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「アカイリンゴ(第8話)」股間は第二の心臓。そこに心がある・・。

主人公の小宮璃央を父親の別荘に、川津明日香と一緒に連れてきた新條由芽。そこで、小宮の股間が勃たなくなってしまったと川津に教える。勃たないということは、男として役に立たないことだが、新條はそのことを「股間は第二の心臓であり、そこには心がある」という。なかなか詩的な言い回しではあるが、男としたら、女子がそう言ってくれるなら、それはそれで嬉しい気がする。

そして、女子ふたりでセクシーな下着をつけて小宮に添い寝する。そこで彼は大きく興奮しないわけだから勃つわけも無い。こういう状況をうまく映像に落としているのは良いと思う。まあ、色々詩的なだけなので、いわゆるセクシーさは柔らかすぎるのだが、それは、昨今のAVと比較してしまうからだろう。ロマンポルノでも、この程度のセクシーさで昔は勃った気がする。このドラマは、柔らかく男の第二の心臓をマッサージする役目もあるようである。

そして、そんなところに新條の父親があらわれ、アイドルの仕事をやめろという。まあ、SEXビジネス関係者と付き合っているようなことはバレてないということか?この辺がドラマとしてどういう影響を与えていくのかはよくわからん。

そして、小宮と河津は竹箒を手のひらで立てる遊びを始める。「立った、立った」などと無邪気に叫びながらする遊びは、もちろん「勃った、勃った」にかけているのだろう。こういう隠語遊びみたいなものも、このドラマにはかなり有効だ。

そして、川津が小宮の股間の上に乗った時に、小宮が勃つわけだ。そう、第二の心臓手術が成功した感じ。ここでは、川津が小宮を勃たせたことが重要なわけである。ローションまで持ち出して小宮の上に乗っていた新條では無理だったことを川津がやってのけた。SEXの気持ちよさも知らない川津が男を勃たせたことが、新條に大きな嫉妬心を芽生えさせる。

そんなところに飯田基祐が入ってきて、小宮を捕まえて連れていく。セトリの息子である彼に何をやらせる気なのか?親子ともに首根っこ掴んで、彼が考えることはなんなのか?この辺りが多分クライマックスなわけですね。

しかし、未だ、なぜにSEXが禁止されたか?というところは説明されていませんな。まあ、そんなのはどうでもいいことで、セトリで勤務している人間でさえ、SEXは必要なのだよみたいなことが重要なのかも知れない。少子化推進のためには、SEX開放的な国の風潮を作るのも大事なわけで、そう考えたら、公の機関の推薦を多く受けてもおかしくないドラマなわけだ。

新條と川津のセクシーさはなかなかの感じで、小宮が実際に初体験をするのは誰なのか?というところが最後に見どころということでしょうか?

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