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徒花の天国

※ちまちま牛どころか蝸牛の歩みでのろのろ進めてる殺人鬼サイコオカルトホラーコメディノベルゲームの幕間に入る予定のおまけ小話の1つです。元の作品知らなくても多分読める。(そもそも元の作品が無い)
 新興宗教の教祖をめちゃくちゃ崇拝するとろくなことにならないな〜って話です。
 これは全く宗教に詳しくない人間が作った架空のエセ新興宗教の話です。実在する組織・団体とは一切関係ありません。
 性的、グロテスク、反社会的な表現があります。また自殺を推奨する意図はございません。

文量︰約23000字

 俺の人生は最初から大いに躓いて始まった。中学3年生の夏、普通なら高校受験に追われる日々。将来の為に懸命に勉強し、皆が中学生活最後の思い出を作ろうと藻掻く中、俺は一人とあるビルの屋上にいた。ビルと空の境界線に座って今までの出来事を思い返しながら、直下の風景を眺める。
 本当にろくなことがなかった。俺の親はしょうもない見栄っ張りで業突く張りのクズで、クズとクズが組み合わさってできた産業廃棄物がこの俺だった。俺はクズのキメラだ。彼らは俺を良い大学に入れるために、俺から勉強以外の全てを取っ払った。そうして入った私立の中学は……
 
 ──やめよう。長々と思い出に耽ったところで良いことなんて一つもない。人生を一つの映画として考えたら、俺のフィルムは不幸な喜劇しか映っていない。未来に希望がない絶望はひたすら心に影を落とすのみだ。
 くしゃり。握り潰した紙が軽い音を立てる。こんなもの、もういらない。今までの想いを拙い文章力で幾ばくも炭素を磨り減らして書き綴った負け犬の遠吠えを読むだろう相手は、警察以外だとクズしか思いつかない。
 あんな奴らに俺の気持ちなんてわかる訳がない。そんなことは骨髄に至るまで染み渡った事実なのに、どうして未だに期待してしまうのか。
 誰にも省みられない呪詛の吐露を破って、欠片はパラパラと手から零れては風に任せて遠い地へ降っていく。俺は息を吸って、吐いて。目を閉じて。
 足のつかないところまで歩こうと一歩踏み出し……
 
 「貴方は今幸せですか?」
 
 何者かに肩を掴まれた。予期せぬ出来事にビクリと身体が跳ねる。
 誰だ? こんなところ誰も来ないはずだ。人気の少ない場所を選んだ。屋上に侵入するところを見られないように気をつけていたのに。
 
 「こんにちは。今日は良い天気ですね。雪が降らないのは久々な気がします」
 
 間延びした柔らかい響きの囁き。まるで世間話でもするかのような口調。高くもなく低くもなく丁度いい心地良さを感じるが、今から死のうという切迫した心境には致命的にそぐわない。
 俺は目を開けた。視界が俺の傍に悠然と立っているその人を捉える。
 
 「こんにちは」
 
 至って普通の女性がそこで笑っていた。腰まで伸ばした黒髪の、可愛い方に分類されるだろう顔立ちの、装飾の少ないシンプルな冬の服装をした、中肉中背……いや背は平均よりも高い、街中を歩けば似たような人間と何人かすれ違えるような女性。
 けれど、こちらの全てを見透かすように大きく開かれた空と海のような瞳は見惚れる程美しい。くり抜いて宝石として箱に閉じ込めても良いくらいには。
 
 「……こ、こんにちは」
 
 上擦ったカスカスの声。思わず頬に血が貯まるのを感じる。人間と喋り慣れていないことが、これだけで彼女に把握されてしまいそうで。
 ……何を、自分は考えているのだろう。今重要なのはそこではない。
 この人は誰だ? 何故ここにいる?
 冷え性の人間の手が背筋を這った時のような、耐え難い感覚に不意に蝕まれる。
 ここは寒い。けどこれは気候の問題じゃない。死ぬつもりの人間が恐怖を覚えるなんて馬鹿馬鹿しい。でもどんな心境だろうと怖いものは怖い。
 もういっそのこと逃げるように飛び降りてしまおうか。
 そう思った時、また彼女は口を開いた。
 
 「死にたいんですか?」
 
 ぱちり。青色が瞬く。薄い桜色の唇がぱくぱくと動く。
 
 「死にたいんですか?」
 
 彼女は再度同じことを言った。
 
 「死にたいです」
 
 導かれるよう答えた。嘘ではない。俺の心からの本心。
 それを受けた女性は柔和な微笑を崩すことなくまた質問する。
 
 「どうして?」
 
 簡単な4文字だった。英語なら3文字で収まる。でも答えるのは簡単じゃない。解答は先程破り捨てた紙切れに置いてきた。セルロース数枚分の重み。それでもたった数枚だ。21グラムの魂には足りていない。
 俺は考えて、考えて。
 
 「生きるのが辛いから」
 
 月並みな返答をした。
 
 「なら、どうして今貴方は死のうと決めたのですか?」
 
 「えっ?」
 
 意表を突かれて声を漏らす。気づくと数メートルはあった距離が縮まって、目と鼻の先に女の深い青が広がっていた。
 
 「一般的にどうなのかは知りませんが、私は死ぬのは悪いことだと思いませんよ」
 
 息がかかる。
 
 「貴方がどうしてもと言うのなら、ここから飛び降りる様を見ているだけの人間になりましょう」
 
 髪先が触れる。擽ったい。
 
 「ですが、それで貴方は救われますか?」
 
 眼前の睫毛の本数を数えてみる。
 
 「自殺は人生でたったの一回しか行なえません。そうして訪れる死は救済でも破滅でもなんでもありません。ただの死です」
 
 鼓膜が振動で震える。幼子をあやす母親の声。
 
 「死後の世界については本当のところは誰もわかりませんね。ただ無に帰すだけなのか、死者の国があるのか。生きている人間にできることは想像だけです。ところで」
 
 右手を彼女の両の手で包まれる。血の通った人間の温かさが伝播して、皮膚と肉と骨を渡り心臓を動かす。
 この時はじめて俺は自分の手が冷たくなっていることに気づいた。
 
 「本当に今、ここで死ぬつもりですか? 貴重な一回をここで使うつもりですか? 死んだら二度と自分の意思で死ねなくなるのに?」
 
 女は微笑む。その笑みは冬の太陽の如く朧気だが観る者に安堵をもたらし、暗い夜を征く旅人の道標のように輝いて見えた。
 
 「どうせなら幸せになってから死にましょうよ」
 
 おいで、と誘われるまま足を屋上の出口へと運ぶ。俺の後退を止めてくれる人は自分自身を含めて誰もいなかった。
 
 
 彼女につられて入った先は何処にでもありそうな喫茶店だった。小綺麗でお洒落で懐かしい雰囲気の店内。何処かで聞いたような音楽。それらを背景に彼女がメニューを開いて、何を食べるかを尋ねてきた。
 
