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【上山晃語録6】ゲームメーカーとしての中央銀行

さて、歴史の中で中央銀行がどう動いてきたか、ざっとお話しますね。

A. 中央銀行の誕生

始めは、宗教革命。カソリック中心のヨーロッパからプロテスタントが生まれました。カソリックはユダヤ人に寛容ではなかったけど、プロテスタントは受け入れた。そしてプロテスタントが知識層に広がっていった。文字が読めて自分で聖書が読めると、教会に行く必要なんてなくなるから、知識層にはウケたんだよね。こうして、知識を持った人々とユダヤ人のつながりができて、金融システムが生まれていく。

その最初のステージになったのがオランダ。彼らは中央銀行システムを作り上げ、資金を調達するためのマーケットを作った。その後、オランダは商社をたくさん作って、貿易大国として影響力を持つようになったわけ。

そして、次にイギリス。1688年の名誉革命前、イギリスは宗教の問題で大変だった。だけど、革命でカソリックの国王を追い出し、オランダのオレンジ王を王位に迎えた。その時にオランダのユダヤ人ネットワークもイギリスに移り入ってきて、イギリスにも中央銀行ができるようになった。それがBank of England。

このBank of England、19世紀のイギリスの成長にはすごく大きな役割があったんだよね。戦争の時代で、莫大な資金が必要だったからね。イギリスは、貿易で儲けるだけじゃなく、Bank of Englandを通じて債券を売って資金を調達したんだよ。だから、フランスとの戦争でも強かった。

そして、イギリスはワーテルロー戦争でフランスから賠償金をもらって、金本位制を開始した。Bank of Englandが中心になって、イギリスの金融システムがしっかりと確立されていくんだよ。アメリカも19世紀には経済的に成長したけど、資金調達はほぼロンドンが中心だったんだよね。

Bank of Englandは、金利を調整して、景気のサイクルを作っていた。それによって1820年からの約80年間、好況と不況が繰り返されてきたわけ。アメリカの投資家にとっては、経済をみる上でBank of Englandの動きはすごく大事だったんだよね。

B. FRBの創設

中央銀行の役割は大きかった。例えば、スターリングポンド体制の成功は、中央銀行が金融危機の時にしっかりと役割を果たしたからだよね。中央銀行があったからこそ、当時のイギリスは覇権国家の地位を築けた。

一方、アメリカの話はまた違ってて、ちょっと面白いんだよ。アメリカには、最初から「連邦政府派」と「反連邦政府派」という二つのグループがいて、めっちゃもめてた。ハミルトンって人が「金融政策は国全体で統一すべき」と言ってたのに対して、ジェファーソンって人が「いやいや、各州が独自に権限を持つべきだよ」と反論してたの。

アメリカも実は中央銀行を作ろうとしたんだけど、これがうまくいかなくて、結局は40年くらいしか中央銀行を持たなかったんだよね。多くのアメリカ人は「中央銀行なんていらない」と思ってたから。この考え、めちゃくちゃ根強かったんだ。

そんな中、イギリスのBank of Englandの政策の影響で、アメリカも経済の波にのまれてた。そんな時、アメリカで金融の調整役になったのが、モルガン財閥で、彼らは政治家以上の影響力を持った。結局、モルガン財閥の力を借りて、アメリカにも中央銀行システムができた。それが1913年のFRBの誕生だよ。

ただ、面白いことに、アメリカ人はこの新しい銀行を「中央銀行」とは呼ばなかったんだ。なんでかっていうと、その名前がアメリカ人にはちょっと受け入れられなかったから。だから「連邦準備銀行」というちょっと分かりにくい名前にしたんだよ。実際、12の地区銀行が集まって作られたものだから、その名前になったんだけど、各地区銀行が中央銀行のような役割を持ってる。この仕組み、今も続いてるんだよ。

