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青藤木葉『彗星標本』感想

 私事ながら、とても大切な、大好きな歌人さんである青藤木葉さん。彼女の待望の歌集が発行されたということで(昨年十一月の文学フリマ東京が初出ということです)、まずは心から祝福申し上げます。
 以下、いくつかの連作から一首か二首程度引用して感想を述べさせて頂いておりますが、完全に私個人の趣味嗜好によって選び、煩雑な感想を述べさせて頂きました。この点何卒ご海容くださりますと幸甚です。


・トロイメライ
逢うために薔薇の螺旋を降りてゆく 記憶はいつから思い出になる?
 時間に重量があるならば、経験は底へ積もるのだろう。上の句は思う人に逢おうと記憶を遡る行為なのだろうか、薔薇のような螺旋階段を降りて行く様子が繊細に描かれる。そして下の句はただの記憶が懐かしむべき思い出に変わる時を問いかけているが、その時を断定するのではなく問いかけているところに、青藤さんの人柄を垣間見るような気がして、個人的にはとても好きな一首である。

・そこだけ透明
お互いの中に佇む神様に一度参拝してからのキス
 この歌も青藤さんの人柄がよく滲み出ているのではないかと思う一首である。向き合っているであろう二人各人が(恐らく意識的にも無意識的にも)大切にしている事柄に尊敬の意を示して、キスという行為に及ぶ。体言止めのためやや強い印象を受けるかもしれないが、「キス」までが柔らかく、あたたかな印象も受けることができる一首なので、筆者としてはこの歌のキスはやさしいものであると想像している。


・孤独の波
かみさまはカーテンの裏 ひかりを透かすひかりがあって
 青藤さんの短歌には”神”を思わせたり歌ったりした作品が散見されるが、これもその一首。恐らく超人間的な”かみさま”は、一方で身近な存在でカーテンの裏なんかにいたりする。そしてそのかみさまというのはやはりひかる存在であると思われるのだけれど、あらゆる場所に内在しているとも捉えられる一首ではないか。

時は川 今を眩しくさせている過去の魚が零した鱗
 明るいばかりではない青藤さんの短歌の世界観が詠み込まれていると思われる一首。時の流れを川という冷たい(ある意味それ自身は暗い)イメージのものに喩える一方で、過去という魚(過去は或いははっきりとせずおぼろげで暗いものかもしれないがそれを魚に喩えたのも妙である)が零した光によって今は眩しいという明るさを表現している明暗が見事。鱗のモチーフも本書において印象的であるといえよう。

・神様の袖
掴むのは鍵のかかった屋上の前で涙を拭ってた袖
 連作の末尾に収録された一首。神様の袖とは、という問いの答えのような歌であるが、それは(おそらく主体が一人で)「涙を拭ってた袖」であるというのである。その場所は「鍵のかかった屋上の前」という、逃げとか解放とかをすることができない、その一歩手前である。涙する主体の懸命さとか切実さが推察されるが、それを「掴む」と表現したところに主体の生きる力や希望を見いだしたい。


・ゆうぐれスロープ
変な遊具を見つけてはしゃぐ イヤリングの揺れ 覚えていてね
 一字空け前後に文字通り?揺れる「イヤリングの揺れ」がとても印象的な一首。遊具に「変な」要素を見いだしてはしゃいでしまう主体はイヤリングを着用していることからも大人であろう。しかし結句の「覚えていてね」は子どもの約束のような切なさも含んでいるように思えた。イヤリングのみならずその大人のような子どものようなその合間を行き交う歌で、確かに覚えていたい。

・アダージェット
四季ごとに想いを馳せるひとがいてきみもあなたも花の幽霊
 「想いを馳せるひと」は会えないひとなのだろうか。長い時間の様々な経験を経て、出会いや別れを繰り返した主体が折々にそのひとを思い出す時、四季それぞれにひらく花のように思うというのである。それも幽霊であるというのは、実際に他界しているか否かを問わないであろう。想いは馳せるが会えない、会わないひとがいたって良いのではないか。「花の幽霊」という美しくも儚い結句が全体を淡く彩る一首。


 全く乱文且つ概観の域を脱しないが、最後にもう一首だけ紹介させて欲しい。本書を読み終えてから、恐らく巻頭の一首に再び辿り着くのでは無いかと思った。

愛になる前の言葉は限りなく雪、光を吸ってあなたに届く

 あたたかいであろう「愛になる前の」無機質な言葉は、冷たい雪に「限りなく」喩えられる。ただ「、」の一呼吸置いた後に「光を吸っ」た光景が私たち読者に届く。その作品に宿る光は眩いものでは無いかもしれない。しかし、淡くともあたたかみを感じるのではないかと私は思う。そして、そうして光る言葉を受け取った私の感想としては、著者である青藤木葉さんには間違いなく眩く光る才能があると信じている。

 駄文大変失礼致しました。最後までお読み頂き恐縮です。彗星を逃さないように、一人でも多くの方に、青藤木葉さんの歌集をお手にとって頂きたく存じます。末筆ながら、このような歌集を世に出して頂いた青藤さんに改めまして心から深謝申し上げます。

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