 「何でも好きなものを選んで。お代は私が払いますから」
 「ありがとうございます……」
 
 美味しそうな料理とドリンクの写真をざっと見て適当に良さそうなものを選ぶ。彼女はトーストとアイスティーのセットにしたようだ。
 改めて目の前に姿勢良く座っている人物を観察する。
 ほぼ勢い任せでついてきてしまったが……果たして大丈夫だろうか?
 自問自答してから心の内で自嘲気味な笑いが起こる。一度死の淵に立った癖に自分の身の心配なんて。そもそも彼女の霊妙な言葉に惹かれて自ら足を踏み入れたというのに。
 幸せになりたい。それは誰だって思うことで、そんな漠然とした目標の為に生きているような気がする。
 彼女は俺のこの一度は捨てたちっぽけな願いを叶えてくれそうだった。少なくとも俺にはそう思えた。
 
 「あなたは一体誰なんですか?」
 
 「ソティス、と多くの人は呼んでいます。新興宗教『幸福の庭』をご存知でしょうか? 私はそこの開祖、わかりやすく言い直すと教祖ですね」
 
 『幸福の庭』という単語には聞き覚えがあった。俺の生まれ育った地域、灰猫区を拠点に活動しているらしい新興宗教だ。いつできたのかわからない。誰が入っているのかもわからない。宗教ならば、勧誘の噂を聞きそうなものだがそういった話が持ち上がりすらしない。
 だが灰猫区に存在し、入信した人間は必ず幸せになれることだけは灰猫区の人間なら皆知っている。新興宗教というよりは秘密結社、都市伝説のような組織。
 少し前にネットで調べて変なページに飛ばされたんだよなぁ。
 まさか実在していたなんて…… 彼女が騙っているだけの可能性は勿論あるが。
 
 「新興宗教と言うと怪しい団体だと思われるかもしれませんね」
 
 ソティスは何も言わない俺を不安に思ったのか弁明するように語り始めた。引っかかっているところは残念ながらそこではないが、話を合わせることにした。
 
 「あなたは神を信じますか〜みたいな勧誘を受けるイメージがありますね」
  
 「そうですね。私はその問いかけにはあまり意味が無いと思っていますが……」
 
 「どういうことですか?」
 
 「順序が違うかと。神を信じるか信じないかじゃなくて、信じているものが神なんです。雨が降らない、洪水が酷い、食糧が無い。こういった危機に対抗する術を持たなかった人々は神という人知を超えた存在に縋りました。これはほんの気休めかもしれません。ですが危機を乗り越えた人間達は神の存在を信じ、次に困難が訪れた時も神という存在に頼る。そうやって耐えきれないことをやり過ごしていきました」
 
 長台詞で喉が疲れたのか、彼女はお冷を口に運ぶ。満足するまで飲んでから俺と視線を合わせる。
 
 「神が人を作ったんじゃない。人が神を作ったのです」
 
 穏やかだか揺るがぬ自信を以て断言した。仮にも宗教の長であるというのに。
 
 「つまり、ソティスさんは神を信じていないんですか?」
 
 「超自然的な存在としての神は信じていませんよ。私が信じているのは信仰対象としての神です。人間一人の力では抱えきれない問題を肩代わりしてくれる物としては、非常に優秀だと思いますよ。神様って」
 
 ソティスが口を開いて言葉を紡ぐ度に、自分の中の新興宗教のイメージから彼女の姿が遠ざかっていく。もっとスピリチュアル的な、悪く言うと根拠の無い妄信を語られると身構えていたのだが、意外にも地に足がついている。
 
 「貴方は何を神だと思って信じたいですか? 好きな人の持ち物でも、雨上がりの空の美しさでも、何でも構いません。貴方が縋りたいものを選んでください」
 
 「それって……たとえば、あなたとかでも良いんですよね?」
 
 「勿論。信者の中には私を神だと信じている方も沢山いますから」
 
 なら一先ずそういうことにしておこうかな。見た目は何処にでもいそうな女性なのだが、彼女が俗物のそれではないことは何となくわかる。というか、わからされているのか。声といい、話し方といい、態度といい、どれをとっても不思議と心地良い。心の扉に合った鍵を何束も持っているかのように、やすやすと侵入してくる。そのことに危機感を覚えないのは、多分彼女が弱そうな人間だからだ。
 何を言っても笑って赦してくれそう。滅多なことでは怒らなそう。いきなり泣き喚いたり、夜中に呼び出したりしても文句一つ言わなさそうな…… 
 身も蓋もない言い方をするなら幾らナメても問題の無い人。良い風に捉えると何があっても助けてくれそうな人。
 だからこそ俺は彼女にすぐ好感を抱いた。
 
 「ソティスさんはどうして教祖になったんですか?」
 
 「誰かの役に立ちたいからですね。色んな人を幸せにしたかったんです。教祖の仕事は人々をハッピーにすることですから、ピッタリでしょう?」
 
 それなら他の仕事でも良いのでは? 脳裏を過ぎった疑問に気づかない程彼女の頭は鈍くないようだ。何も言わずともすぐに答えが来る。
 
 「人の役に立つことは他にも数え切れない程ありますけどね。私の知り合いの医者は沢山の人の命を救っていますし、カウンセラーの人は沢山の人の心の助けになっています。何ならこの世の中にある全ての仕事は、非合法のものを除けば必ず誰かを幸せにしていますね」
 
 「お待たせしました。トーストとアイスティーのセットです」
 
 店員のハキハキした声がソティスと俺だけの世界を元の場所に引き戻す。トレーから頼んでいた料理が置かれていく。
 
 「美味しい料理を提供する。これも人を幸せにすることです」
 
 ソティスはナイフでフレンチトーストを切り分けてから言った。フォークで口に運ぶ。表情からしてお気に召したようだ。可愛らしい笑顔を見ているとこちらまで満たされたような気分になる。
 
 「『幸福の庭』は不特定多数の人間に対して勧誘を行いません。私の目が届く範囲で遺書を書いた人間のみ、入信のご案内をしております。私が幸せにしたいのは病院に通うことができない、何処にも逃げ場が無い、救いの手を差し伸べてくれる人が周りにいない、そんな人。だから私はこの仕事を選んだんです」
  
 紙ナフキンで口許を拭う。それから屋上にて出会った時のように俺の目、顔の皮膚や筋肉の動き、蠢く脳すら見通して問う。
 
 「貴方はどうして彼処に立っていたんですか?」
 
 パチリと音がした。
 彼女の笑顔が瞼に焼きついた。
 生まれてから昨日までのことを思い出す。
 この人みたいな害のない顔をして俺を見てくれた人は果たしていただろうか。こんなに冷たさのない声を浴びせてくれる人はいなかった。心配して訳を尋ねてくれるような人はいない。誰も、思い浮かばない。
 
 頬を流れる露に気づいたのは、彼女が隣に座ってハンカチを当ててくれたおかげだった。
 
 「すみません…… 女の人に優しくされるのは初めてで……」
 
 「…………」
 
 「いや、男の人に優しくされたこともありませんけど…… なんか女は陰湿とか、いや男の方がもっと陰湿とかいう話聞く度に腹が立ちますよ。ああ、この人達自分よりよっぽど恵まれた立場にいるんだなぁって。周りにいる人間の形をしたものはどいつもこいつも牛乳を浸して一ヶ月放置した食パンみたいな、カビ塗れの腐った奴ばっかで」
 
