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タクシー(運転手と女)

―運転手―

「こんな時間にこんな場所で、何をしてたんだ?」

夜も更けた頃、山のふもとでは
タクシーの運転手である松本が
1人の女を乗せようか迷っていた

「なんか、不気味だなぁ」

ボロボロに汚れた白いワンピースに乱れた髪の毛
長い前髪のせいで目は完全に隠れていて顔がよくわからない
手をしっかりと上に挙げるわけでもなく、微妙に顔の前に突き出している
正直見るからに怪しい雰囲気を醸し出していた

「こいつ・・・・幽霊じゃねぇか?」

時刻は2時
丑三つ時
職業柄、こういった類の話には敏感で
この仕事を初めてからまだ変な体験はしたことがなかった
来月で65歳
松本は定年退職を控えていた

「ま、大丈夫か」

しばらく車内からその女を観察していたが、乗せることにした
こんな時間になると他に乗客を見つけるのが難しいのだ

「幽霊なんか、そんなもんいないだろ」

自分にそう言い聞かせ自動ドアを開けた
そしてすぐに松本は乗客拒否すれば良かったと後悔した
その女は、まるでホラー映画に出てくる幽霊のようなギコチナイ、気持ちの悪い動きでタクシーに乗り込んできた

「・・・・・どちらまで?」

おそるおそる尋ねる松本


「・・・・四月山霊園まで・・・・」


≪・・・・四月山霊園・・・!?あんな所に人の住む家なんかあるのか?やばい!やっぱりこいつ、乗せちゃいけない奴だった!!≫

今からでも降りてもらおうか悩んだが、もし“普通の人”だった場合大変な問題になる
松本は逃げ出したい気持ちを抑え、返事をした


「・・・・かしこまりました・・・・」


車を発進させる
霊園のある山中へ
タクシーはゆっくりと闇に包まれていく


≪いやだな〜。気づいたら誰も乗ってなくてシートがビッショリ濡れているとかないだろうな〜≫


バックミラーで何度も後ろの女を確認する


≪・・・まだいるな≫




パンッ!パンッ!  


《・・・・え?》




どこからともなく聞こえる不可解な音  


《ラップ音?》  


女を確認したが、ジッとしたままだ



《こ、こわいっ!何の音だよぉ〜》  




松本は恐怖でビクビク震えながら運転をした  


気が遠くなるほど長い時間、タクシーを走らせた
この時間が永遠に続くのではないかと思ったその時
ようやく霊園に到着した
松本は安堵した
時計を見ると20分しか経っていなかった


「・・・・今・・・・持ち合わせがないので・・・家から取ってきます」


そう言って女はタクシーを降りた  
気味の悪い動きで霊園へと入って行く


「全然戻ってこないなぁ。やっぱり幽霊だったんじゃねぇか?」  


松本はタクシーから降り、不安と恐怖に苛まれながらも霊園へと入っていった  


奥へ進むとお寺が見えた  

「ここにいるのかぁ?」  

すぐに警察を呼べるよう携帯の準備をする  

「首吊り死体があるとか、そんなオチじゃねぇだろうなぁ」  



お寺に入る松本




「おかしい・・なんでこんなに真っ暗なんだ?」


お寺の中には人がいるような気配はない
携帯のライトを頼りに中へ入っていく



・・・ギシ・・・ギシ・・





歩く度に床のきしむ音が響く



ガタッ





廊下の奥にある部屋から物音がした
息を呑んで、部屋へ入っていく




「・・・・ここから音がしたよな?」



ゆっくりとライトをかざす





女はそこにいた






「う、うわぁああああああ!!!」




―女―



「はぁ〜最悪、今日はなんてツイテない日なの!」


目を覚ますと友美は山のふもとで横になっていた
時刻は午前2時
体中が痛い
服も汚れてしまった

「バスももうないし・・・・あの野郎〜!!!」

友達の結婚式に参列していた友美
二次会帰り
20歳になったばかり
まだ慣れていないお酒にだいぶ酔っ払ってしまった
山中にある実家のお寺に帰るため、最寄り駅からバス亭へと歩いた
バス停は山のふもとにあった

