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「イジーさんに連れられて」第六話

 城門の前には、多くの旅人や馬車が並んでいた。
 オレンジ色の空が見え始める頃、開けた視界に飛び込んでくる巨大な城壁。果ての見えない壁は延々と続いて街の四方を取り囲む。
 人口およそ十万強。一つの都市に住まう人間の数にして、大陸最大を誇る規模。
 そこは街の中央に王の住まう居城を据えた、国の中枢にしてスピラ帝国の核を担っている首都オクトスであった。

 無数の群が列を成す様子は、おそらく取り締まりの強化。
 手前の町ディアバシスで起きた事件が、すでに皇帝の耳にも入っているのだろう。
 これを御者の脇から確認するイジーは厄介の種に頭を抱えた。

「爺さん。荷台に怪しい男と子供が二人いたら、どう受け取られると思う?」

「奴隷商人か、亡命者……を装った逆賊か。どちらにせよ、あまり良い顔はされんかもしれんのぅ」

「三人兄妹で通すには、やっぱり肌の色がネックか。キュクロスが変な真似しなければ、こんな心配する必要もなかったんだが」

「そう悲観なさるな、青バンの旦那」

 御者は何か良い案でもあるようにイジーに告げた。

「青バンの旦那が何者かなんてこと、ワシにゃ関係ない。じゃが、子供たちを思うお前さんの目を見たとき、ワシはこの男なら信じられると思ったんじゃ。そうでなけりゃ、お前さんのことなんざディアバシスで降ろしたまま、ワシはとんずらしとったわい」

「……おいおい。そういうのは俺以外の奴に、酒の肴で話すことだろ」

 さらりと、とんでもない発言をする老人にイジーは呆れ返る。

「なぁに、ワシぁそれだけ青バンの旦那のこと買っとるんじゃよ。じゃから万が一のときは、馬車を暴走させてでもお前さんたちを中に送り届ける覚悟じゃわい」

 鞭を両手でしならせながら、御者は本気を垣間見せる。

「爺さん……ああ、恩に着るよ」

 その心遣いにイジーは礼を言い、荷台の中に戻った。
 長く揺られ疲れたのか、ドクサとレクシーは肩を寄せ合って眠りこけている。
 人攫いが攫った相手と会話するなとは、よく言われたものだ。情が移ってしまい、もう二人の顔が見られなくなることに、イジーは確かな感傷を抱いていた。

「短い間だったが、ここでお別れだ。お前たちが幸せを掴めるよう、俺は祈ることしかできないが――」

 イジーが二人の様子を眺めていたとき。

「ドクサ?」

 ふと、イジーは異変に気づいた。

 レクシーは整った寝息を立てているのだが、ドクサの呼吸はやけに荒い。しかも心なしか、頬が紅潮しているように見えて、イジーはすぐその額に手を置いた。

 次の瞬間、イジーは急いで周囲の荷物を押しのけ、ドクサを横に寝かせる。そして荷物から布を取り出すと、樽に汲んであった水を柄杓ですくって濡らし、これをドクサの額に置いた。

「う、ぅん……どうしたの?」

 事態の異変に気づき、レクシーが目を覚ます。

「……あれ、お兄ちゃん?」

 横になった兄の姿に首を傾げた。
 イジーのただ事ではない様子に、レクシーはすぐに状況を把握する。

「お、お兄ちゃん、だいじょうぶ!」

「うぅ……」

 呻くドクサ。レクシーは顔を真っ青にして手を握り、イジーに問いただした。

「お兄ちゃんはどうなるの? このまま死んじゃったりしないよね?」

「落ち着け、レクシー。旅の疲れが出ただけだろ。一過性のはずだ」

「でも、こんな苦しそうだし……」

「大丈夫だ、街に入れば医者がいる。必ず治る」

 とにかくイジーは、レクシーを冷静にさせる。
 無論その胸中はレクシー同様に穏やかではない。イジーは医師ではないのだ、ドクサがどのような状態なのか、皆目見当もつかないのが実情である。
 それでも、レクシーに不安を伝播させないようにイジーは平静を保った。
 そしてこれが功を奏したように、レクシーも次第に気持ちをなだめていく。

