月の波動とぬくもりと

いつもいつも
違う形のその姿
満ちていても欠けていても
雲が覆い隠しても
確かにそこに
たたずんでいる

曇りがちだった高校生活
クラスメイトの談笑を浴びながら
狭まる肩身

 あの子と仲良くなりたかったのに
 あの子は別な子と仲良くなってる

完成途上のパーソナリティー
外へと扉を開こうか
それともこのまま閉ざそうか

……やっぱり恐い
このままでいよう

このまま
こころの形は
石膏のように固まってゆくのか

そのような予感を抱く中
雑誌の広告で目にした
球体の白い石

それは
ムーンストーンと呼ばれる長石で
光を受け
内部から白に銀にと照り返し
月の神・ソーマ*を中に宿す

引き込まれるように入手した
直径三センチほどの球と
それをモチーフにした
アルファ波へと導くサウンド

月ぞらの下
明日に凍える夜の供に
石を握りしめると
手から伝わる石の温かな波動と
CDプレーヤーのイヤホンから流れ込む
柔らかなメロディーが
眠りへと誘ってくれた

その存在を
忘れては思い出してを繰り返し
一児の母となった今

てんやわんやの夜の時間
目標の就寝時刻はとうに過ぎ
膨れ上がる赤の塊

布団を敷くのを口実に
逃げ込んだ寝室

カーテンが開いたままの
窓から目に入ったのは
ぽっかりと空に浮かんだおぼろ月

忙(せわ)しさに
眺める事すら忘れていた

週に一度のヨガ教室で
教わった祈りの詩句
空を見上げて吟唱する

 om osadhayassamvadante somena saha rajna
(全ての薬草の長として良く知られている月の神・ソーマ、
力強い王のようなお方を讃えます)

すーっと塊は小さくなり
そっと目を閉じる

こころの形は変えられるし
変えてもいい

 ママー!

バタンとドアが開き
かん高い声が呆気なく沈黙を打ち破る

ああ
あと少しの今日という日を
終え切ろう

月ぞらの下
そのぬくもりを纏いながら

*ソーマ(soma)
元は古代インドの神酒を指す。不死の妙薬、甘露とされ、
人間にも栄養、活力を与え、詩人が天啓を得るためにも用いられたという。
ヒンドゥー教において、植物、とりわけ薬草(osadhih)の長とされ、
月と同一視されて、多くの神話を生んだ。

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