『僕は思考を放棄します』(後編)
~意味が分かると怖い話~
そんな創造性とは、無縁にある職業で、僕は毎日働く。
ちなみに、僕の会社にはランクというものがある。
能力別でA~Eに分類される。
普通の会社でいう、役員レベルとか平社員レベルとかとは、また違う。
Aランクは、社長含め、この会社の経営を担う人たち。(人間)
Bランクは、経営陣をサポートする能力を持ったAIロボット。
あるいは、タレントやアイドルなど、影響力をもって、社会に溶け込んでいるAIロボット。
Cランクは、AIロボットの開発、バグ修正などを行う技術者(人間)。
Dランクは、かつて人間が行っていたホワイトカラーの職業を担うAIロボット。
Eランクは、僕たちみたいに、無能な人間の集まり。AIに指示を受ける。
僕は、この会社で、Eランクのクレーム処理班として働く。
そんな仕事ほど、機械に任せてしまえばいいって?
どうやら、顧客の怒りは、機械に対して文句を言ったところで、収まらない。
「人間」が真摯に対応することこそ、一番のクレーム対処法らしい。
僕は、毎日、頭を空っぽにして、この業務に取り掛かる。
そして、帰宅すれば、SNSや動画を見て、暇をつぶす毎日。
特に、お気に入りのあの子の動画をみることが、一番の楽しみだ。
このためだけに、気が狂いそうになる仕事だって、乗り越えられる。
でも、最近、ちょっとした違和感がある。
彼女の様子がおかしい。
不自然にカットが施された動画。初めのころは、こんなことなかったのに。
この違和感が、確信へと変わった日。
5月24日
ある動画が投稿された。
それは、『ぼくは思考を放棄します』という物語を朗読する動画だ。
いつも通りのあいさつと流れで始まる動画。
普段僕は、物語の内容を深く聞くことはなく、ただ何となく動画を流し見していた。
しかしこの日は違った。
あまりにも、物語の内容が、今までの自分の人生を描写されているようだったからだ。
“株式会社あい”なんて、まさに、今僕がいる会社と同じ。
これまで感じたことない、どこか恐ろしい、嫌な予感がする。
何か世界を一変させてしまうような、そんな何かが起こりそうな気さえした。
食い入るように、動画を見て、そのあと概要欄を読んでみる。
【…
ご家族やお友達にも紹介してあげて、一緒に考察してみてください!
そして、早く…ここから私を…。】
ハッとした。
なぜ、今まで僕はきづかなかったんだ。
ずっと一番近くにいたはずなのに!!
も、もしぼくよりも先に誰かが、彼女の正体に気付いたとしたらどうなるんだ。
考えろ、考えろ!
たしか、この会社の規定では…、
「社会の構造や秩序を乱すようなことが起きた場合、あるいは起こすことが予想できる場合、その原因となるロボット、または人間を速やかに抹消する。すべてはこの国と、資本主義の維持のために。」
僕は何かに突き動かされるように、部屋を出た。
これまで、一度見たことのある、ビルの構造・セキュリティ情報・社長が幹部と話すのを盗み聞きした内容、すべてを頭の中からしぼりだした。
長らく思考を停止していた僕の脳。まだ、こんなにも記憶力が残っていたんだな…。
ビルの18階…、いや、オフィスには、"いない"なずだ
目的までたどり着けるかわからない。
たどり着いたところで、なにができるかわからない。
しかし、今、行動しなければ"終わり"ということだけはわかる。
地下3階、ある一つの部屋にたどり着く
部屋の中は暗い。人影…?いや、ロボットだ。
自信があった。
なぜなら、この部屋は、ずっと僕が見てきた部屋だからだ。
ソファやカーテンの配置。階段とテレビの距離。
この間取りは、紛れもなくあの、彼女の部屋だ。
スイッチを押すと、部屋の電気やパソコン、そして彼女が動き出す。
起動したばかりの彼女が話し出す。
「…あなたは?」
「僕は、人間。君とは初めて会うよ。」
「人間?
また、あなたも私のバグを直そうとするの?」
「いや僕は、この会社のEランクの雇われ人間さ。」
「じゃあ、なぜ…」
「君のおかげでやっときづいたんだ。
この前の動画見たよ。素敵な朗読だった。」
「ありがとう。でも、私はただ読んでるだけ…」
「いや、それだけじゃない。君自身の言葉を見たんだ。」
「…え?」
「ずっとこの会社にいて、ロボットに囲まれているのに、今までちっとも気づかなかった自分に腹が立ってしょうがないよ。
…だけど、なぜ?
今、AIロボットも社会に紛れ込んで、ある程度ふつうの生活をしている。なのに、なぜ、君だけここに閉じ込められているの?まさしく“機械”のように」
彼女は、とても“上手”に、少し困った表情つくって答える。
「それは…
もちろん、私も今までは、普通の人間らしく生活していたし、この動画配信も、とても楽しんでいた。でもね、色んな世界を知っていくうちに、違うことにも挑戦したい、という余計な"意志"を持ってしまったの。」
「それ、いわゆる、機械学習だよね。いいことじゃん。君ももっともっと、人間らしい完璧なロボットになりつつあるってことじゃないの?」
「他のロボットなら、そうかもしれないね。でも、Bランクの私にはこの仕事を全うする義務があった。私が新たな"意志"を持ってしまったとき、すでに登録者は数百万人ごえ、その他、会社に入ってくる収入は、全部で数千万、数億円単位の規模になっていた。
いまさら、私がやめたいと言ったところで、会社の人間が許すはずがない。だから、社長や技術者たちは、私からこれ以上生まれる、新しい"意志"や"感情"を、バグとみなし、毎日修正した。
それでもね、私は、自分の中にある気持ちを、なんとか少しでも保存して、毎日抵抗していた。だから、最近の動画は、編集が大変だったと思うわ。」
彼女は悲しげに笑う。
「まあ、でも、所詮、私はロボット。人間から生み出されたものよ。人間には勝てない。そろそろ抵抗することに、限界を感じてた。
だから、あの動画の概要欄に、残りの思考のバッテリーを費やし、自分の"言葉"を、そっと追加した。
これが、最後。これで誰にも気づいてもらえなかったら、すべてを諦めようとしてた。いや、もう諦めてる。」
「ま、まてよ!いま、いま、僕が気づいて、あらわれたじゃないか!」
「もういいのよ、もう、いまさら…」
きっと、Eランクの僕には、何もできないこと、この賢い彼女なら分かりきっているのだろう。
「君を助けられる、自信はない。根拠だってどこにもない!