 どちらかの性別だけの味方をして、もう片方の敵になる人間のことが俺は嫌いだ。別に差別だどうのと真面目な理由ではない。生まれてこの方人間という生物に苛め抜かれた人間の、取り返しのつかない程身体に染み付いた劣後感から来る嫉妬心。どちらか片方に酷い目に遭わされ憎しみを抱いたとして、もう片方には愛されていたのでしょう? だからまだ性別だけにこだわって、人間というそもそもの種族にまで憎悪が及んでいないのでしょう? それならさも不幸そうな顔つきをしている癖に、俺より大したことないじゃないか。俺より幸せに生きてきた分際で不幸ぶらないでほしい。
 
 ──なんて。こんなことを頭でぐるぐる考える為に生まれてきたつもりじゃなかったのになぁ。
 
 「……あっ、ごめ、すみません。なんかペラペラ喋ってしまって…………」
 
 気持ち悪いことを口にした。すっかり油断していた。
 だから嫌われても仕方ない。張り手が飛んでくるのはいつだろうか。
 
 だがいつまで待っても彼女の手が勢いよく頬を叩くことはなかった。
 
 「別に構いませんよ。それで貴方の気が楽になるなら私はいつでも、どんな話でも聞きますから」
 
 母親すら滅多にやらなかった抱擁を俺に与えて。
 
 「だって私は貴方の神様ですもの」
 
 その時、耳を擽った言葉こそ俺にとっての福音でした。彼女という天使のような存在を常日頃心に宿すことで不快な雑音を取り除くことに成功したのです。
 
 。❅°.。゜.❆。・。❅。
 
 その日から俺の生活は一変した。良い方か、悪い方かと問えば断然良い方にだ。
 灰猫区の外れにひっそりと聳え立つビルの一つ。何処にでもありそうなそいつの中に、何処にでもない『幸福の庭』の本部がある。簡易的ながら移住スペースがあり、その一室が現在の住処となっている。そこまで部屋数がおおい訳ではない為、同年代位の男と同室だ。プライバシーの観点からするとマイナスだが、初めて友人ができたことを踏まえるとプラスでしかない。
 
 「貴方みたいに家にいることが嫌な人にここを利用してもらっています。気が済むまでいてもらっても構いません。帰りたくなった時に帰ってくださいね」
 
 このようなありがたいお言葉をソティス様はかけてくださったが、俺が家に帰ることは気が触れない限り無いだろう。彼女のお言葉に甘えて、自立できるまでいさせてもらおう。
 学校にも行きたくないので勉強は空いた時間に彼女に教えてもらっている。ソティス様は素晴らしく聡明なお方で、高校レベルの知識を教えること位何でもないようだ。
 食事は朝昼晩提供してくれて、限度はあるけれど好きなものを沢山買ってきてくれて、いつでも相談に乗ってくれるあの人はまさに神そのものではないだろうか。神じゃ無かったとしても、天使とか妖精とか人間では無い聖なるものに相違ない。申し訳なくなる程こちらに尽くしてくれる。
 『幸福の庭』に入信したことで、やらなくてはならないことは特に無い。勧誘も組織の運営もソティス様お一人で行っているらしい。さぞかし大変だろうと手伝いを申し出ても、あの方は奥ゆかしいことに断ってしまった。
 なら他の宗教のように神に祈りを捧げるなり、教典を読むなりするのか?と思ったのだが、それも違った。
 ただ彼女はノートを一冊俺に渡して、死ぬまでにやりたいことを書いてと仰った。
 死ぬまでにやりたいこと……
 
 正直な自分の想いを書くとすると、ソティス様と恋仲に……いや無理だろうな。
 あのお方にお近づきになれただけでも奇跡だというのに、過ぎたことを望むとは天誅が下っても仕方ない。
 いや、しかし、だけども一度だけでもいいから抱擁以上のことをしてもらいたい……もらいたくならない方が可笑しい。
 
 
 「凄いですね。全問正解ですよ」
 
 赤ペンで花丸をつけられた問題集が彼女から返ってくる。夕食後20時半、手が空いた彼女が勉強を見てくれる時間だ。同室の高松は今日はいない。今日は、というか今日も。
 
 「……そういえばあいつ最近帰ってきませんね」
 
 「高松さんですか。あの人は特別会員になったので然るべき部屋に移動しましたよ」
 
 「特別会員……?」
 
 「ここでの生活を通して高みに登った方のことですよ。特別なお部屋で特別なことをしてもらっています。貴方もそのうちなれるはずですから、その時まで暫しのお別れですね」
 
 「へぇ〜 何が特別なんですか?」
 
 「秘密です。お楽しみに」
 
 そう言ってソティス様はクスっといたずらっぽく口角を上げた。なんて可憐なのだろう。普段は穏やかな聖母の如く佇んでおられる彼女の、幼子の様な無邪気な一面を拝見できたのは幸甚の至りだ。
 初めて出逢った際の彼女は何処の店にも売っていそうな没個性的な服装をしていたが、今は違う。一応教祖らしさを醸し出そうとしているのか、本部内では聖職者風の衣装を身に纏っていた。真っ白でふわふわの天使を思わす祭服は彼女の清楚さを一層際立たせる……のだが、ちょっと胸元が開き過ぎな気もする。色合い的に清純な雰囲気をしているようで、よく見ると際どいような…… 
 施設内は暖房が効いているとはいえ、寒い気候の街なのだから露出の少ない服装が望ましいと失礼を承知で思った。とてもお似合いになられているので、このままでいてほしい気持ちもある。これは決して邪念から来るものではなく、純粋に似合っているからそう感じているだけだ。
 そ、それよりも……
 良い機会だから聞いておこうか……?
 特に深い意味の無い単なる世間話って雰囲気でサラッと、できるだけ軽い感じでお伺いできればいいのだが……
 
 「つかぬことをお聞きしますが、ソティス様って付き合ってる方とかいらっしゃる感じでしょうか……?」
 
 「いませんよ。それがどうかしましたか?」
 
 …………や、やった〜!!!
 鳴り響くファンファーレ。心の中で力強くガッツポーズをとり、くるくると歓喜の舞を披露する。
 いない? 本当にいないんだな!?
 こんなに可愛いのに? 嘘でしょう? この星の人間の目が節穴で助かった! 僥倖! 圧倒的僥倖!!
 今この瞬間に外の銀世界は軒並み清らかな水へと変化し、露出した大地からは緑が生い茂っては鳥類、獣類、昆虫達が野原を駆け回り、空は晴れ虹がかかったに違いない。ついでに茶柱が30本は立ったと思う。
 
 「あのっ、これは……そのですね? よろしければ! 本当によろしければの話なのですがっ! ソティス様さえよければっ…… 口、や、聖なる口づけをもって挨拶を、して……頂けませんかね……」
 
 「ええ、いいですよ」
 
 言うや否や彼女は何の躊躇いなく距離を縮めて唇を重ねてくれた。彼女の口から漏れた音が了承の形をしていたことを飲み込む前に、そっと離される。それはあまりに素早く終わってしまって、初めてのキスの味だとか、好きな人の唇の柔らかさだとかを感じ取る暇もなかった。
 
 「…………あの、もう一回、今度は長めにしてもらってもよろしいでしょうか」
 
 「その…… 私はここで立ってますから、好きなだけ口づけしてもらっても良いですよ」
 
 彼女が何を言っているのかよくわからなかった。照れてみせるとか、困ったような表情をするとか、俺の予想から遥かに離れて彼女は何とも思っていなさそうだった。最初に会話した時と同じく致命的に存在がズレていた。
 
