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「アイドル誕生 輝け昭和歌謡」人の感性が流行歌を作り、世の中を動かせた時代の熱さを体現できるドラマ

BSでこのドラマの予告を見てから、早く見たいと思っていた。阿久悠と「スター誕生」の物語は、以前、当事者である日本テレビが、金子修介監督で田辺誠一を主役を作ったものがあったが、あまりこちらが唸るような時代模様がそこに表現されているような作品でなかったし、ある意味、皆が知っている美的な部分をつなげた作品でしかなかった記憶がある。

で、今度はNHKがこのネタを作るということが興味深かったし、阿久悠を演じるのが宇野祥平というのも注目するところ。そして、出来上がって放映されたものは、私の知らない阿久悠のその時代をなかなか重々しく、昭和のトップを目指した男の世界感みたいなものが上手くまとめられていた。これ、映画として公開しても十分な評価が与えられそうな傑作と言える。我々が興味がある主題、スター誕生、山口百恵、ピンクレディー、ヒット曲というような命題をそれぞれにしっかりと描いていることもあるのだろうが、現代のデジタル社会になってあまり感じなくなった「人間が限界を超えて何かを産んでいく」というような泥臭さみたいなものが上手く表現されていたことが大きいように思えた。そう、昭和の時代はただ上を目指す男たちがパラレルに動いて、違う時代を創造していったということを思いださせてくれる作品になっていたことが大きい。そして、阿久悠の仕事は、今見ても「奇跡」としか思えないことが、ドラマを熱く見せるわけだ。

ドラマは、1971年から始まる。尾崎紀世彦「また逢う日まで」の歌詞問題から始まる。知る人ぞ知る話だが、説明がほぼない中で、元詞(ズー・ニー・ヴーが先にリリースしていた「ひとりの悲しみ」)を尾崎のために直せと言われる中で荒れながらも仕方なく受け入れる阿久の姿から。ここで、彼の性格的なものを一瞬で表現する導入は見事。そして、「また逢う日まで」がレコード大賞を獲り、彼はヒットメーカーとして70年代を駆け上っていくことになる、ここがプロローグなのだ。

そして、この70年代の歌謡界を描く上で、もう一人、このドラマには重要な人物が必要だったようだ。プロデューサー酒井正利(三浦誠己)。同じ年にアイドルというキャッチと共に南沙織をデビューさせ、すぐに小柳ルミ子とともに3人娘と呼ばれることになる天地真理もプロデュース。言うなれば、今の歌の世界のアイドルという売り方を最初に成功させた男である。

このドラマは、阿久悠VS酒井正利というところが、話の中心になっていく。ここの部分がすごく新しいし、多分、両氏ともに鬼籍に入っていることで、成立したドラマだろう。確かに、阿久悠が山口百恵の詞を書いていないことは有名だが、その意味合いというもの、何故にそうなったかという答えを示したのはこのドラマが初めてではないか?個人的にすごい興味深かった。

そんな、時代の始まりが語られた後で、「スター誕生」の話になる。新しいスカウト番組を作るという会議から始まるが、ここで、当時の芸能界の権力でもあった渡辺プロが、日本テレビの歌番組に事務所の歌手を出さないという話が出たところからこの番組は始まるわけだが、そんなところは説明もなく、「スター誕生」が新しい番組だとして始まるのもわかりやすかった。今もそうだが、利権者の争いなどエンタメの誕生のきっかけにはなっても創造の部分には何も関係ないからだ。

そして、萩本欽一を司会にしたことのメリットデメリットみたいなものを見せながらも、番組がうねりを上げて一般にアピールしていく感じを綺麗に見せていく。そして、森昌子、桜田淳子とみせていき、山口百恵である。彼女に対し良い印象がない阿久悠と、彼女をみた瞬間に何かを感じる酒井という差異の見せ方もうまかった。二人のスターへのスタンスの違いもここでよくわかる。そして、山口百恵が山口百恵として主張した中で、美しくなりスターに駆け上がっていった過程が見て取れる流れをさらりと脚本は書き上げているが、今までにない山口百恵の捉え方にも見えた。

そう、この辺りで意外だったのは、阿久悠を選ばなかったのは百恵自身らしいということだ。もちろん、最初に阿久を選ばなかったのは酒井だろうが、彼女の大きな転機になる「横須賀ストーリー」を出すときに、阿木燿子・宇崎竜童コンビを選んだのは百恵だったということで、百恵の中にはそれ以降も阿久に詞を書いてもらおうという気はなかったようだ。それは、好き嫌いというよりも持っている波動の違いだと私は思う。桜田淳子に対し阿久悠が書いた詞を百恵が歌っても何も面白くないということを百恵自身が一番よく知っていたのだろう。