「そ、そうだよね……これぐらいで、お兄ちゃんは死んだりしないもん。ね、お兄ちゃん。ワタシが傍についてるから、すぐに元気になってね?」

「……へ、へへ、当然、だろ」

 そのとき、レクシーの声を聞いたドクサが反応を示した。
 これにはイジーもレクシーもひとまずの安堵を得るが、ドクサはすぐに意識を失い、まだ予断は許されない状況。

 二人は一刻も早くこの旅団の列が先に進むことを、今か今かと待ち続けた。
 
         
 
 門番の荷台検査により、馬車は当然のように停車を余儀なくされた。
 疑いの眼差しで目的を問われる彼ら。これには御者も緊張しながら、馬に鞭を振るう準備をしていたが、門番は横たわるドクサに気づく。
 そして熱に冒されていることを確認すると、すぐさま街へと道を通してくれた。

 どうやら門番には息子がいるらしい。緊迫した口ぶりからして、その面影と重なって子供の患者を見過ごせなかったようだ。
 一行を乗せた馬車は首都オクトスへと足を踏み入れた。
 広がる街並みは、先に立ち寄った石造りの町と何ら遜色なかった。否、あのディアバシスという町こそが、首都オクトスの様相を模倣していたのだろう。

 だが、この二つの場所の決定的な違いはその人の量。
 大通りの馬車道を抜けているから良いものの、繁華街に差し当たって行き交う人間の波は、そうそうお目にかかれるものではない。
 あの中を抜けて行こうとすれば、目的の場所までたどり着くのに日が暮れていた。

 ドクサの身を案じれば、それではかなり遅い。
 御者が駆る馬車は、イジーの指示で裏通りを抜けて、順調に指示する場所へと急いでいた。

 やがてたどり着くのは、街の中心にそびえる城に近い区画。いわゆる高町と呼ばれる、庶民ではなく身分の高い者たちが暮らす場所だった。
 その一角にある屋敷の前で、イジーは馬車を停めさせた。

「ドクサ、すぐに休ませてやるからな」

 イジーはドクサを背負い、なるべく刺激を与えないように荷台から降りていく。
 ドクサのせいで両手が塞がっており、荷物はレクシーが持ってくれた。

「爺さん、ここまで世話になった。礼を言うよ」

 イジーが御者に頭を下げると、レクシーも一緒にぺこりとお辞儀する。

「お爺ちゃん、ありがとう」

「なぁに、礼には及ばんわい。ワシぁ仕事を果たしただけじゃよ」

 白い顎髭を撫でながら、老人は頬を緩ませる。

「本当に助かった。爺さんはもう下町に戻ってくれ。ここにいると面倒なことになる」

 人目を気にしながら、イジーはそう告げた。

 ちょうど馬車の近くを通りかかるのは、身なりの良い服装をした犬連れの貴婦人。こちらの様子に気づくなり、まるで卒倒しそうなほど目を見開いていた。そして泡を食ったようにその場から立ち去っていく。

 高町の住人にとって庶民は下賤の者。身分の違いというだけで、彼らは一段高い位置から見下してくるのだ。
 無論、全てがその限りではないものの、大抵の貴族にとって彼らは不潔な貧民。
 よほどの理由がない限り、お互い区画分けのままに生活をしているので、あまり顔を突き合わすこともないのだ。
 下手な真似をすれば憲兵を呼ばれ兼ねない。行動には気をつける必要があった。

「お気遣いどうもじゃよ。では青バンの旦那、ここでお別れじゃ」

 御者は短く一礼すると、鞭を振るって馬を走らせる。
 石畳を力強く蹴って過ぎ去っていく姿を、イジーとレクシーは見届けた。

「さて、俺たちも行くか」

 ドクサを背負ったままレクシーを引き連れ、イジーは正面に控える屋敷に歩みだした。

 その屋敷は高い塀に囲まれて、鉄の門が入り口を塞いでいる。そこを抜けると、すぐに広がるのは手入れの行き届いた中庭。正面に見える邸宅の窓辺には、植木鉢に赤く染まるゼラニウムの花が飾られていた。

