

母とはある種の和解を見ています。こちら
あとがきがあります。こちら

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