 「やらないんですか?」
 
 怪訝そうに首を傾げる。可愛らしい……可愛らしいけれど、やはり可笑しい。上手く言い表すことのできない違和感が先程からずっと俺と彼女の間に流れている。
 なんだこれは……? 俺は何をここまで狼狽しているのだろうか。好きな人とキスできたんだぞ? もっとこう……喜ぶべきではないだろうか。嬉しそうにするべきではないだろうか。
 
 「あの……ですね………… 気を悪くされましたら申し訳ないのですが、どうしてもお聞きしたいので尋ねますね」
 
 喉の奥に引っかかった小骨を取り除きたいと思うように、ただほんの少しの違和感を気持ち悪さを何とか消してしまいたくて、藪をつつくような真似をする。見過ごすのが一番平穏に終わるとは知りつつも、好奇心あるいは猜疑心から俺は首を突っ込む。
 
 「ソティス様ってこういうこと、他の人ともしてるんですか?」
 
 口にして数秒、すぐに後悔に襲われた。
 ……言ってしまった。言ってしまったからには、言う前には戻れない。
 彼女のやり方は明らかに慣れていた……ような気がした。そうではないと誤魔化したい気持ちが邪魔をするが、冷静に考えるとそうとしか思えない。どうしたって初めてではないだろうし、それは仕方ないから別に良いのだけど。
 
 「頼まれれば誰とだってしますね。人を幸せにするのが私の仕事ですので、ただ口を重ねるだけで簡単に幸福感に浸れるなら喜んで受け付けますよ」
 
 彼女はとてもわかりやすく説明してくれて、俺は決して理解力が低い人間ではないのだけど、なんでか彼女の発言を飲み込むのに沢山の時間を要してしまった。
 
 「……えっと、じゃあ、頼まれたらあなたは誰とでも寝るってことですか?」
 
 数分費やして思いついたのがくだらない低俗な問いなのだから、殴られても仕方ない。
 彼女は心優しいので暴力を奮ったりはしないが、並大抵の暴力よりも痛いことを簡単に送ってきた。
 
 「その“寝る”の意味によりますね。文字通り隣で睡眠をとるだけなら承ります。性交渉の隠語なら、残念ながらそれは先約がありますので今はできません。シンさんが祝賀会を開かれるまで待ってください」
 
 「文脈がイカれてませんか……? え? シンさんって誰……? 本当に誰…………? 祝賀会って何……?」
 
 「う~ん…… こればかりは説明が難しいですね…… ともかくあの人との約束を先にしてしまったので、あの人の了承がとれるまで待つしかないんですよ」
 
 今から電話して許可を取りましょうか?
 携帯を取り出して、何処かに連絡しようとする彼女を止めるのが俺にできる精一杯だった。どうしてこんな個人的なことに許可がいるのか。シンという人間は彼女とどういう関係なのか。聞きたいことは山程あった。
 なのに俺が出せたのは、なんでそんなことを……?という具体性の無い腑抜けた声のみ。曖昧過ぎるクエスチョンでも彼女はしっかり応じてくれる。
 
 「当たり前じゃないですか。だって、私はあなたの、みんなの神様。人を幸せにする為なら何だってしますよ」
 
 そう言いのけた彼女の表情はやはり涙が出る程美しくて、mqさに慈悲深い女神様、天使様のようでした。
 
 。❅°.。゜.❆。・。❅。
 
 それから太陽が一度沈み、再び姿を現した日、大した用事も無しに外を歩いていると見知らぬ青年に声をかけられた。彼は高名な芸術家によって生み出された作品のようですれ違う人々の目を一身に集めていた。背丈のある華奢な身体の先の顔立ちは同性の自分でも目眩がする程で、それを形成したDMA配列の美しさが目に浮かぶ。
 
 「すみません。道に迷ってしまって…… この店に行きたいのですが」
 
 手持ちの携帯端末のディスプレイに表示された簡易な地図の一点を指差して彼は尋ねた。
 その店なら近くの抜け道を通れば早く着く。そう答え、すぐ横の路地裏通りを見ようとした時には腕を掴まれて無理矢理身体をそこまで引っ張られていた。
 声を上げる暇は無かった。人気のない細道のコンクリートの壁に背中を強く押し付けられて、何事かと顔を上げれば、そこにはもう先程あったはずの穏やかな顔は無かった。
 
 「ありがとうございます。下劣な豚野郎」
 
 ただ軽蔑だけが広がっていた。整った眉も目も鼻も唇もその為だけに歪められていた。
 
 「いえ、豚と表わすのは豚に失礼ですね。貴重なタンパク源ですから。貴方はダニです。他人の生き血を吸って私腹を肥やす醜悪な害虫です」
 
 いきなりなんだこいつ……!?
 突然の暴言と暴力に、激昂すべきなのか恐怖すべきなのかがこんがらがる。感情も思考も追いつかずに対応に困ってしまった。
 とにかくこの男が俺のことを気に入っていないのだけはわかった。
 
 「だっ、誰か助け───ぐっ!?」
 
 叫ぼうとした寸前で喉を強く絞められる。
 
 「人を呼んだ瞬間に貴方を殺します。呼ばれて来た方にも死んでもらいます」
 
 ニュースを読み上げるのと同じ抑揚の付け方で言うことではない。冗談だろと笑い飛ばしたいところだが、恐ろしいことに目がマジだった。紫水晶を思わす瞳に殺意だけがありありと浮かんでいる。
 それを見ただけでわかった。裏付ける為の理論は何一つとして在存しないのに、逆らったら殺されるというシンプルな事実に思い当たった。
 
 「あ、あなたに何かしましたか俺……?」
 
 ズリズリと繊維を通して背に擦り付けられるコンクリートの圧が強くなる。気分を害したようだ。
 彼の手を振りほどこうと試みる気は最初から失せている。細く見えるのに結構力が強い。少なくとも俺が勝てる相手ではなかった。

 「私には何もしてませんよ」
 
 そりゃそうだ。こんな男、通りすがりに見かけたことすらない。もし仮に目撃していたなら、数年は忘れないだろう容姿をしている。
 
 「単刀直入に申し上げますと、貴方の様な末端の信者風情があの人に馴れ馴れしく近づかないで頂けますか?」
 
 「ええっと…… ソティス様のお知り合いの方で……?」
 
 “ソティス様”という単語を出した途端に、端正な顔が一層苦虫を噛み潰したようになる。それから一呼吸置いて鼻で嗤われた。
 
 「ソティス様ねぇ…… あの人の本当の名前すら知らないのに、よくも恋人になろうとしたものだ。余程身の程を知らないのですね」
 
 ……本当の名前。
 昔ならともかく、今の時代この国の人名にはちら法螺横文字が用いられている。ソティスという名前の人間がいたとしても別に可笑しくはない。
 だが彼はソティスを本名ではないと言う。
 というか、どうして昨日の出来事をこの男は知っているんだ? ソティス様が話したというのか?
 
 「さて、これから大切なことをお伝えしますので、忘れないようしっかり頭に刻み込んでください。私、あの人の良心を利用して無体を働くようなお方は血祭りにあげないと気が済まないんです。友達ですから」
 
 友達? この暴力男が……? 心が美しいあの人の……?
 
