最初はここまで広げる予定じゃ無かったんですよ。

少し前にとある知人のニュースを見掛けた。
別にそれ自体は珍しいものでは無いのだが、私としては思い出す事があった。その頃の話。

年末に昔なじみから電話が入った。
予兆は前からあった。少し前に離婚したと大騒ぎだったから。もう少し速いか、それともまだ踏ん張るかなと思いながらネタだけは作れるようにしていた。

当時はちょうど仕事が谷間でほぼ独り、ひとグループ分くらい担当しかして無かった頃だからこそ出来た。

「行っても良いか?」
いつもより声が硬く、かなりのヤバさは声からも解った。
「うん、解った」と声を掛けていろいろ考えた瞬間に
「今から行くわ。」
と言って切れた。これはこの人独特のスピード感である事を私は熟知していた。

着くや否やそそくさと部屋に上がった途端座ると同時に正座をして硬い声で口火を切った、ここまで一息。

「離婚したんはええけど家が売れへんで負債になってもうた。」
「まぁ、バブル崩壊しましたんでそうなりますね。」
こんなん・・と一瞬言い淀んだかと思うと
「こんなん、養育費も払わなアカンのにやってかれへん。」
ふぁっと風が起こったと思うと目の前に姿は無く、彼は姿勢も低く土下座してそのまま言葉を継ぐ。
「お願いや、仕事作ってくれへんやろか。俺に仕事を・・・・持って行けるようにしてくれたらそれでええ」
またしてもふぁっと風が巻き起こり、向き直るや
「後はやる。そこまでしてくれたら後は自分でやる。」

その姿に。

真剣を構えたにも似た緊張感を覚えた、その真剣な面持ちにどれだけの覚悟を以て来たのかを。

「はい、勿論です。既にいくつかネタを考案してあります。」
襟を質して同じ精神を以て応えた、ここ数年お目に掛かる事すら叶わなかった意気込みのために。

「いつから作ってたんや、俺今の今言うて来たんやで?」
とまだやや緊張感の残る顔につい、笑ってしまいそうになりながら、
「イヤだって!結婚してから奥様のために仕事セーブして時間作ってらっしゃったのに・・・」
瞬間手が目の前に出る。
「これから仕事すんのに仕事にならへん。」
場所に拠ってはこれを重んじるのでくせが出た事を詫びた。
「せやったんか、でも俺は昔のがええわ。」
と言ってネタに戻るがその後も多少変な顔をされたので渋々説明を付け足した。
「今はディレクションの立場とコメディアンです。崩しちゃうと昔のような事になりかねない。」
今度はこちらが構えた形だ。

互いに芸歴は長くその中でもよく一緒に仕事をした仲だからこそとも云える。

勝手知ったる仲だからこそ、崩れて駄目にした事を誰が一番悔やんだのかをその人はよく知っている。

「そうやな。俺自分から言うてんのに忘れて舞い上がってたわ。反省するわ。」
心入れ替える、と言うとネタに没頭してあれこれ練るために捲り広げ、それにしても、とまた口を開くもそこにはいつものような軽やかさは無かった。
「こんなん・・・・・・いつの間に作ってたんや。俺今の今言うて来たんやで?」
と驚いたように顔を上げる。
「仕事の量減らしただけなのに落ち目だの面白くないだのって当時から言ってたから。」
驚く顔を横に更に続ける。
「きちんとしたやつは離婚報道からこっち。家を売ってって言ってたしね。」
「はぁ、それでか!お前掛け合いみたいにする気やったんか!」
といつものように体を起こして後ろに反り返る。
「それで元気が出たら良いかなーとかは。」

そこに前触れも無く知人が入って来た。
その人はいつもにないキツい顔をしたのを静止する間もなく牽制し始めたのを
「いきなりだったから話出来なかったんですよ。」と割って入る。
「ごめんなさい、今日は時間取れなくて。」
と入って来た知人を送り出すために外に出る。
「どうして?あの人・・・・・。」
「昔の仕事仲間だからね、アイドルやってたって言った事あるでしょ?その時の。」
と顔を見て続けた。
「イヤだって、奥様との時間を作るために仕事セーブしたんでしょ?それを勝手に落ち目だの面白くなくなっただのみんな言い出すから。今日急遽だけど、お手伝いをするので。」


ーーーーそれまで知人は私の事を何処か得体の知れないような感じだったのだろう、それがジャンルは違ってもおぼろげながらも納得の行ったような夢を見ていたような面持ちになっていた。
「今度から連絡する。」
そう言って引き締まった顔で帰って行った。
その時はまだ、放送関係に絞って続けるつもりで居たのだが。

この知人が後に有名になるMr.Childrenの桜井和寿その人であり彼が茫然とした相手こそ、コメディアン明石家さんまその人である。

明石家さんま65歳に 5億円の借金「さんまはオモロなくなった」30年前“最大のピンチ”とは https://bunshun.jp/articles/-/38764

追伸

この人はこの事を始めたばかりのお笑い芸人にも話してくれたらしく、かなりのお笑い芸人とも後に仕事をする事となった。

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