アメリカの人たちは昔から中央銀行にちょっと警戒してたんだよね。

1910年代、共産主義が急激に注目された時、レーニンは「資本主義の最終形は金融資本主義だ」と言ったんだ。それに賛同する人が多く、金融機関への不信感が増した。アメリカの金融業界にはこういった逆風が吹いていたというのがあるのかもしれないね。

C. 中央銀行の肥大化と独立性

戦争で連邦政府の力が増すと、中央銀行の力も増す傾向があるんだよね。1913年にFRBができ、次の年にたまたま第一次世界大戦が始まった。この戦争中、FRBは資金調達の大役を果たし、戦後のヨーロッパの復興にも大きく関与したわけ。モルガン財閥もその裏で動いていたよ。第一次世界大戦を通じて、モルガン財閥とFRBの影響力が圧倒的に増したんだよね。

中央銀行の役割は最初は小さかったけど、だんだんと役割が増していく。特に戦争や不況時の「最後の貸し手」としての役割は大きかった。

でも面白いのは、FRBの大株主には連邦政府は入ってないんだよ。ゴールドマン・サックスやリーマン・ブラザーズのような民間金融機関が主要株主。ここから、中央銀行の独立性が強まり、政治介入を拒否するようになったんだ。

政治家は選挙のために景気を良くしたい。でも、それが行き過ぎるとインフレが起きる。1970-1980年代のインフレ問題を背景に、中央銀行の独立性が強調された。グローバル化が進む1980-1990年代、中央銀行は政治とは独立するというスタンスを明確にしたんだ。

日本も1998年に日銀法を改正し、日銀は政府から独立した。このような動きは世界中で見られ、政治的圧力を中央銀行から遠ざけるためのルールが作られたんだよね。

D. 中央銀行の役割と課題

中央銀行の役割は、株式市場だけじゃなく、実はもっと大きな債権市場に影響している。債権市場は金利が超重要で、その金利を調整するのが中央銀行というわけ。中央銀行は、この金利調整を使って、経済全体をうまく動かしてるんだよね。

中央銀行はゲームメーカー的役割を持ってる。特に1970年代からの彼らの役割が大きくなってきた。その前までは、マーケットは固定相場制によって固定されてて、金利も厳しく管理されてたんだ。だけど1970年代に入ると、オイルショックやニクソンショックを契機に変動相場制が主流になり、市場の動きも大きく変わった。これによって中央銀行の動向がもっと注目されるようになっていく。

そして、1970年代に中央銀行の力を見せつけたのがポール・ボルカー。彼は金利をがっつり上げてインフレを収めた。もちろん、これが色々な経済の問題を起こしたけど、その後の経済は安定した。ここから、中央銀行の動きが経済のサイクルを作ることがより明確になっていく。ポール・ボルガ―の後任のグリーンスパンが「マエストロ」(名指揮者)と呼ばれるようにもなったしね。

1970年代頃までは、在庫や設備投資のサイクルが経済の動きを示してたけど、1990年代にはそれが変わってきた。トヨタ流の在庫を持たない製造方法が世界の主流になると、各社在庫を持たなくなり、在庫をベースに経済動向を把握するという手法がとれなくなったんだよね。そうなると、何が好不況をもたらしているのか分かりにくくなり、中央銀行による複雑な調整がより重要になってきた。

要するに、中央銀行の動きや役割って、経済全体を左右する超重要なもの。それを理解すると、今後の経済の動きや中央銀行の課題も考えられる。

中央銀行の影響力が高くなっていた時に、リーマンショックが起きたんだ。このリーマンショックって、中央銀行の課題を考える上でめちゃくちゃ重要な出来事。なぜリーマン・ブラザーズやベアスターンズが倒れたのか。それは、投資銀行が関係してる。実は、中央銀行が監督してたのは商業銀行だけで、投資銀行は当時監督外だったんだよ。これが、いわゆる「シャドーバンキング」ってやつ。