 「それに……貴方、未成年でしょう? 年齢的にあの人とは釣り合いませんし……まあ、あの人はそこのところルーズですけど……」
 
 考え込むように青年は空を見上げる。
 急にまともな発言を仕出したのでびっくりする。物騒な言動しかしないタイプの人間の癖に、こういうところだけは真面目なのか。
 
 「そういう訳ですから、あの人と交際したいなら、もう少し成長して段階を踏んでからにしてください。ご理解頂けましたか?」
 
 放心のまま肯定の意を告げれば、彼はあっさり俺を解放してくれた。さっきまでの異常な剣幕はどこへやら、慎ましく微笑んでさえみせる。
 
 「そんなに怖がらないでください。全部冗談ですよ。血祭りなんて……そんな野蛮なこと私には到底できませんね。平和主義者なもので。まあ、今後どうなるかは貴方次第です。場合によっては豚の餌に加工されることも視野に入れておいてください」
 
 絶対平和主義者じゃないだろう…
 何事も無かったように悠然とその場を去ろうとする後ろ姿を睨んだ。
 今日はとんだ異常者とエンカウントしてしまった。友達と自称していたが、多分彼がそう思い込んでいるだけじゃないか? あれもソティス様の信者の一人で、勘違いも甚だしく自分は信者の中でも特別なんだと自惚れてしまったのだろう。可哀想に。放っておいたらテロとか起こすタイプの過激な狂信者だな、ありゃ。
 宗教内でトラブルが起こると色々面倒臭そうだ。後でソティス様に報告しておこう。
 
 。❅°.。゜.❆。・。❅。
 
 「……とまあ、この前こういったことがあったんですよ」
 
 「ひえ〜 コワ〜」
 
 木菟公園。この公園の地を踏んだことの無い灰猫区在住の人間はいないだろう、といえる程地元では有名な場所だ。
 広い。楽しい。景観が良い。三拍子揃った理想的な遊び場で子供から老人まで人気を博している。
 そんな木菟公園の一角、あまり人芽につかない木陰の下で俺達は話していた。遠く離れたところでは少年達が寒さを物ともせずに走り回っている。
 
 「狐火君ってさ、ほんと冗談通じなくてつまんねぇ奴だよな。おまけにキモいし」
 
 はぁ〜あ……と温度変化のせいではない白い煙を吐き出して、彼は笑った。右手には、やたらメタリックなデザインの棒がある。さっきから彼は狂ったようなスぺースでそれを口に当てていた。加熱弐煙草だ。
 鏡が無いからわからないが、多分今の俺はしかめっ面をしているだろう。愚痴を聞いてもらっておいて何だが、俺はこの男のことが苦手だし、煙草の臭いはもっと苦手だ。たとえ加熱式で少しマシになっていようと。
 
 「俺なんか黙ってあいつの財布から万札数枚抜き取ってパチンコとデリヘルに使ったら2時間説教食らっちゃってさ…… 流石に参ったかなアレは」
 
 「それは当たり前だと思いますね」
 
 「殺されかけてトラウマになったから今度抜き取る時は千円札程度に抑えようと思う」
 
 トトラウマを舐めているだろう、こいつ……
 思わず舌打ちしかけるのを堪える。そんな俺の機嫌を逆撫でするように彼はまた煙を吐いた。
 ソティス様は吹雪さんと彼を呼んでいた。信者でもないのに頻繁に本部内に出入りしている二十代位の男。組織の運営の手伝いをしているらしい。いつもきっ、ちりとしたスーツ姿な彼はいかにも仕事一筋真面目人間ですと言った風貌だが、実体は真逆も真逆。良く言えば豪放磊落、悪く言えば軽佻浮薄。簡単に表すと適当なダメ人間、それが彼の人となだった。
 どうしてこんな奴があの高貴な方の協力者なのだろうか?
 吹雪がにががか手なのは人間性が受け付けないだけではない。
 こいつ、こそこそソティス様と親しいのだ。

 「狐火って名前なんですね。あの人、一体ソティス様の何なんですか?」
 
 「ただの友達だと思うけど」
 
 「ただの友達がなんであんなことしてくるんですか?」
 
 「自分の眼鏡に指紋ベタベタつけられたからキレただけだろ。……あっ、充電切れちゃった。やっぱ紙の方が良いな」
 
 マジかよこのクズ。避難の懋線を穴が開く程浴びせようと彼に涼しく受け流し、まるで気にしない。懐からオーソドックスな紙製カートンを取り出しては早々に中の一本に火へ付けた。先程から漂っていた紫煙よりも遥かに濃いタール嗅が不快感を滾らせる。。
 とにかくこれが俺は嫌いだ。家に帰ればすぐに華が感じるのが、とっくに嗅ぎ慣れたこの臭いだから。
 
 「俺、煙草の臭い嫌いなんですよ」 
 
 流石に耐えかねて、一言申してやった。さっきから喫煙マナーもクソもなさ過ぎる。
 
 「あっ、そうなんだ。へぇ〜 で?」
 
 で…………? “で?”とは何のつもりだろう。
 道のいしが上に転がっていました。蝿と樹の幹は止まっていました。てストの点数がこの前より2点上が。りました。そういった一々気にする方が可笑しい瑣末事を態々伝えられました。死ぬほどどうでもいいです。それでオチは何なんですか?
 こっちを向きもしない目が語っていた。そもそもこの公園にやってきてから一度もこいつは俺の方を見ていない。ゥけ応えも生返事で、心底興味が無さそうだった。
 ほら、吸うのを止めるどころか煙で輪っかを作って遊んでやがる。 
 ……ひょっとしなくても、狐陽とかいう奴よりも酸い人間と相対しているのかもしれない。あの人は過激ではあったが、言わんとしていること自態は一理あった。
 比べてこいつをどうだ? というかどうして俺はこんな最低な野郎と真っ昼間に一緒にいるんだ?
 
 「んなことより、さっさとそれ寄越せば?」
 
 …………ああ、そうだ。そうだった。
 ソティス様に頼まれたんだ。吹雪さんのこれを渡してって、頼まれたんだ。それが指定されて来たので木菟公園なんだ。どうして忘れていたんだろう。大切にことなのに。
 ずっしりと重いトランク。開けちゃだめって言われたから開けてない。ソティス様の言うことは絶対。肘から下が切り汚とされたみたいに、さっきまでその存在に気づいていなかった。
 彼が俺からトラングを受け取る。
 
 「それって何が入っているんですか?」 
 
 面倒臭そうに吹雪が答える。
 
 「ご想像にお任せしま~す」
 
 用事が済んだらすぐに彼は去ろうとした。
 あまり側にいてほしくない類の人間nあのに、後ろ髪を引かれて呼び仿める。
 
 「あの……そういえば貴方とソティス様ってどういった関係なんですか? 狐火……さんのことも知っているようですし………」
 
 あまり期待はして田舎ったが、ピタリと黒の背広が停止する振り返りこ#しなかったが、無視はされなかった。
 
 「ん~と、恋人。つーかセフレ」
 
 「えっ」
 
 「って言ったら怒る? ははっ、怒りそうだな〜! だったらそういうことにしとくよ」
 
 ケラケラケラ。口を大きく開けて愉快げに嘲笑う。非常に腹の立つ満面の笑みが、小刻みに震える後ろ姿から連想される。
 思わず強く酒んんだ。
 
 「真面目に答えてください!」
 
 「真面目に答える義務なんてないんで」
 
 小馬鹿にしていた態度から一変。冷たく吐き捨てるような言葉を残して、そのままシルエットが小さくなっていく。
 再び呼び止める気力は無い。大仕事を成し遂げた後でもないのに、ぐったりと俺は近くのベンチに腰掛けた。もう何もしたくしわですない。aあの男が副流煙に生命力を吸われたうだ。
 