 時折、子供の笑い声が耳朶に届いてくる。

 玄関まで着くと、イジーは木造の扉についたノッカーを何度か鳴した。
 閑静な敷地内に無機質な響き。
 やがて屋敷の中から、足音が近づいてきた。

「――はい」

 ガチャリと扉が開き、返事をしながら姿を現す屋敷の住人。

「お久しぶりです、ミス・エリッサ」

 対面するなり、イジーは手短に挨拶をした。
 出迎えてくれたのは、目尻に小じわを作る女性エリッサ。三十路を迎えた年頃だが、艶やかな肌はまだまだ若々しい。
 白黒の頭巾と修道服を纏い、胸元にはロザリオを下げていた。

「あら、貴方は……」

 エリッサは記憶を呼び覚ますように、イジーの顔をじっくりと見つめる。  
 頭に巻かれた青いバンダナにも目をやると、ようやく思い当たったようだ。

「おやまあ、イジー様でしたか。よくぞお越しいただきましたわ」

 彼女は柔和な笑顔で、快く挨拶を返してくれた。
 イジーの後ろにいたレクシーに対しても、エリッサは優しく声をかける。

「初めまして。お嬢さんも、ようこそ来てくださいましたわね。歓迎いたしますわ」

「あ、は、はい。初めまして」

 こわごわとしながらも、レクシーはイジーに隠れつつ頭を下げた。

「その節はどうも。それで早速なのですが……」

 イジーは過程を省いて、背負ったドクサのことを伝える。

それに気づいたエリッサは、慌てたように目を見開いた。

「これはいけませんわ。ささっ、どうぞ中にお入りください」

「いきなりバタバタして申し訳ありません」

「いいえ、お気になさらないでくださいませ。子供たちを救うことこそ、この〝遥かなる園〟の存在意義なのですから」

「感謝します、ミス・エリッサ」

 遥かなる園の経営者であるエリッサに礼を告げ、イジーらは屋敷に入っていく。
 玄関すぐにホールが広がり、正面には左右に別れた階段。そこを上がり、ドクサを二階の一室に寝かせると、すぐにエリッサが医者を手配してくれた。
 
        
 
 医師の見立てによれば軽い疲労の蓄積。しばらく安静にしていれば体調も元に戻るとのことで、薬を飲んだドクサはベッドで横になり眠っている。

 レクシーはその脇の椅子に座り、意識が戻るのを待っていた。
 根詰めすぎると自分が参ってしまうとイジーは伝えたが、兄のことが心配でそこから動こうとはしなかった。
 しばらく様子を見させることにして、イジーはエリッサと応接間に向かう。

 遥かなる園はニ階建ての屋敷だ。長い廊下にいくつもの部屋。たまに響く幼い声は、この場所で養っている子供たちだ。

 エリッサは五年ほど前から、ここを孤児院として活動を行っている。
 元は地方のシスターだったらしいのだが、西国の教会衰退のあおりを受けて、彼女がいた修道院は財政難に陥った。そこは仕方なく土地を手放す形で閉鎖。その後も一人で細々と活動していたところ、この屋敷の主人と巡り会ったのだという。

 聞く話によれば、屋敷の持ち主は皇帝の側近らしい。
 エリッサの願いは、人々、しいては弱者たちの救済。頼る者のない孤児たちを助けたいという想いに、屋敷の主人は感銘を受けた。
 ゆえに邸宅を貸し与え、そのままエリッサは遥かなる園を開いたのだという。
 このことをイジーは半年ほど前に知り、一度だけ孤児を送り届けた。
 そのときの縁から、エリッサとはそれなりに良好な関係を築いている。