投資銀行がどれだけリスクを抱えてビジネスしているかを中央銀行が把握できなくて、そんな中でゴールドマンサックスやリーマンブラザーズなんかは、自己資本の30倍以上のレバレッジ(借入金)を持っていた。これはマズいと気づいた有識者を中心に2010年にドッドフランク法ができて、そういった高リスクの行動を制限したわけ。その結果、以前シャドーバンキング的だった投資銀行は、きちんと監視されるようになった。

でも、ヘッジファンドやプライベートエクイティ、ペンションファンドなどは、FRBの目を逃れて未だに活動しているんだよね。これらのファンドはプロの投資家向けなので、情報を公開する必要がほとんどないんだ。

国際的な機関も、シャドーバンキングに関する情報公開を求めているけど、進展が遅い。シャドーバンキングはお金と影響力を持っているから、情報を公開しなくてすむように、きっちりロビーイングをしてるんだよね。

今後、シャドーバンキングから再び金融危機が起こるかもしれない。中央銀行は、マネーの動きを透明にする役割を果たすべきなんです。これが、今の中央銀行の大事な仕事といえる。

シャドーバンキング、これが現代のキーワードだよ。アメリカだけでなく、中国やロシアも含め、どこの国もこの問題に直面している。例えば、日本のバブル時代を振り返ると、住宅専用公社なんかが金融機関として資金を不動産市場に供給していたよね。それもシャドーバンキングの一部だったんだ。さらに、日本の消費者金融もその範疇に入る。

実はどの国を見ても、シャドーバンキングの存在は目につくもの。全てが悪いわけじゃないけど、ヘッジファンドやプライベートエクイティ、ペンションファンドなどの大きなプレイヤーたちが、そのレバレッジで市場に大きな影響を及ぼしている。リーマンショックのような危機がまた起こるかもしれない、そういうリスクを意識しなきゃいけない時期にきている。世界銀行やIMF、さまざまな中央銀行も警告を発してるけど、規制まではできてないのよね。

さらに気になるのは、中国やロシアや他の国々が、西洋の資本主義システム、特にシャドーバンキングに疑念を持ってること。もともと彼らは決済通貨であるドルが金融制裁という武器に使われることを恐れ、代替システムを築き上げようとしている。これが「グローバルリセット」の一部として見られる動きだよね。

先進国の中央銀行がシャドーバンキングをどう制御、透明化するかが鍵で、これができなければ、中国やBRICS諸国を中心にドルを中心とした金融システムからの独立を目指す動き、いわゆる「De-Dollarization」が加速するかもしれない。

中央銀行がこれから課題に対してどう立ち位置を確立するか、それが問われてるんだよね。

要約

・宗教革命を背景にユダヤ人と知識層のつながりが深まり、オランダで世界初の中央銀行が設立された。後にイギリスも中央銀行が設立され、19世紀のイギリス経済の中心的役割を果たした。
・中央政府の肥大化に嫌悪感もつアメリカでは中央銀行はなかなか創設されず、1913年にようやくFRBが誕生。
・戦時下において中央銀行の力が増大。第一次大戦後、モルガン財閥とFRBの影響力が増大。また、FRBの大株主には民間金融機関が多かったこともあり、中央銀行の政治的独立性が担保されるようになる。
・中央銀行は経済全体の動きを金利調整で左右し、その役割は増してきた。1970年代、固定相場制から変動相場制への転換で中央銀行の役割が増し、ポール・ボルカーは金利を上げて経済安定へ導いた。1990年代、グローバル化が進む中で中央銀行の調整役割がより重要に。
・リーマンショックは「シャドーバンキング」の課題を浮き彫りにし、2010年のドッドフランク法で投資銀行のリスク管理が強化されたが、他の金融機関の監視は遅れている。中国やBRICSがドル中心の金融からの独立を求める動きも見られる中、中央銀行の今後の対応が焦点となっている。


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