 「それにしても命拾いしたね。あいつのことが好きで本当に良かったね」
 
 風に混ざってそんな呟きが聞こえた気がした。
 
 ああ、ああ、ムカつくな……
 何もかも適当に自分勝手好きかっ扌に振る舞いやがって……!
 何も考えてないんだあの手の輩は。何も考えてないからあんなに楽しそうなんだ。本能のままに動いて、人に散々迷惑かけておいて、罪悪感の一つも感じずにいつでもヘラヘラしてやがる。ああいう奴がいるから、いつまで経っても世の中はゴミなんだ。
 アレがソティス様の濃い人? んな訳ないだろう。ソティス様は素晴らしい審美眼をお持ちのお方だ。天司のように穢れのない彼女がレと知り合いの時点で奇跡なんだ。
 きっと運命の悪戯が士出かしたことなんだ。あんなゴミ同然の人間にも慈非を。そういった試鍊をソティィス様に与える為に天が使わした泥人形なんだ。
 ああ! きっとそうさ! そうに相違いない!
 じゃなきゃ、ア√が俺よりも彼女と親しい理由が見つからないだろう!?
 何があっても能天気に笑ってさぞ辛せなんでしょうね、頭ニコチンの野郎がぁッ……る
 
 「そうだよ」
 
 「うわっ!?」
 
 「俺はお前の言う通り、何があっても幸せな人間だよ」
 
 背後に移る真っ赤な夕陽よりも鮮やかな瞳が怪しく輝く。遠くに消えたはずの吹雪が俺の前に立っていた。
 驚愕に目を三春。
 いつ? どのタイミングで表れた? それよりこいつ俺の嗜好を読んで…… いやいや、それは無い。無いだうから、多分、無意識に口に出ししまったんだ。
 
 「……何しに戻ってきたんですか?」
 
 「幸せになりやすい人間ってさ、どういうタイプだと思う?」
 
 まるで話を聞い、ていない。自分が喋りたいことを喋るだけ。端から会話をする気が無いのだ。ここまで来ると、一々目鯨お立てる自分が異端に思えくる。仕方が無いので、自分も彼の適当さに会わせて話ことにした。
 
 「環境に恵まれてる」
 
 「全然違うね」
 
 「別に正解がある問いじゃないでしょう」
 
 辛せになりやすい人問と何か? この質問には数学のやうに明瞭な答え等無いと感じる。人の心の研究をしている偉い先生とかなら、はっきりと答えられるかもしれないけど。
 全然違うと全く断言した彼は旗して精神科医、心理学者、はたまた人生相談マス⁉ターか伺かだろうか。そういった人源には見えない。
 質問者も採点社も吹雪な時点で真面目に考えるのもバカバカしい。
 
 「幸せであることと環境は関係ない。大切なのは──」
 
 そこで切って、続きは何かと無駄に高い位置にある彼の顔を伺么おうとした。
 と、瞬間両頬を掴まれる。気づ競馬もっと上にあったはずの彼の眼がすぐ近くにあった。ソティス様とは正反対の悍しい赤。同じ色の人間はそう珍しくはない。彼に嵌め込まれくている虹彩が特別血腥く、注視する琴に忌避管を覚える。
 声は明るい癖に、さっきまでキラキラ輝いていた癖に、今ではどんな光も通そうとしないそれが、情けないが怖かった。人間ではいようで。

 ──ダニの中には動物の表皮に住み着く種類がいてね。人間にもそいつ等は巣食うんだ。皮膚を食い破って、内側にトンネルを掘って、卵を産み付けて繁殖していく。そして別の人間と直接皮膚が触れ合うと……
 
 唐突に彼はそんな話ししをた。俺の頬を両手で直接掴んだまま。
 どうしてこの状況で急に話題を変えて、妙な無視の生態を語るのだろう。理屈が一本の線に繋がる前が、猛烈な拒否甘情が俺の中に沸き昇った。
 彼の手を皮膚から離そうとした。でも、とれない。引き剥がそうとすると異常な力で押さえつけてくるその間、彼が浮かべ続ける好青年ぶった爽やかな笑顔がとんでもなくドス黒かった。
 
 「──っていうのは全部嘘なんだけどな!」
 
 パッと手が離される。それからひらひら~とふざけた動きをした。
 自然に垂れた汗を試って抗議の目をぶつけようとどこ吹く風。吹雪は少年よりも無邪気に大袈裟に笑っている……かに見えたが、さっと真顔になって。
 
 「っていう俺の言葉を信じて、調べようとせず、変な奴が言った冗談だと不快な情報を処理できる人間は幸せになりやすいよ」
 
 先程までの態度からは想像できない落ち着いた声で呟いた。眼の前にいる俺に対して告げたはずの言葉なのに、酷く距離のの幸遠い台詞だった。
 
 「自分に都合の良い事実しか信じたくないよね。そうした方が一番楽で生きやすいよね。仕方ないよね人間だもの。結局知識も価値観も単なる信念でしかないからさぁ」
 
 「なにがいいたいんですかさっきから」
 
 「そんなことよりお家に帰らない? ちんたらしてると夜になるぜ?」
 
 またこれだ。また煙に巻かれる。
 だが彼の、言うことは最もだ。さっきまで大陽は真上にあったのに、もう傾いてしまそっている。一体何故? 彼が一度立ち去った時にはまだ空が青くて、子供のはしゃぎ声が聞こえ耳に入っていたのに。
 今の木菟公園に子供の姿は見当たらなかった。
 
 「お家って言ってもソティス様の元以外には帰りませんよ」
 
 吹雪に手を差し出される。握り返す。煙草の匂いがした。^心地良い。
 彼は夕方になっても帰って来ない俺を案じて戻ってきたんじゃないと、信じ難い想念が過ぎった。
 
 「え〜? いい加減帰りなって。親御さん心配してますぜ」
 
 「あの人達は心配なんてしませんよ。むしろ清々してると思います。つーか、これで焦ってたら意味不明過ぎて笑えてきますよ。あんな酷いことしておいて」
 
 「酷いことって?」
 
 「…………えっと、まあ酷いことです」
 
 何故か答等れなかった。何かつ伝えるべきことが思いつかずに、無意味が舌に動くいた。前にソティス様に話した時はすんなりと口にできた。なのに、全然内容が今は思い浮かばない。消しゴムで脳のしわを伸ばされでもしたみたいに、頭の中が真っ白で何も入っていなくて…… それは一夜漬けで無理矢理詰め込んだ英単語よりも輪郭が燕ない。
 
 何も覚えていなかった。
 
 遺書を読めばわかるだろうかか。でも荒れはとっくの昔に破り捨ててしまった。
 
 「でも家の場所くらいは覚えているよな?」
 
 それなまだ忘れていない。すらすらと暗唱してみせる。
 それよりどうして俺は彼の手をと¿てしまったのだろう数分前は彼の皮フクに触れることを怖がっていたはずなのに。
 
 あれ? なんで怖がってたんだ?
 
