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「異動辞令は音楽隊!」刑事と音楽隊という異質なものを一つにして、上手くまとめられた映画!

「ミッドナイトスワン」以来の内田英治監督作品。なんか全体に、黄色みがかった画面は、前作と同じで「こういう色味が好きなのだろうな」と思ったりした。前作は、本当に底辺の弱者を描くことで観客に有機的な心象風景を訴えかけていたが、本作の舞台は警察。いわゆる公のなかで古臭くなってしまったアウトローが、忘れていたさまざまなものを、引き寄せるような話。前作とは舞台は違えど、人間に対する優しさと厳しさみたいなものをうまく2時間の中にまとめてあるのは同じ。オリジナル脚本でここまでしっかりした映画を紡ぎ出せるのは凄い。観て損はない一作と言えよう。(ネタバレあります。読みたくない人はご注意!)

主演の阿部寛は、いつも以上に怒号の勢いは凄い。警察内で30年叩き上げた刑事は、周囲からは疎まれるだけの存在になっているという設定を見事に表現している。かなり、リアルな警察署内の美術もそれをアシストしているという感じ。そして、連続老人電話強盗事件を追っている中で、自分の母親(倍賞美津子)が認知症で困っているというのもうまい設定。もちろんのこと、妻には逃げられているし、娘がなんとか母親の面倒を見ようとしてくれてることが救いだが、その娘との関係もうまくないという設定。この辺りを説明臭くなくサラリと見せていくところも、この映画に好感が持てるところ。くどいテレビドラマを見ているとこういうのが「凄い」と思えるのも困るわけだが…。

その問題児の阿部が捜査途中で、音楽隊に左遷されるという、あまりあり得ない話。この発想がこの映画の面白いところであり、これを違和感なく見せていくところがなかなかであるわけだ。そして、行き着いた音楽隊は、皆、いろんな業務との兼務であり、今ひとつ士気も上がらないし、演奏も上手くならない。そこで、ドラムを叩けと言われ、他にやることもないから、なんとなくやるところから始まる。まあ、ドラマとして、最後は音楽を楽しめるようになる阿部寛なのだが、そこに心が移っていく場面はあまり詳しく描かれているわけではない。清野菜名とは、最初は「いやな奴」と言われながらも、彼女が忘れ物を家に届け、そこで阿部とセッションし、音楽の中で徐々に心を開いていく。上手く疎通が取れない娘とも、たまたま貸しスタジオで出会い、一緒に演奏し、仲直りするという感じ。そして、兼務の隊員たちを街で見かけ、彼らの仕事ぶりも認識し、彼らにもそれなりに敬意を示すようになる。しかし、その単純なシーンをうまく嵌め込むことで、阿部寛が音楽隊を仕事としてしていくようになり、心が変化していくことを端的に描いていくのはなかなか凄い。監督の映像を紡ぐ持って生まれたセンスを感じる映画である。

そして、観ながらも、いつかどこかで、追いかけていた犯人の話と繋がるのだろうと思ったら、いつも、音楽隊を応援に来てくれるおばあさん(長内美那子)が殺されてしまうという、なかなか残酷な接点。そして、現場に駆けつけ、追い出される阿部の姿をみて、かつての部下の磯村勇斗が、犯人を誘き出す。そこに、阿部の音楽隊が加勢するというのは、同じ警察であっても、なかなかあり得ないが、ドラマとしては面白かった。磯村も、今年は「PLAN75」もそうであったが、没個性の人間を演じることで非常に印象に残る芝居をしている。彼であるからできる芝居を引き寄せている感じもする。

そして、最後は、きちんとホールでの演奏で終わらせているところは、こちらの思った通りで、なかなか心地よい終幕を迎えるわけだ。とにかく、とても構造がすっきりした贅肉の少ない良い映画だと思った。まあ、阿部寛が苦手な人にはダメかもしれませんが…。

で、途中で阿部の家で流されているテレビに「ゼイラム」が写っているのですが(ちゃんとクレジットにも乗っている)、監督のご趣味なのでしょうか?意味がわかるような、わからないような…。


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