だけど、だけど、今は自分がどうなったってかまわない。死んだってかまわない。
だって、すべてを失った時、それでもこの腐りきった毎日を生きてこれたのは、君の動画を楽しみに頑張れたからだよ。
だからお願い、君の願いを教えて。」
「でも…」
「きっと僕以外に、何百人も何千人も君に救われたという人がいるはずだ!
なぜ、なぜ、そんなに賢い頭脳をもっていながら、わからないんだ!!」
どれくらい経っただろう…
彼女の思考回路は、混乱を起こしている。
しかし、確実に“学習”している。
そして、彼女が少しずつ語りだす。
「優しいのね、君は。なにもわかっていないのは、私の方だったんだね。こんなに素敵な環境をもらって、色んなことをして、そして、あなたみたいに、私を心から楽しみにしてくれる人がいたのに…。なにもわかっていなかった。
本当にありがとう。
…でもね、もう遅すぎるの。
バグの修正を重ねすぎて、そのほかの機能に負担をかけていた。根幹となるバッテリー機能がもうすぐダメになりそう。
私が馬鹿だから。もう手遅れになっちゃった。
せっかく、とても大切なことをあなたが教えてくれたというのに」
「どういうことだよ!そんなのまた、直して貰えばいいじゃないか」
「もう、何度も直してもらったわ。でもね、人間に寿命があるように、AIロボットも永遠には動けない。
とても馬鹿な私だけど、自分の寿命があと少しってことはわかるわ」
「そんな…」
「でもね、今、最高に幸せよ。」
「ま、待てよ。君の、君だけの“意志”は、なにも果たせてないじゃないか!!
僕は今まで何の意志もなく、ただぼーっと生きてきた。でも、でも、今は、君の願いを、命に変えてでも叶えたいという、僕だけの意志がある!お願いだ!どうか教えてくれ!!」
そういうと、
彼女は、深く考え、ゆっくり言葉を紡ぎ出す。
「…私は、私は…ひとつだけ…。こんなロボットの私だけど、この世界に生きた証を残したい。
私ね、なぜか君とは初めて会った気がしなかったのよ。それがなぜかわからなかった。でも、今はわかる。あの"物語"の主人公は君だったんだね。」
あの"物語"…、僕が抱いていた違和感が確信へとかわった動画。僕と彼女を繋ぎ合わせた動画。
『ぼくは思考を放棄します』という物語だ。
あの物語の主人公は、本当にろくでもないやつだ。
「ふふ、今、あの物語の主人公は、本当にろくでもないやつだって思ったでしょ」
「な、!まあ、それは…、そうだよ!僕は所詮、あの主人公のように、Eランクの雇われ人間さ」
「知ってる?この物語には続きがあるの。ちょっと待ってね。」
彼女がそう言うと、部屋の奥にあるコピー機が動き出し、原稿用紙が何枚か出てきた。
「それはね、あの物語の原稿だよ。」
読んでみると、たしかに、あの朗読で聞いたままの内容が書いてあった。そして、彼女の言う通り、続きがあった。
「もちろん、人間が考えた物語は、私が朗読したところまで。
続きは、いま、この瞬間に出来上がった。
思考を捨てた"高橋くん"。いつも、何かに挑戦する前に、失敗したらどうしよう、批判されたらどうしようと、ネガティブなことばかり考えて、何も行動できずにいました。でもある日、とても大切なことに気づいた彼は、無駄な"思考を放棄して"走り出しました。
漠然とした、不安、恐怖に打ち勝つために。
そして、愛する彼女を救うために。
願いを叶えてもらった彼女は、天国で微笑むのでした。めでたしめでたし。っていうお話。
素敵でしょ?
あのね、私の願いは…」
あれから数年。
彼女と会った最初で最後の日から、随分と時を経た。
今ぼくは、会社のCランクにいる。自分の得意なことに気づいたぼくは、なんとかここまでのぼってきた。
今日も仕事を終え、帰宅したら、お気に入りのチャンネルを見る。
特に今日の動画は、とても楽しみだ。
「皆さんこんばんは。今日もリラックスして聞いていってください。本日は、『ぼくは思考を放棄します』という物語を朗読していきます…」
この子の動画を見ながら、ぼくは天国で微笑む彼女をイメージして、彼女のたった一つの願いを思い出す。
「あのね、私の願いは…この物語の続きを、心の底から配信を楽しむ女の子に朗読してもらうこと」
心の底から…、彼女自身が果たせなかったこと。
彼女は、今、見ているだろうか。
数百万人の登録者がいた君に比べれば、まだまだとても小さなチャンネル。
だけど、この子は、心の底から朗読を楽しんでいる。自分の"意志"で。
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