「いちばんすきな花(第7話)」間違い探しと思春期の苛立ちと志木美鳥
私が小学校に入学して最初に隣に座った女の子は「みどりちゃん」だった。入学早々、可愛い子の隣だったことを覚えている。というか、彼女のおかげで入学式の記憶がある。人は、気になる人の名前を記憶とともに覚えているものだ。そんな中で、ここでは4人が同じ「美鳥ちゃん」の記憶を辿っていったら、同じ「美鳥ちゃん」だったらしいというお話。この偶然は、宝くじが当たるよりも少ない確率にも見えるが、そういう奇跡を作ることでドラマは奇跡に展開するものだ。心の中のリアリティを脚本家は描こうとしているのだろうが、そこに非日常を突っ込むことで、キラリと光る面白さを作られたりする。そう、素人目には「とってつけたような展開」に見えるが、この発想、誰も考えないのがすごいと思わせる。
今回は、前回に続き、椿が家を売ることにした話から。4人でその話を聞き、他の3人は寂しさを感じる。そして、紅葉は食事もせずにその場から逃げ出す。それを「思春期かよ」という夜々が面白くもあったが、そういう夜々が思春期だったりする。
だから、この家を残す策略みたいに「エアホッケー」を椿の家に持ち込み、自分の気持ちを告白したりするわけだ。これこそ思春期。そして、椿は3人のことが好きだから、そういう好きになれないと断る。夜々は「好きと言われて断られた」と思春期状態。ある意味、ここで「恋愛にならない友情」みたいなものが語られているわけだが、今田美桜の告白を断るのは勿体なすぎる感じがした私。それもまたドラマの世界・・。
そんな今田が美容院で少女に「間違い探しの絵本」を渡し、その少女に並んだ二つの絵に対して、「どっちが本物でどっちが間違い?」ということを聞かれる。そう、世の中にはそんな事象が多いという遠回しな間違い探しの言葉。そして、そこに一人カラオケに別々にきて、他の部屋通してドア越しに話す「ゆくえと仲野太賀」。これもあるようでない構図だったが、何か、脚本家はドラマの中に、真実と間違いを一緒に放り込んで、どっちも真理だよと言っているような・・。まあ、ドラマの中で自問自答して遊んでるのだろう。そう、このドラマは大きな人のうねりを描いているわけではない。脚本家の自問自答をドラマとしてうまくまとめている感じが面白いのだ。相変わらず、会話やシーンが韻を踏んでいるような感じが上手い。生方さん、流行歌の作詞をさせたらそれなりに面白いものを書くだろうなと思ったりする。
今回もドラマは特に進展もなく、家を売る話から、それを買おうとする「美鳥ちゃん」の話になり、それが4人共通の知人というあり得ない偶然に至る。だが、それだけの1時間が愛おしいのは、私たちが毎日何となく生きている中でそういう偶然を求めたりしているからだろう。そう、人生の中で宝くじ的奇跡を追い求めたりするのだ。だから、あまりにもさりげない友情関係には入り込めない人だっているということはある。そんなこと考えてるこのドラマファンはある意味ひねくれているのだろう。
そんなことを考えながら見てる最後に出てくる美鳥ちゃんの田中麗奈。さあ、どんなキャラクターであり、このドラマの中で何を主張してくるのか?そして4人はここからどう動くのか?もうドラマも終盤、興味津々ですね。
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