『栞をはさんで、離さんで』書評

共感を誘うように紡がれた言葉

全体的な印象としては、文章の構成にとどまらず、紡がれた言葉の一つ一つが選び抜かれた内容であるということ、それは著者である枝折さんの卓越した人間観察の賜物であるように思われます。

各作品の短評

大学生を生きる。

 主人公の女子大生は、意識高い系かな、と思わせつつ、内心の移り変わりは等身大。内心の機微の表現が巧みなストーリーです。

俺の叫びを聴いてくれ

 なんてことないストリートミュージシャンに対するおっちゃんの心優しき粋な言葉が印象的。
 明日の楽しみを今日の幸せに託す心持ちは共感を呼びます。

シンデレラガール

 小説の主人公と読み手を繋げる画期的な視点のストーリー。お互いの世界を共有したいですね。

三行日記

 Twitterなら見過ごしてしまいそうな発信の背景事情。
 確かに発信する際には、何らかのメッセージ性があるはず。それを再認識できました。

曇り眼鏡

 個人的には、仕事柄、他人事で済ませてはいけない題材。
 事件や事故は、司法で結論が出ても、残されたご遺族には必ずしも区切りになり得ないのです。
 それでも人生は続く。辛さも抱えながら。

食べるの流儀

 食事における「幸せ」とは。普段の日常の一つとして存在する食事の幸福感を問い直すストーリー。
 ありきたりの「いただきます」とは異なる切り口は興味深いです。

もう思い出せない

 ふと思い出す一昔前の思い出。それをかき消す日常の慌ただしさ。思い出のはかなさが詰まったストーリーです。

ピロートーク

 愛の営みの後の、ある意味気が抜けた会話は、案外奥深く、それでいてくだらなくあったりします。良い意味で既視感があるストーリーです。

とっておきの果実

 好きな人との、たわいのない会話を「果実」と表現するなら、食べるのが最初か最後か、ではなく、腐らないでって願いながらとっておくかな。そうもいかないから、最後かな(笑)。

一キロ圏内のあなたへ。


 「一期一会」を文章にしたなら……という想いを見事にストーリー化されたものです。
 改めて「縁」は奇跡の連続なのだな、と実感します。

道化の退場

 刹那的な人間関係のはかなさが際立つストーリーです。
 自ら「道化」を退場するという選択肢を選んだとはいえ、はたして「幸せ」とは何か?を問いかけるように感じました。

はじめまして、マスター。

 なかなか意外な展開ですが、バーという独特の空間におけるマスターとのやり取り、何となく腹の探り合いになりますよね(笑)。
 そこが、バーの妙味なのです。

泣きたいとき

 ストーリーというよりは詩的な作品ですが、言葉の一つ一つが共感を呼びます。
 最後の一言に救われる思いです。

大学生を生きた。

 『大学生を生きる。』の後日譚。
 主人公が「今」を生きる姿勢に変わりはありません。
 しかし、大学時代から時が経てば「過去」から環境も変わるのは自明の理。もう過去には戻れないのです。
 それをも受け入れ「今」を生きる主人公の姿勢は共感します。
 今作品を締めくくるにふさわしいストーリーですね。

最後に

 じっくり、ゆっくり読むはずが食い入るように読み込んでしまいました。
 むしろ、それくらい魅力的なストーリーが詰まっている一冊と言えます。
 新たに善き本との「縁」に感謝し、感想の結びとします。