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ノージャンルで言葉を紡ぐ、自由な随筆。
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#エッセイ

子供は「おしまい」の寂しさを知った、屋上遊園地の物語

デパートで買い物、なんて言葉さえもレトロに感じてしまう。 これは、在りし日の話。 5、6歳くらいのことだったろうか。 休日に、両親や祖父母がデパートへ連れて行ってくれた。 郊外。よく晴れた日。 祖母はいつも、苺と生クリームのサンドイッチをおやつに買ってくれた。それは私にとって、特別な一日の始まりだった。 買い物よりも遊びのほうが楽しくて仕方ない。そんな子供の私が、屋上へ向かうときのワクワクする気持ちは今もよく思い出せる。 町の公園にはない、大きくてカラフルなアスレチック

彼女はサヨナラの寂寞を知った、消えゆく遊園地の物語

「次は、豊島園。豊島園です」  黄色の電車にガタンゴトンと揺られ、小さな駅のホームに到着した。窓の外には、ポップなエントランスがもう見えている。  ピッ、とSuicaをかざして改札を抜ける。そのまま歩いていくと、半袖のブラウスにショートパンツ姿のフミが待っているのが見えた。フミ、と声をかけると彼女の丸い目がこっちを向き、大きく微笑んだ。 「ユイ!おはよう!」  手を振って駆け寄ってくるフミに「おはよう!待った?」と聞くと、「ううん、さっき着いたばっかり!」と明るく答える

3月3日——雛人形と母娘

毎年3月になると決まって母からLINEが来る。 「今年もお雛様、出したわよ」 我が家の【雛飾】は祖母の代からあるアンティークだ。小ぶりながらも立派な御殿とぼんぼりがしっかり付いている。所々壊れてしまい色褪せてきているけれど、いつだか母が「このお雛様もそろそろ処分しようか」と言ったとき私が「いつか私が貰い受けるから絶対に捨てないで」と言った記憶がある。古風で美しい【雛人形】。 そして【雛祭】が終われば「お雛様ちゃんとしまっておいたわよ」とまたLINEが来る。【桃の節句】を

2月3日——豆撒いて邪を払う

【鬼は外】、【福は内】。 2月3日は【立春】の前日、節に分かれると書いて【節分】。 もともとは四季それぞれの分かれ目を意味する言葉だったらしい。然し、現在は冬と春の境を指す。春を迎える間近、一年を健康に過ごすために邪気を追い払おうと【豆撒】をするのだ。 東京で一人、その日を迎えた夜。私は実家の行事を思い出していた。 私と3つ下の弟がまだ小さい頃の話。夕食を済ませて居間で寛いでいると、ふとさっきまで居た父の姿が見えなくなっている。 それから急にインターホンが鳴る。ドアを

1月7日——七種粥に舌鼓

カレンダーを見たら「小寒」とあった。昨日のことだ。 ここから節分までさらに寒さが厳しくなるらしい。【寒の入り】。 今日が何の日か、私は忘れていない。午前の仕事を切り上げて、近所のスーパーに向かって「【春の七草】セット」を買う。 積み重なった山から1パック手に取ってカゴに入れるだけでいい、便利な世の中。だって、想像してほしい。昔の人はきっと極寒の野原を見渡して、雪の下から微かに春の兆しを伝える七草を探し、家族の分を摘んで帰ったのだから。 湯を沸かし、青菜を刻んで塩でさっと

1月1日——元日の夜明け来たりて

年越しの季節がやってきた。 紅白歌合戦を見終えて、「蛍の光」を聴いて、「ゆく年くる年」を見て。 ゴーン、とテレビ越しのどこかの神社で除夜の鐘が鳴ったら、みんなで口々に新年を祝いあって——これを【御慶】と言うらしい——、それぞれの部屋へ帰る。 それが我が家のお正月。 【初日の出】を見る人は、早起き。 日が昇るまで寝ていたい人は、スヤスヤ夢の中。 【元旦】の食卓は、関東風の鶏ガラの【お雑煮】。餅つきをした近所の人がおすそ分けしてくれた、新鮮なお餅をこんがり焼いて中に入れる

住んでみたい理想の家は、焼菓子とスープと木の匂いがした

「おめでとうございます! あなたは特別なオファーに選ばれました。今日からどこでも住めますよ!」 午前10時のデスク。書きかけた原稿のWordを開いたMacBookの前、現れたそいつはいきなりこう言った。妖精とは彼——いや、彼女かもしれない——のことを言うのだろうか。ジブリ映画に出てきそうなビジュアルの“妖精”はくりっとした目を輝かせながらこっちを見ている。 どこでも住めるって。どこでも? というか今日から? さすがに急すぎない? 「えー、ないんですか? 住んでみたいとこ

IT企業で4年働いて、絶望して、文書きになった私の話

「ごめんなさい、もう無理です。私もう頑張れません」 みっともないと分かっていても溢れる涙を堪えきれない。 社長は黙ってそれを眺めていた。 「2月末で退職させてください」 私は大切な人たちを裏切った。 今でもこの十字架を棄て去る気持ちにはなれない。 *** 26歳、初めての転職。 IT企業で営業職を務めて3年。20代後半になった私は「このままでいいのだろうか」とさめざめ泣いた。それもそのはず、進退に悩むほどの大問題があったからだ。 新卒で入った会社は穏やかで居心地が

【2021夏休み企画】noteいっぱい読みます!祭

はじめに いつもさつま瑠璃のnoteを読んでいただきありがとうございます。 あるいは、今回の企画で初めて私を知ってくださった方もいるのではないでしょうか。 夏休み。 ジリジリと蝉時雨、かき氷、海、バーベキュー、打ち上げ花火。 といったって学生時代の青春は過ぎにし方、今やお仕事に明け暮れてお盆休みもありません。 それでもこの企画を「夏休み」と題したのは、「夏休み」という名詞が・語感が・ニュアンスが好きだったから。 前置きはこのくらいに。 ご参加いただき心より感謝いたします