「パリタクシー」なかなか小粋な人生の不思議な巡り合わせのお話
パリ市内をタクシーで一日走り、その中に「人生とは何か?」みたいなものを、いや「素晴らしきかな人生」的なものを封じ込めた感じの、なかなか洒落たフランス映画だった。こういう大人向けの映画がもっと作られてほしいと思った。
というのも、映画館は「名探偵コナン」の新作が公開されたばかりでもあり、若い人たちがおおく、なかなか雰囲気に「大人のデート」みたいなものが感じない状況なわけで、ついでに興行もこういう映画はすぐに上映回数も少なくなる方向だったりするからだ。でも、この映画、興行二週目の土曜日、1日3回の上映で、私が見た回はほぼ満席だった。口コミで入りそうな映画だから、そういうのも効いているのかもしれない。
映画の話は単純だ。92歳になる老婆が、タクシーの配車を頼む。頼まれた運転手は、免許の点数がなくなりそうだったり、お金に不自由していたりの43歳の男。男は、気が進まぬままに、老婆をタクシーに乗せる。行き先は、結構遠くの彼女が入る施設まで。そして、彼女は不機嫌な彼に話しかけてくる。彼は、彼女の身の上話を聞かされることになるのだ・・。
この後は、ネタバレ書きます。上記の説明だけで観たいと思われる方は、読まずに観にいくべき映画です。
映し出されるパリの街は、おしゃれで活気がある。そのパリの街を1日かけて横断する感じの映画である。ある意味、これをロードムービーと表現する人もいるだろう。その1日の中にそう呼べるだけの心の動きがあり、それは多くの観客に「人生とは長くも短い」みたいなことを感じさせる。ここで老婆が92歳というところが重要でもある。この主役を演じるリーヌ・ルノーは1928年生まれ。ということは、実際は今年95歳になる女優さんだ。これだけの演技をなさるのだから、十分に元気で美しい方だ。
その彼女が第二次大戦で、初恋の彼を亡くし、彼の子供を身籠る。しかし、戦後知り合って一緒になった夫はDVで、息子にも手を出した。それを守るために彼女は彼の股間を焼いてしまう。そして、懲役25年という判決を受けて監獄生活。そして、13年で出てきたとき、息子はベトナムの戦場に写真を撮影しにいくという。ここで親子関係の無情みたいなものも感じさせる。そして息子を失うという彼女の波乱の人生を聞かされる。この話を聴く運転手を演じるダニー・ブーン。少しひねてシャイな感じがこの役にピッタリだ。
彼女は、彼の生活も聴かせてくれと問う。その言われるままに、娘がいて今の生活が苦しいことを話していく。大きな苦難を語られると、自分のちっぽけな悩みがバカらしくなる時があるが、この映画そういう作りなのである。そう、人は語ることでシンクロして、未来に向けて歩き出す。多分、そういうことがこの映画のテーマだろう。
そんな二人が、彼女のいうがままに彼女の人生の軌跡を感じさせるいろんな場所に寄り道しながら、目的地に着くまでの話。だが、そんな中で、彼女がトイレを借りたいと中華料理店に入るところや、彼が彼女の話に聞き入って信号無視してしまい、警察に車を停められた時に老婆が機転を聴かせて助けてくれたところなどが、とても印象的に残る。つまり、人生は過去よりも今が大事みたいな作りだったりもする。
彼女の昔の回想シーンが結構入るわけだがその挿入の仕方もなかな秀逸であり、ラストクレジットに続く初恋の人とのキスシーンにうまく流れていく感じは、とてもおしゃれな映画である。そう、DVや監獄生活を、さらりと「それも人生の1ページ」みたいに表しているところが素敵なのだ。
彼女を施設に送る直前の、二人の晩餐のシーンもなかなか良かった。こんな話し相手がいて、あの世に向かうなら、それは最高の人生といえるのかもしれない。それをできるためには、やはり最後まで笑顔で暮らすことのような気もする。
彼は、彼女を目的地に送って「タクシー代」は後でとりにくるという。もちろん、それは本心であり、そして、帰ってネットで彼女の正体みたいなものを知り、妻と一緒に会いにいって、ラストの奇跡な瞬間に繋がるわけだ。このようなラストは、冒頭から、私はそんな予感はあった。それが、そのままに表現されることでこの映画は感動を倍加させるような感じであることが素晴らしいとも言える。
そう、シンプルな話なのだ。人生を紆余曲折で全うしてきた老婆が、死に際で出会った人と、これも縁ということでシンクロしていく。それが奇跡につながるのだが、人生は日々、これと同じことが行われているわけで、そう考えれば「素晴らしきかな人生」というわけである。
さあ、今日も、笑顔で今日をしっかり生きていこうと思わせる映画であった。何度もリピートしたくなる映画だったりしますね。今、疲れている人たちに対する良薬のような91分でした。そう、この上映時間も実に心地よかった!
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