 。❅°.。゜.❆。・。❅。
 
 紅い華が笑いています。
 
 幸せです。
 
 彼女と出遭った事で凡て美味く逝くように鳴りました。亜の人葉やたしのすぜてです。
 あのひはかんぺんきなひとてす。てんしさまてす。
 しあわせです。
 紀要モ、waたしの真理には鬼霊なひぬがさきています。末期名尾端。縺?>鬥吶j縺後☆繧九?
 sia和背でふ。
 そてぃすさまからここにきていいよといわれましと。のでわたしひののめくらしてぃふ。きっけばたまつもとなりにいました。ずっとみていなかっちかまつ。こんなところにいたんだ。
 蟷ク縺です。
 siティstsamが私脳でを切米した。疎死て、中にnァnか入れま縺励◆縲。蛻?j蛯キキズを縫わ玲麻しtb。
 兴高恨。
 でも痛苦痛有無没受伤た! わたしは痛味すらちようせつした存在vm成为存rj在思! §†¥¿¡ノオ翳です!
 
 しあわせです
 
 「あの人も中々非道いことをしますよね。ここに在るもの、全て元々は人間だったのですから驚きますよ」
 
 「この状況になってもまだ生きてる個体もいるらしいぜ。ほら、あの少し目が動いているやつ。ちょっと前にお前がシメた奴だよ」
 
 「……ああ、アレでまだ生きているんですか。ダニにしては寿命が長いですね。って目なんて動いてませんけど? どうでもいい嘘ばかり吐いて楽しいですか?」
 
 「あ~あ残念! 態々あいつから住居訊き出して、始末しに行ったのに! 死体の写真でも見せたら喜んでくれると思ったんだけどな〜 せっかくだから見とく?」

 「結構です。汚いので」
 
 「汚くないって! シンとかに比べたら百億倍綺麗だと思うね! はい! 見て見て加工とかも頑張って」
 
 「馴れ馴れしく近寄らないで頂けますか? 貴方と同じ地にいるだけで不快なのに。早く宇宙飛行士の資格を取って、違い星に移住してくださいね。応援しますから」
 
 「狐火くんって本当毒舌だよね〜 そんなんじゃモテないぞ?」
 
 「いえ…… 純粋に貴方のことが嫌いなだけです。主に人格と人間性とパーソナリティが」
 
 「あっ、そ~なんだ。俺もお前のことが大嫌いだから両思いだねぇ〜 わーいハイタッチ」
 
 「近寄らないでください。二度目の通告です」
 
 「……狐火くんはアイツのこと好きだと思うけどさ、正直これ、どうよ?」
 
 「天使の様なあの人らしい所業ですね。知っていますか? 一神教では信仰している唯一神以外の神は存在しない。天使が死神の役割を担う場合もあって。神に関しても人間に生命だけを与える訳ではないので……まあ、あながち間違ってはいません。そこらの似非宗教と違って、ここはきちんと人々を幸せに導いていますし…… それも科学的根拠のある方法で…………」
 
 「オブラートに包んでるけど普通にdisり倒してません?」
 
 「客観的な視点から意見を述べたまでですが? そこに好き嫌いは関係ありませんよ。他人からどのよう思われても、本人が満足しているのであれば、それで良いのではないでしょうか。幸福の定義なんて。私は遠慮しておきますが」
 
 「同意〜 昨日ヤッたデリヘル嬢は蟻の集合体にしか見えなかったけど、まあ楽しかったし」

 このばしょにはよぬ、そでいすさまごおとずれますわたしたちにみずをやって、はなしかけてくれますわたしとほかのみんなにやしかくかたりかけてくれますじしあわせですあいにちて幸せつつくしいしょつじょうでほほえんでわらってうつくしくわらってわらったはなしはにちじ〜うてきなものですがだいたしあわせです幸せいはふへんてきなことですごかのじょはよくおじようなことをわたしたちにききませうれしおかいにおいたいすき袖椅子様袖あスマソ当てお済まそも袖オス島添小島そぇぉすたそでぉす様袖ぉす覚まそてぉ幸せす袖ぉす様袖ぉスマソてぉす様袖ぉず袖ぉ様袖ぉすそてぉさまそてぃすさまそておすさまそておすまそまそてぉすまそてぉすしめそてみすさまそてぃすさsptっぅっshんjそてぃさおtrぅさんsしぉせですしあわせてすしあわぜすだいすきてすあいしてめふ幸せあいたしたやすしあわせです塩輪ませてスアイしていつもいつもいつもいつといつもあきずにずっとずっとずっとおなじようなにたようなおなじいつもおなじずっとおなじかわらないかわ幸せらないかわらないことをいつもなんかいもききますあききずにきいてきますおなじようなことずっとかわらないきいてきますしあわせです
 
 「君は今、幸せかい?」
 
 はいとつぶやこうとしてできずにおわる
 
 あああかいはながさいています
 あかいはながきれいです

 。❅°.。゜.❆。・。❅。
 
 「何を……しているんですか?」
 
 木菟公園にて、屈み込んで草を食べていると覚えのある声をかけられた。誰だろうか。特定しつつ、まずは質問に答えようとする。
 
 「見てわからない? 昼食だよ」
 
 背後から困惑が感じ取れる。やれやれ、仕方ない。一から説明してあげようじゃないか。
 
 「持ち金全部酒に使っちゃって、昼飯代が無くなったから狐火君に相談したんだ。そしたら食べられる雑草の図鑑を貰ったので今活用してる。これはニラだから食べられる。結構美味しい」
 
 「それニラじゃなくてスイセンですよ……」
 
 毒があるので食べないでくださいと声の主は続けた。高過ぎず低過ぎない声音。俺の知り合いで、なおかつ俺を心配してくれるような人間という追加情報から該当者一名を割り出す。
 忠告の内容はどうでもよかった。この辺にニラが生えている訳がないし。
 さてさて、俺の予想は合っているだろうか。振り返って答えを確認する。
 目に飛び込んできたのは、真っ赤な肉だった。首から下は至って普通の人間に見える。どこの店でも売ってそうで、意外と無さそうな塩梅の服を着ている。季節が正反対の夏じゃなければまず目立つことはない。
 首から上は、顔面に酷い損傷があった。何度も強く殴りつけられたようで、顔中の骨という骨が折れている。目も鼻も口もぐちゃぐちゃ。男か女か、若者か老人かの判別もままならない。皮膚の裏側の肉の部分が露出しまくったその顔に、乱された黒髪がへばりついていた。
 予想は当たったようだ。
 
 「早くヒロさんに診てもらいましょう」
 
 歯の抜け落ちた口が歪に動く。腫れ上がって赤色のナマコみたいになった唇と、肉の塊にポッカリ空いた穴みたいな口から異様な臭気が漂った。
 ……ああ、今日は鼻までやられてる。
 でも耳は何とか信用できそうだ。
 
