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「TAR ター」マエストロとジェンダーと逃避の彼方に

監督トッド・フィールド、主演ケイト・ブランシェット。今年度のアカデミー賞で6部門ノミネートした作品。ということもあるのか、他に大人の見る映画が見当たらないからか、小さい箱ながらほぼ満員の日曜日の昼興行であった。昨日はTwitterでトレンドにもなっていたりするから、それなりの注目はあるようだ。

で、冒頭にクレジットが入るという最近では珍しい映画。主役ケイト・ブランシェットが演じる、タイトルにもなっている架空の指揮者リディア・ターのインタビューの公開録画シーンから始まる。そして、彼女の人物像が説明をあまり解さぬ感じで、ある意味ドキュメンタリーのように綴られていく。この辺りが、結構眠気を誘う感じで、この長尺159分を私は耐えられるのか?と少し不安になった。そう、私の眠気が覚めたら、隣に座ってたおじいさんがいびきをかきながら眠りだすということもあった。さすがに映画館でいびきは困ると、膝で突いて起こしたが、そんな映画であることは確かではある。

そう、オーケストラであり、主役がマイストロということは、クラシックをしっかり堪能できるかと期待していったのだが、それは裏切られた感じであった。とはいえ、ターがオーケストラに自分の思想を指示してそれを奏でていく感じは、かなり緻密に音作りがされており、緊張感があった。そう、音楽劇だと思って見にいくと、静かなシーンの方が多いので注意である。

そして、描きたいのは、このバーンスタインの弟子という設定の指揮者のプライベートでの孤高であったり、その地位や性的な嫉妬だったりするわけで、楽団を束ねてその音を緻密に設計できる人であるのに対し、一人の人間としてはどんどん不協和音の中に陥れられるという映画である。はっきり言って、細かいところまでよく理解できなかった私である。もう一度みたい映画ではあるが、ビデオに回せばいいかとは思う。

確かにケイト・ブランシェトの演技は圧巻である。張り詰めた空気の中でテンパっている女を見事に演じているし、レズビアンであることも自然の雰囲気で見せていっている。ケイトは確実に男役というところだろう。だから、ここで女性指揮者の話というのも、あまり意味をなさない気もする。

そして、映画の舞台はコロナ禍を過ぎた今だ。そんな中で、SNSでの炎上問題や、Wikipediaの書き換えや、メールの消去みたいな話が自然に出てくる。そして、彼女がパワハラ的な内容で告訴される話につながっていくのだが、裁判のシーンはなく、それが良いとか悪いとかを描きたい映画でないことも確か。

彼女は、オーケストラ周辺の政治の社会の中でうまく指揮ができなくなって、舞台でもみっともない姿を晒した後、そのまま、アジアの国に飛ぶ。「地獄の黙示録」という話が出るまで、そこがベトナムということもわからない。そのくらい、色々と説明のない映画である。それが、映画の雰囲気を出しているのも確かだが・・。

で、かなり最後に印象的なのは、ホテルで紹介されたマッサージ店にいったところ。そこは女性を指名する店で、出てきた後で吐くシーンがある。これも、何があったのかは説明されないが、それが自分に対する写し鏡のような感情になったということか?私はそう思った。レズビアンという世界も面倒臭い。

とはいえ、その地でオーケストラを指揮するわけで、彼女の未来の先はよくわからないが、新しい一歩ということなのだろう・・・。ここも演奏を聴くことなく唐突にエンドクレジットに入る。まあ、そういう美学で作られた映画なのだろう。個人的には、ケイトの熱演以外はあまり見どころはなかったが、見る人によって感想が色々と変化する映画であることは確かだし、見るのが途中で辛くなる人もいれば、ぐっすりと眠れたという人もいるだろう。もっと、サスペンスよりに作れば、違う面白さの映画になった気はするのですけどね・・。


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