サーカスの象

サーカスの象は逃げない。鎖を引き抜く力も、人間を踏み潰す力もあるのに。
生まれた時から鎖に繋がれていて、逃げられないことを学んだからだ。学習性無力感という現象。
外の世界や自由に振る舞える世界を知らない。
人間はそんな象を見て、調教が上手くいったと思うのだ。

長い間、○○障害で電車や人混みやホールが苦手な私は、少しずつ出掛けられるようになったが、出掛けることが好きではない。
周りの人は、勘違いをしている。
出掛けたくても、出掛けられない私はもういない。
出掛けたくない私がいるだけだ。

「今までの分、どんどん出掛けるといいよ。
もうどこでも行けるんでしょ?良かったね。
どこか旅行行こうよ。どこ行きたい?」

間違っている。
どこにも行きたくない。
出掛けることが楽しいなんて思えない。
家で、映画、ゲーム、物を書いたり、絵を描いたり、手芸をしたり、ペットと一緒にいたり、花を育てたり、野菜を作ったり、ケーキやパンを焼いたりしていたい。
何故、誰でもが、どこかへ行く事が好きだと思うのかわからない。
出掛けていたら、私の好きな事ができないではないか。

二桁の単位で出掛けられなかったおかげで、私はすっかりお家モードの達人だ。
周りは、年齢的にも旅行に良く行く人が多い。
私を変わった人だと思うらしい。
観光旅行の何が面白いのか私にはわからない。
何処へ行くかより、誰と行くか、何をするかが大事。

私はサーカスの象なのかもしれない。逃げる気がなくなった象。でも、人にご飯をもらって、可愛がってもらって、そんな暮らしも良いじゃない。私は確かに病気があったけど、かわいそうな人じゃないよ。行った観光地はあなた達より少ないけど、映画は多分誰より観てるし、読書量も多いかもよ。

そうだね。
いつか、ペットがいなくなったら、本やノートや画材を持って、スケッチ旅行や一人吟行をしたいな。

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