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「Winny」異質な裁判劇として、面白かったのと、日本のデジタル進化を鈍らせた歴史を浮かびあがせる作品

元技術者としては、やはり興味ある題材。この騒ぎがあった頃、まだ私はPCをそれほど使いこなしてもいなかったので、この「Winny」というソフトを自分のPCに入れて使うことはなかったが、今考えれば先進的なソフトであったことは十分わかる。それを、警察が原告として、このソフト開発者の金子勇氏を逮捕したことで、日本のソフト開発を鈍化させ、ビジネスとしても後進国に落ちていった一要因になったのは確かだと思う。

このソフトが開発されたのは2002年。Facebookの立ち上げが2004年なのを考えれば、日本のソフトウェア開発において、この事件は大きな立ち遅れの原因の一つになったことは確かだろう。そして、当時の官房長官が安倍晋三であり、このソフトの使用中止を呼びかけたことを考えても、この頃、日本はもはやデジタル社会で立ち遅れるドツボに入っていったということだろうと思える。そういう意味で、過去が振り返られる映画が作られたことに意味があるし、多くの日本人に観ていただきたい作品だ。

この映画の主旨でもある、「ソフト開発者が著作権侵害を幇助して逮捕される」ということへの不自然さを、デジタルもPCもわからないような、警察や司法がわかるはずもなく、ただ、このソフトによって、一部の不届きものが著作権違反になる行為を行なっていたということの、根本がそのソフトの創作者が悪いとされたわけである。ことを大きくしていけば、もはやPCを作った奴が悪いみたいな事例なのだ。最初に「殺人事件で凶器を作った人を訴えられるか?」という話はすごくわかりやすい。

そう、これ2002年の時代感みたいなものを知らないとわかりにくい部分はある。だが、この映画では、主人公の金子氏を演じる、東出昌大と弁護士の三浦貴大の、なかなか興味深い演技において、それが見事にわかりやすく再現されていた。特に、東出のオタク演技は見事であり、確かに開発者などというものは、技術的な好奇心を試していってから、バグを直すという道順を取るだろうし、ことが起こってからなんとかしようとする。だから、彼の技術者としてのセリフの一つ一つが面白かったし、至極当然なことと思った。そして、東出がこの当事者の性格的なものをうまく演じているので、この映画を見て、そこに悪意を感じるものはいないだろう。

そして、映画としては、警察側の無理くりな調書の取り方みたいなものを批判しているし、サイドストーリーとして、警察内の架空経費問題を取り上げている。そこでの吉岡秀隆の演技も注目していいところ。

あくまでも、警察のあり方のおかしさを明確にしようとしているわけだ。この辺りは、今もあまり変わらないのではないか?そして、サイバー犯罪を取りしまる糸口はあまりできていないし、デジタル技術の進歩に対し、対応が遠く離されるばかりであろう。そんな中、どうする気なのか?警察に聴きたいし、もしAIが犯罪を幇助した場合は誰が捕まるのか?という時代に入ろうとしている。そういう、小説も出始めるでしょうね。

そう考えていくと、この事件はすごい昔話なのだ。そして、先にも書いた通りにこの時点から、日本のデジタル技術者は海外に多く流出するようになっていったといってもいいだろう。そう、この映画をきっかけに20年前のことを思い出す人も多いはず。私も一瞬タイムリープした感じだった。

映画としては、事務所と自宅、そして法廷の場面がほとんどで、画的に面白い映画ではない。ただ、脚本はなかなかお見事であり、話としてすごく面白い。そして、先にも書いた通りに、東出と三浦の演技はすごく真に迫っているものがある。あと、吹越満のスーパー弁護士が、相手の嘘をわかるように法廷で持っていくような姿も面白かった。そして、デジタルがわからないもののために東出が法廷でわかりやすく語る場面は笑ってしまうのだが、今の日本の法廷でもこの域を越えないだろうと思えるのは淋しい限り。

結果的には、この映画は150万の罰金という有罪判決が出るまでの話である。そして、エピローグとして彼が七年後に無罪を勝ち取るも、すぐに若くして亡くなってしまったことを描く。そう、この裁判はなんだったのか?と映画を見た人に問いかけながら、無罪が決定した時の当事者のニュースフィルムが入る。そこで、本人と東出がシンクロするところが秀逸であった。そして、なかなか、わかりやすい問題定義ができた映画だと思った。

ハリウッドで作るなら、もう少しエンタメとしてフィクションをうまく入れながら作り込むのだろうが、無理にそれをしなかったことで、硬質な映画として今後も存在し続ける一編のような気がする。面白かったです。


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