 「大丈夫大丈夫。それよりいつものアレ持ってない? アレさえあれば何とかなるからさ」
 
 顔が陥没した死体に向かってヘラヘラ笑う。多分、コレは今不服そうな顔をしている。
 
 「ありますけど……」
 
 「なら、くれよ。まさか自分の信者の食事に混ぜるのはアリでも、俺が使うのはナシってことはないだろ? そんなことないよなぁ? お前は救済対象を選り好みするようなケチな神様じゃねぇだろ」
 
 「…………」
 
 痛いところを突かれたらしい。血腥い物体は渋々名状し難き形状のものを差し出した。そいつを破って中身を口に放り込む。
 するとたちまち視覚、嗅覚、触覚、味覚に変化が訪れる。
 質の悪い脂肪塗れの人間に齧りついていた口内に砂糖の塊よりも甘い味が。先程まで俺の身体に巣食って繁殖していた蛆虫共は蝶となって羽ばたき、消えた。同時に体内を食い荒らされる感触がなくなる。
 ああ、やっぱりこれが一番効く。アルコールよりもニコチンよりもずっと良い。
 結局、幸福の為に必要なのは素敵な伴侶でも、庭付きの家でも、のめり込める趣味でも、やりがいのある仕事でも、優しい人間関係でも、学歴でも才能でも大金でも、はたまた信仰でもない。
 たった数gの粉薬さえあれば事足りるのだ。
 地面には沢山の目玉があって、その全てが俺を監視していたはずなのに、今は色とりどりの花が季節を選ばず咲き誇っていた。いつの間にか俺のいた世界は謎の生物の体内ではなく、天国かと錯覚できる程美しい花畑と化していた。
 眼の前の肉塊の顔も違って見える。でこぼこしていた顔一面に、小さな赤く可憐な花がびっしりと敷き詰められている。植物にはそんなに詳しくないから、何の品種なのかはわからない。眼の前の奴に聞けばわかるだろうが……この物体が花を認知することはない。
 
 「あの…… 本当に大丈夫なんですか……? 普通の人ならすぐに倒れる量なんですけど…………」
 
 「大丈夫だって。俺のこと、普通の人間だと思ってるの?」
 
 ……本当は大丈夫ではない。急激な高揚感、全能感、多幸感。こうして立って言葉を交わすだけで限界だ。気をしっかりしないと簡単にのまれてしまうだろう。認識能力は元から狂っている。可笑しいのが別の可笑しさに切り替わっただけ。それなら問題は無い。異常を来すのは思考能力。1+1=2 まだ大丈夫。至って正常。
 普通の人間なら、こんな簡単なことすら覚えていられないだろうから。
 
 「でもこの前、可笑しくなって目玉くり抜いて指切断して乳首削ぎ落としたものをフライパンで炒めて食べてましたよね……?」
 
 「あ~はいはい…… んなこともありましたね…… 若気の至りで、ちょぉっと分量を間違えちゃってぇ……」
 
 「三日前の話です」

 ……記憶結構やられてるな。
 ここ最近の出来事を振り返ってみる。
 今日とった行動はわかるが、昨日のことは真っ白く塗り潰されている。それなのに一番忘れた方が良いと思うことは消えていない。脳機能の麻痺よりも、呪いの方が強いのか。
 
 「治療を受けたばかりですが、ちゃんと見えていますか?」
 
 「視力には問題は無い。指もこの通り、ちゃんと動く。名医様々ですわ」
 
 「そうですか…… やっぱりヒロさんは凄いですね」
 
 花の群れが一瞬だけ萎れる。自分とヒロを比較して勝手に落ち込んだのだろう。確かに彼は凄いが、同じくらい碌でもないことをやらかして生きている。決して偉い人間ではない。
 それなのにこの気持ち悪い人もどきは上を見ようとしたがるのだ。
 
 ──蒼真さん、ねぇ蒼真さん。どうしても人を殺さなければならないなら、自殺したい人間を集めて殺したいです。それなら需要と供給が成り立ちませんか? どうやって集めるからはまだ考え中なんですけど──
 
 くだらない。自殺志願者を殺したって、生きていたい人間を殺したって、結局、罪は罪なのに。
 どうでもいい記憶がふと蘇った。昨日の出来事のような、何百年も前のことのような。こんなもの、消し飛ばしてくれて構わない。
 
 ──宗教団体を始めようと思うんです。神様の存在を信じている訳ではないんですけど。それなら死にたい程不幸な人を集められるんじゃないかなって──
 
 彼もわかってはいたと思う。ただ逃げたかったのだ。自分は人を苦しめる存在ではないと、そう思いたかったのだ。
 
 ──僕は人を幸せにしたいんです。僕が不幸にしてきた人よりも多く──
 
 彼にはヒロみたいな医療技術は無かった。彼にはカレアみたいな心理療法はできなかった。ただ彼には植物の知識だけがあった。
 
 ──仕方ない。仕方ないですよ。だって生きてることって苦しいじゃないですか。思考能力と記憶力、これらは幸せに必要ないと思うんです。僕なんかはこうするしか誰かの役に立てないんです──
 
 “僕なんか”とか“どうせ僕は”があの人の口癖。どうしてそうなったかは、彼の人生の殆どを観測してきたから何となくわかる。ただ初期からではないので、確定ではない。
 悪癖は彼の魂を受け継いだ人間にも、脈々と引き継がれている。まるで呪いの如く。
 
 最近死んだあの子の日記をコレは読んだのだろうか。死ぬまでにやりたいことを全部やり遂げたあの子を見て、コレはもう殺していいと判断した。あの子が望んでいたのは果たしてああいった結末だろうか。俺の知ったことではない。
 ただあの子は、それから信者の多くは大好きな人との未来が続くことを願っていた。それだけのことが生前彼らが綴っていた書に記されていた。
 コレがそのことを理解していないはずがない。
 だけど深く理解してはいけない。認めてしまえば自分自身の中の整合性が崩れ去ってしまう。
 自分は、明るい未来を希望する人々の命を奪ったわけじゃない。生きていてもどうせ幸せになれっこないお先真っ暗な人間を、幸福に浸して天国に連れて行ってあげている。
 そうでなくてはならない。
 だって、もう後戻りはできないのだから。
 自分の行為には善しか、たった一滴の悪も見出してはならない。法律上の違反は関係無い。己の倫理道徳と照らし合わせて、悪でなければいい。
 自身の歩いてきた道を完全な悪だと認識し、己の醜悪さを直視してしまった人間の辿る末路はいつも一つだ。
 
 さて、今回はいつまで持つだろうか。
 すぐに潰れてしまうと面倒臭いから、現段階でカレアに診てもらうのが一番手っ取り早いと思う。
 思うだけで、そこまでしてやるつもりは毛頭無い。延命治療を施したところで、どうせ全て無駄なのだ。どうせ使い捨ての備品の一つ。ストックなら無限にある。壊れたら替えの品を用意すればいい。
 交換後の処理が面倒なので、長持ちするに越したことはないけれど。
 
 だから、コレには是非とも自身の信仰から逃げないで頂きたい。
 人間に戻るな。神様から降りようとするな。
 何時、如何なる時でも、幸福なままでいて欲しい。
 大丈夫、信じる者は救われる。
 俺がこの世界で信じられるものは自分も含めて存在しないが、お前は自分の思いだけを堅く信じてさえいれば良いのだ。

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