そろそろバス停に着こうかというころ
突然、“そいつ”が現れた





猪が突っ込んできたのだ





普通の女性が山から降りてきた猪の突進を回避できるわけもなく

今の今まで意識を失っていたのだ




「家まで歩いて帰れないよぉ」


足を怪我してしまい、うまく歩けない
周りには誰もいない

「携帯も壊れてるし、どうしよぉ」

すると1台のタクシーがやってきた


「あ、ラッキー!ツイてるじゃん♪」
顔は汚れて化粧も崩れたので、前髪でごまかす
手は痛めていてうまく挙げることができない
タクシーは友美の前で止まった


「良かったぁ!!・・・・・・・・え?」

一向にドアが開かない

「え・・・・何なの?」

運転手はジッと友美を見つめていた


「え、何このおやじ、むりぃ」


カチャ


ようやくドアが開いた
ゆっくりと


「マジなんなの?」


車に乗り込む友美
体が痛くてスムーズに乗ることができなかった


「どちらまで・・・・?」

運転手が尋ねる

「・・・・四月山霊園まで」

お寺がある霊園の名前を言う

「・・・・・・・・・」

≪え、何シカトかましてんのぉ?マジでむり何だけど!!≫

「・・・・・・かしこまりました」

≪遅いんだよかしこまんのっ!!何なの今の時間!≫

タクシーは山の中へ入って行く

≪はぁ〜、やっと家に帰れる≫

安心したのも束の間
一つの違和感を覚える


≪何見てんのよぉ〜!!≫


運転手がチラチラと友美の顔をバックミラーで見てくるのだ


≪ホントむりなんだが!!きもすぎ・・・はっ!!もしかして・・・このおやじ、私を襲う気じゃ・・・。最初ドアを開けなかったのも、私を品定めしていたんじゃ・・・むりぃい≫




プーン



≪かゆっ!≫


蚊が友美の足にとまっていた


≪もぉ〜!!!猪といいおやじといい蚊といい、どいつもこいつも近付いてくんなよ!!≫

パンッ!パンっ!

友美は自分の足を強く叩いた

≪元はといえば由子よ!あいつの結婚式にさせいかなければ!!何結婚してんだよ!なんであんな奴が結婚できんだよ!!はっ・・・・!!≫

気がつくと運転手がビクビクと痙攣していた

≪・・・・なんなのこいつ!マジでやばいんですけど!!なんかよくない薬とかやってんじゃないの!?やばいやばい!!はやく着いて!≫

気が遠くなるほど長い時間、タクシーは走っていた
この時間が永遠に続くのではないかと思ったその時
ようやく霊園に到着した
友美は安堵した
時計を見ると20分しか経っていなかった


≪やっと着いたぁ。こわすぎ!≫


代金を払おうとしたその時、友美は大きな問題に気づく


≪財布ないじゃん。猪に突っ込まれた時、カバンから落ちたんだ。むりぃ。しぬ≫


「・・・・今・・・・持ち合わせがないので・・・家から取ってきます」

友美はタクシーから降り、霊園へと入っていった
痛みで体が思うように動かない

「お父さんもお母さんも旅行でいないんだった・・・・お金どこにあんのよ〜?」

どこかに親のへそくりはないか、家中を探し回る友美

「早くしないと、あの変態おやじ怒るよ〜むりぃ〜」

台所の引き出しをくまなく探す

「もう〜暑いよぉ〜!エアコンエアコン!!」

部屋のエアコンをつける




パチッ





「え!なんでこんな時にブレーカー落ちるのよぉ〜ほんとツイてない〜」



真っ暗だった



その時




・・・・ギシッ・・・・・ギシッ・・・・





「・・・・え・・・うそでしょ・・・?」




玄関から床のきしむ音
台所から覗いてみると
闇の中を1人の影が動いている



≪あの変態おやじだ!!!勝手に入ってきて、何する気よぉ!?≫



友美は恐怖に襲われた
身を守るため包丁を取ろうと引き出しをあける



ガタッ



≪しまった・・・・≫


焦っていたのでつい物音を立ててしまった
運転手が台所に入ってきて、友美にライトをあてた



≪これは・・・・正当防衛よ・・・・!!≫




「う、うわぁああああああ!!!」




男の叫び声は
ゆっくりと闇の中へ溶けていった

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