「――どうぞ、おかけください」

 応接間に着くと、エリッサはイジーに肘掛椅子を勧めた。
 お言葉に甘え、イジーはそこに腰かける。
 以前来た際も使用したことが、やはり上流階級の扱う家具は庶民と比べてまるで違った。
 質感、肌触りは元より、暖炉に施された装飾など素人目にみても芸が細かい。壁にかかる実物と見紛うような絵画に、足に吸いつく心地の絨毯。さらに定時を知らせるために針を刻む柱時計など、貧民の生活から考えれば想像も及ばない代物ばかり。

 イジーがだいぶ落ち着かない心持ちの中、エリッサはテーブルに置いてあったティーセットを慣れた手つきで取り扱う。

「どうぞ」

 エリッサはイジーの前に、湯気とふんわり甘い香りの立つティーカップを
差し出した。

「ありがとうございます」

「お礼を申し上げるのはこちらですわ。イジー様のおかげで、あの迷える二人の子供が救われるのですから」

 聖職者の装いのためか、エリッサの笑顔は慈悲深さに満ちていた。
 イジーは心が洗い清められるような感覚に満たされながら、エリッサに差し出された紅茶を静かに口に含む。

「……とても美味しいです」

 素直に味の感想を口にすると、エリッサは恐縮した。

「それは良かったですわ。主様の計らいで特別な茶葉を使用しておりますので、お味のほどは保証できますわ」

「貴重ってことですか? そんなもの、俺なんかに出させてしまい申し訳ないです」

 イジーは頭に手を当てて首を下げる。

「いえいえ、お構いなく。そもそも貴方様がおられなければ、このように美味なお茶を出すことも叶いませんでしたもの」

 イジーの態度がおかしかったようにエリッサは苦笑した。

「……俺がいなかったら?」

 一瞬、イジーは話の整合性に微かな違和を覚える。
 けれど頭の取り忘れていたバンダナに気づくと、慌ててそれを首に巻き直した。
 屋内で被り物をするのは、無作法であることはイジーでも知っている。

「と、ところでミス・エリッサ。あの二人をここで預かってもらうことは可能ですか?」

 イジーは羞恥を隠すように話題を変えて、本来の目的を伝えた。

 ドクサとレクシーを連れてきたのは、彼女に保護してもらうためである。
けれど、いくら孤児院と言っても収容人数には限りがあるはずだ。仮にここが受け入れ拒否となった場合、次の場所を探さなければならない。

 するとエリッサは、その心配もなさそうに笑顔を作る。

「ええ、もちろんですわ。男の子がドクサ、女の子がレクシーでしたわよね?」

「はい。じゃあ、預かっていただけるんですね」

「当然ですわ。それがこの遥かなる園の役割ですもの」

 断る理由もないように、エリッサは二つ返事で承諾してくれた。これにはイジーも低頭平身の思いである。

「ありがとうございます。それでは、どうかあの二人をよろしくお願いします」

「そう畏まらないでくださいませ。貴方様は誰からも称えられる、立派なことを成し遂げたのですわよ。私の方こそ、お礼を差し上げたいぐらいですわ」

 そう言って、おもむろにエリッサも席を立った。
 近くの戸棚に向かうと、そこにしまってあった袋を取り出す。そしてこちらに戻ってくるなり、それをイジーに手渡した。

「少ないですが、心ばかりの気持ちですわ」

「……申し訳ありません」

 イジーは少しだけ後ろめたい気持ちになった。
 渡された袋は、ずっしりと重たいもの。中から金属の擦れる音がする。

「自らを恥じることはありませんわ」

 相変わらず聖母の面差しで、エリッサは微笑みを投げた。

「これはイジー様の働きに応じた対価。どれだけ理想を並べ連ねようと、それを実現させるためには必ず発生してしまうものですから。私のいた修道院も、そのために潰れてしまいましたもの。どうぞ、ご遠慮なく受け取ってください」