そして、このドラマの中で百恵役をやって、自分自身の声で歌唱している吉柳咲良。彼女はホリプロで百恵の後輩に当たるわけだが、その波動を上手く出していた。奥底に闇すら感じる百恵の世界を見事に再現する感じがたまらなくよかった。

とはいえ、百恵が成長する中で、阿久は「北の宿から」「勝手にしやがれ」とレコード大賞曲を連発し、百恵の大賞を阻んでいるというのも皮肉な話ではあり、今考えれば裏でさまざまなことがあったのだろうなと思わせたりもする。そう、そういう話はドラマ内には出てこないが、酒井プロデュースの歌手が所属していたCBSソニー(現ソニーレコード)は酒井が南沙織をデビューさせた当時は新鋭レコード会社であり、業界での風当たりも強く賞を取るのは難しかったということもあったのであろう。(私は思春期にいて、そんな大人の事情は何も考えずに見ていたが・・)

で、そんな中で、最後のストーリーとして出てくるのがピンクレディーのデビューまでの話である。これも、こんなに明確にドラマとして提示されたのは初めてだろう。レコード会社とプロダクション(弱小だったT&Cを実名で出していくのも驚いた)は、「スター誕生」で優勝した時のイメージでフォーク的世界を想定し「白い風船」という芸名まで考えていたが、楽曲を作ると名乗り出た阿久と都倉俊一は、山本リンダの変身的な展開を考えていたわけだ。その結果が「ペッパー警部」であり、ライバルはキャンディーズだったわけだが、そんなもの眼中にないように新しい流行歌の世界を創造していく過程は、ドラマで見せられても奇跡である。振り付けの土居甫の力も増幅する感じでこの歌はできて、お披露目に至ったわけだが、そこにはピンクレディー自身の思いも強くあったということが成功の要因であろう。

で、私も初めて彼女たちをスタ誕の番組内で見た時の記憶は明確に覚えている。私も、彼女たちはフォーク系な感じでデビューするだろうと考えていたから、この発想はなかった。もう「ペッパー警部よ!」と終わるまでの3分くらいの時間は「何!?」という感じで頭がついていかなかった。歌詞の意味不明さと振り付けの大胆さは、もはや先が見えない異次元だったのだから。そして、カラオケのない時代に子供から高校生くらいまでが皆で勝手に踊り出してくわけで、こういうものを作れる阿久悠も、なんだったんでしょうねという意見は今も同じである。

ここで、酒井は阿久悠にピンクレディーに負けないように、山口百恵に自分のライバルだと思った谷村新司の曲で「いい日旅立ち」を与えたという話も初めて聞いたが、このレコード大賞の舞台の描き方がこのドラマの格好良さを極めていた。

まずは大賞前に阿久がレコード屋でサザンオールスターズの「勝手にシンドバッド」と「いい日旅立ち」を買って家で聞くところが大賞シーンの前後に挟まれる。そして、ピンクレディー「UFO 」は受賞シーンでかからずに、黒い衣装の百恵が破れて立ち去るところが強調される。百恵といえば、さよならコンサートの白い衣装でマイクを置くイメージが強いが、ここではあえて黒い百恵を強調させる。時代というのは、うつろいやすく、結果はそれなりの意味を持ちながら残されたりもする。とはいえ、ここでの阿久、酒井、百恵、ピンクレディーが見た世界はそれぞれに違っていただろうし、その共演の中でさまざまな光を見ていた観客がいたことも確かだ。私もそれのテレビ越しにいた。まあ、阿久や酒井が演出していた世界に振り回されていただけだったかもしれないが・・。いや、世の中を振り回すのが流行歌だ。ピンクレディーはその最たるものであり、阿久の仕込んだ大傑作である。

長々と自己のいた時代をシンクロながら綴ってきたが、こんな二人が感性を最大限に昂めて作ってきた昭和のこの時代の歌謡曲たちが今もまだ古く感じないのは本当に奇跡に近い。このドラマで、その作り手である阿久悠という人物を語り尽くせたなどとは思わないが、この熱い男の感性、いやエネルギーみたいなものが、今の時代にも必要なのだろうなと再認識した次第である。

しかし、最近のこういう近代史のドラマとしては、本当に良い出来であった。映画館の公開版作ってもいいのでは?いい音で見直したいし。ただ、このタイトルは変えたほうがいいね。直接的すぎて、映画ビジネスにはならない。天国の阿久さんにタイトル考えてもらったらいいと思います。

とにかく、2024年のテレビドラマ一本目。最高のテイストのものを見せていただきました。世の中は、地震と飛行機事故で不穏にはじまった日本ですが、エンタメは明るく良いものを量産していって欲しいものです!期待しています!




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