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聞いてよ、教えてよ、caffè latte

新宿のハンズで手に取ったのは、ビターなカフェラテ色の君だった。

長方形のすっきりとしたフォルムに、ややグレーの色味が混ざった濃い茶色のバンド。ウィークリー・バーティカルが好きだったはずの私は、去年からすっかり1日1ページの虜だ。2023年に選んだ、目の醒めるようなレモンイエローの手帖から一点、落ち着いたブラウンカラーを選んだのは——まぁ、選択肢が限られていたからではあるけれど——どこか実直な落ち着きを求めるような、そんな心持ちがあったのかもしれない。

落ち着き、ねぇ。
厚さ1.9cmの新しい相棒は意外にも軽量で、私の手に馴染む。
落ち着き。そんな歳になっちゃったか。

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29歳になるなんて、絶対に嫌がるはずだと思っていた。20代。若さ。フレッシュ。可能性。そして自由。若葉のような瑞々しさは30代になった途端に失われる、そんな気がしていた。けれども、6月に誕生日を迎えた私は意外なことに、30代となって人生を歩む自分の未来に思いを馳せていた。どうしてだろう。想像していたよりも、10代、20代の自分に未練はなかった。

若かりし頃の自分を、青くさい、恥ずかしい、そんなふうに思えるのは成長だろうか。歳をくって丸くなったとはこういうことなのか。——否、自分が丸くなったかというと、全然そんなことは無いような気がする。わかんない。自分で自分のことなんか全然わかんない。私の周りの人のほうが、私のことをずっとよく知っていることだってある。初めての転職を宣言した際に親しい人ほど首を傾げていたのも、独立して一年半後にようやく文章の仕事一本に絞った私を当然の結果として評価したのも、振り返ってみればそう。

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思えば随分と遠くまで来たものだ——いや、違う。そうでは無いのかもしれない。沖だと思って一生懸命泳いでいる場所は、悲しいくらいに浅瀬なのかもしれない。わかんない。全然わかんない。私なんかより、私の周りの人のほうがずっとよく私のことを知っているはずだ。

2021年3月に独立してから、まもなく丸3年となる。昨年の師走、大きな仕事が一段落した私は3年間を振り返って、随分とセンチメンタルになったものだ。そして、次の3年間のことを考えた。12月は毎年気が滅入る。天中殺だからかもしれないし、大殺界だからかもしれない(私は、結構こういうことを気にする)。私が組織に向いていないことは、ここ数年で大変よくわかった。自分のことは自分でやりたい、自走し、自ら考えて意思決定を下し、自力で解決を試み、うまくいかなければ自分で責任を取る。良くも悪くも、そういう生き方が向いている。そんな私ですら頭を悩ませる。誰かが「あなたはこれをやりなさい」と言ってくれたらどんなに気が楽か。「あなたはこの道を歩いていけば正解ですよ」とレールを敷いてくれたらどれ程良いか。私ですらこんな風に思うのに、独りで仕事をしている世の中のみんなは、ねぇ、どうしてるんだろう。

2024年の元日は、一粒万倍日に複数の吉日が重なる強運日だったらしい。風水好きの母は祖父母に新しい財布を贈り、「新しいものを下ろしたかったの。この靴が素敵な場所へ連れて行ってくれますように」とスニーカーを新調した。だとしたら、1月1日から使い始めた新しい手帖は、私に何か幸運をもたらしてくれるのだろうか。

ねぇ、期待したらだめかな。
聞いてよ、私の独り言を。
教えてよ、私は何をしたら正しいのかって。

手帖は答えない。そりゃそうだよ、付喪神がいるとも限らないし。

EDiT 手帳 2024 スケジュール帳 2024年1月始まり 1日1ページ B6変型 スープル
ライトラテ

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兎にも角にも、こいつを相棒として独力で歩んでいく他無いのだ。
けれども、30歳になる私はせめてもう少し丸くなって、周りの人に頼れたらいいなと思う。
周りの人のほうが、私の判断よりも正しいことなんてよくあるのだから。大人になろうよそこは、ね。

デスクの右側に手が伸びる。マグカップにいっぱいの、君とよく似た色を飲み干す。ビターな現実と甘やかな期待がないまぜになって、喉の奥へ落ちていった。

おやつを恵んでいただけると、心から喜びます。