 過去の不遇を糧とするように、エリッサは純粋な気持ちでイジーに報酬を渡した。

「ありがとうございます」

 受け取った袋をズボンのポケットにしまい、イジーは重ね重ね感謝を告げる。

 それから少しだけエリッサと談笑したあと、首のバンダナを頭に巻き直した。

「では、俺はこの辺で失礼します」

「もう行ってしまわれるのですわね。それでは最後に、ドクサとレクシーに挨拶をしてあげてださいませ」

 エリッサは応接間の扉を開き、廊下に出ながらそう申し出た。

「いえ、俺はこのまま行きます。二人の顔を見ると、別れが辛くなりますから」

 イジーは頭を下げ、エリッサに全てを託した。
 二人はそのまま廊下を進み、玄関口まで見送られる中。

「ところで」

 イジーはふとしたことをエリッサに訊ねる。

「前に俺が連れてきた子――ジャンは、元気にしてますか?」

 以前、遥かなる園に預けた子供についてイジーは気にかかった。

「あいつ、最後まで俺と打ち解けてくれませんでしたが、ミス・エリッサの手を焼かせていませんか?」

「いいえ、問題ありませんよ。あの子にはお迎えが来ましたわ」

「えっ!」

 一瞬、心臓が早鐘を打つイジー。
 非常にドキリとする台詞を紡がれたが、エリッサは平然と続けた。

「まだ貴方様には言っておりませんでしたわね。この遥かなる園では養子縁組を募っておりますので、ジャンもきっとそこで健やかに過ごされていることでしょう」

「そ、そうでしたか……」

 イジーは胸を押さえながら安堵する。退職したとはいえ、未だにシスターの恰好をしている女性にお迎えなどと言われたら、冷や汗どころの騒ぎではないのだ。

「あの、失礼ですがその連れて行ったという人は、まともな方ですよね?」

 イジーは躊躇いがちに、僅かな不安を口にする。
 エリッサの人選を疑うわけではないが、子供を連れて行った者が全て人格者であるとは限らない。里親のフリをして、奴隷を募る輩も少なくない。

「全て神の御心のままに――ええ、きっと」

 胸元のロザリオを握り、一度だけ祈りを唱えてからエリッサは頷いた。
 そのあまりにも堂々とした態度に、イジーは疑念を抱いた自分が恥ずかしくなる。

「ミス・エリッサがそう言うのでしたら、間違いないですね。すみませんでした」

「お気になさらず。それだけイジー様が、子供に対して真摯だということですわ」

「そう言っていただき幸いです。それでは、ミス・エリッサ。また頼りにするかもしれませんので、よろしければそのときもお願いします」

 イジーは遥かなる園を後にするように、エリッサに別れを告げる。

「はい、さようなら。貴方様の進む道に、神の祝福がありますことを」

 エリッサはイジーを祈願し、これを見送った。
 名残惜しみつつも、イジーは無事に目的を完遂したのだ。

「……ドクサ、レクシー。幸せに暮らせよ」

 少しだけ殺風景に思える中庭を抜け、イジーは屋敷に置いてきた二人のことを想いながら門を出た。
 そしてこの高町から離れようと、ひとまず繁華街に足を向けたとき。

「……ん?」

 ふと、道をすれ違った一人の男。
 頭からすっぽりフードをかぶり、足元まで届くマントで全身を覆っていた。加えて一目見ただけでは子供と見紛うほどの小柄さに、イジーは思わず気を留める。

「ふん、ふんふーん。ふふんふーん」

 どこか上機嫌な男は、鼻歌交じりにスキップを踏んでいた。

「ういっいっい!」

 続く甲高い笑い声は、ひとたび聞いたら二度と忘れないほど強烈な異彩を放つ。

「あの男……」

 そのときイジーがもっとも着目したのは、男の行く先。
 それはなんと、イジーが今まさに出てきたばかりの遥かなる園だ。

 外見だけではとてもそうは見えないが、もしかしたらあの男性こそが、エリッサに屋敷を提供した主なのだろうか。

「気にしても仕方ないか……けど」

 イジーは心にとても小さな棘が刺さったような、そんな曖昧な感覚が残った。


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