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当たり前なようで意外なほどの「きつさ」とパフォーマンスの関係➂

こんにちは、古川です。10月26日の走る研究室のまとめ第3弾です。

前々回、前回と、長距離パフォーマンスの律速因子は、「体のダメージ」というより、「きつさ」や「あつさ」の認知の方ではないか?

と考えさせられる研究をご紹介してきました。今回は「じゃあ、どんな対処法があるの?きつさを減らすためには?」ということに踏み込んでいきたいと思います。1) 先行研究と、2) トップランナーの言葉を参考にしていきます。

1) 先行研究

ザックリと言えば、

「仮眠」が、睡眠不足の人の「きつさ」やパフォーマンスに有効そう

であることを示唆する研究です。

論文の中身に入っていきます。内容のまとめスライドはこちら。

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詳細に入ります。

11名の健康な男性ランナーが、夕方の時間帯に走行実験を行い、別日にもう1度行います。走行実験のペースは90%⩒O2max(最大酸素摂取量に対して90%の酸素摂取量となる運動強度)で、これをできるだけ長く続けます。どれだけ長く走り続けられるか、その疲労困憊に至るまでの走行持続時間を

1.走行実験前に仮眠をとった条件

2.仮眠をとらない条件

それぞれで測ります。なお「仮眠」は、実験室訪問(≒アップ開始)の約90分前からベットに入り、40分後にアラームをかけるという方法です。全員寝たことが確認され、実際に寝ついた時間は平均約20分でした。

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実験前夜の睡眠時間と走行持続時間の関係をみたところ、睡眠時間が短いほど、持続時間の改善率が高いという結果でした。特に推奨量とされる7~9時間に満たない人に改善が生じました。そして、この人たちは「きつさ指標」下がっていました。

さらに面白いことに、仮眠の有無で運動直前の「眠気指標」や「気分の指標」に差はありませんでした。

つまり、明らかに睡眠が足りず、疲労感を感じている人はもちろんのこと、気分的に睡眠不足だと自覚がない人でも仮眠によってパフォーマンスが改善することを意味しています。そして、走行中のきつさの軽減が、パフォーマンス改善の重要な要因となったようです。

きつさがパフォーマンスのボトルネックになっていて、睡眠時間が7時間未満の人は、夕方のレースやポイント練1時間強前に仮眠をとってみるのも有効かもしれません。

ちなみに近藤くん曰く、実業団や強化校の合宿では、昼寝してる人が多いそうですね。疲労回復目的も当然のこと、午後練習のきつさやパフォーマンスに昼寝が効果的、という経験則があったりするのかもしれません。近藤くんも、レースのウォームアップ前に目を閉じて休む時間をつくるようにしているそうです。こうした経験則もあること踏まえると、仮眠の効果の妥当性は大いにあるのではないかと考えています。

(追記 2022/01/29)2021年に発表された睡眠の効果のレビュー論文を見つけました。仮眠が「きつさ指標」に及ぼす影響はこれまで4件報告されており、その全てできつさの改善が認められたようでした。

認知とパフォーマンスの関連性の先行研究は、もっとたくさんありますが、今回はひとまずこれだけ!


2) トップランナーの言葉

フルマラソン元日本記録保持者の大迫傑選手は、著書『走って、悩んで、見つけたこと。』で次のように述べています。

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「きつさ」は身体そのもののダメージではないことを自覚して、きつさを分析する。すると、きつさを軽減できる。そういう風に語られています。


世界トップランナーのエウリド・キプチョゲ選手は、次のように述べています。

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キプチョゲ選手は、苦痛(きつさ)を軽減するために、「走ることの喜び」や「ゴールラインのこと」を考えることがある、と語っています。

こうした「問題に対処するための思考方法」のことを、「認知方略」と呼びます。硬い言葉ですが、使い勝手がいいので。。

こうしたトップランナーの語りは、きつさの軽減やパフォーマンスに対する認知方略の効果を示唆しています。


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なんとなくの僕のイメージですが、生体(現在の自分)が発揮できるパフォーマンスに限界があるとすれば、それを上げるアプローチがあります(①)。最大酸素摂取量やランニングエコノミー、LT速度といった指標がマラソン種目のベスト記録の予測力が高い、とよく言われますが、こうした生理学的指標を上げることで①が上がっていくイメージを持っています。

その一方、実際のパフォーマンスは限界未満のところで変動し、その変動を限界に近づけるアプローチもあります(②)。その変動に大きく影響しているのが「きつさ」の感じ方や判断であり、②の手段として、認知方略が大きな役割を果たす気がしています。

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近藤くんのツイートにて知ったのですが、オリンピックファイナリスト(右図のマクスウィン選手)でも、生理学的指標をみると5000m14分0秒前後(※世界トップ層は13分0秒前後)ということもあるようですね。この生理的能力差を、こうした選手はどんな能力で埋め合わせているのか?その一つは優れた認知方略だったりするのかな、などと妄想しています。

※当日は視聴者さんを含めてより深い議論がありましたが、執筆時間の都合上割愛。。


最後にこれまでの内容をまとめます。

1.認知は、意外と長距離走のパフォーマンスにとって重要

2.時には「きつさ」が、生理学的指標を超えてパフォーマンスを説明する

3.(気づかないレベルであっても)睡眠不足の人は、夕方レース前の仮眠が有効かも

4.きつさを軽減する手段として認知方略があり、トップランナーの語りをみると認知方略は重要そう


最後まで読んでいただき、ありがとうございました!長くなり過ぎました。僕なら読む気になれません。。


文責)古川


文献

Blanchfield, A. W., Lewis-Jones, T. M., Wignall, J. R., Roberts, J. B., & Oliver, S. J. (2018). The influence of an afternoon nap on the endurance performance of trained runners. European Journal of Sport Science, 18(9), 1177–1184. https://doi.org/10.1080/17461391.2018.1477180

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