もしときの乗車券 3話目
「ゲームセット」
歓声と共にピッチャーマウンドに出場していた選手だけじゃなくベンチからみんな飛び出していく。
ベンチに残ったのは監督をはじめ大人たちとマネージャー、そして動けない俺。
監督は何かを噛み締めるようにベンチの天井を見つめ、そして俺の方に歩み寄ってきて握手をしてくれた。
「お前のバットのおかげだった。ありがとう。」
それだけ言うと、ピッチャーマウンドに向かい、胴上げが始まった。
「監督を胴上げしたかったんだけどな。」
ぼそっと呟くと。
「その代わりの握手だったんだよ。」 と同級生の男マネが慰めてくれた。
その後、大学選抜は怪我で欠場。 プロ球団のスカウトの人や社会人野球の人と話をすることもあったが、大きな進展はないまま、時が流れる。
腰はおちついたが、2ヶ月以上バットは振っていない。
そんなある日監督に呼ばれた。
「失礼します。」
窓を眺めていた監督が椅子をぐるりと回転させて
こちらを向いた。隣には部長もいる。
「これからお前はどうしたいんだ?」
直球で質問が来た。
「正直迷ってます。
もう2ヶ月もバット振ってないですし。 かといって、普通に社会人になれるとも思えなくて。」
「そうだな。野球しかやってなかったからな。」否定されなかった。
一呼吸あった後、
「プロは考えているのか。 」と監督が声を絞り出す。
さっきよりも長い間を開けて、
「もちろん。理想ではありますが、完全な状態でも歯がたつかどうかわからないのに、この状態では。」うつむき加減ではなす。
「そうだな。」 やっぱり否定されない。顔があげられない。
「いくなら、DHのあるパリーグの方がチャンスがあるだろう。しかし、一番大事なのは、お前がプロで戦う意思があるかだ。
正直育成まで考えるなら、とってくれる可能性はあるんじゃないかと思っている。だが、まだ、これからも戦い続けられるか?」
驚いたように顔を上げる。
「ありがとうございます。
本当に監督は自分を買ってくれているといつも感じていました。プロ志望を出すかどうか迷っていたんですが、今の監督の意見を聞いて腹が決まりました。俺プロになります。
あ、なれるかわかんないので、立候補します。」
そのあといくつか会話をして、「失礼します。」来た時より軽い足取りで監督室を出ていった。
「すごい信頼関係ですね。」棚の後ろから出てきたのは北海道に拠点を持つプロ野球チームのスカウト部長。
監督は立ち上がり、
「来年一年は使い物にならないと思いますが、あのバッティングは日本の宝になります。どうぞよろしくお願いします。」
そういって大きく頭を下げた。
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そんなことがあったことはつゆ知らず、ドラフト5位で北海道のチームに選んでもらった。
最初の2年は2軍で腰の治療をしながら、みっちり鍛えられ、3年目は2軍で少しずつ活躍できるようになってきた。やっぱり俺の売りはバッティング。大きいスイングでホームランを狙うスタイルに少しずつファンもついてきた。
1軍の出番が回ってきたのは4年目。交流戦の後。もちろんベンチスタート。出番があるかわからないが、1軍に挙がった日。3人に携帯でメッセージを送った。大学時代の監督と、最後そばにいてくれた男マネ、そして裕太。3人の恩人たちだ。
代打要因として使われたのは6回表、ピッチャーに代わってワンアウトランナーなしの場面。
相手は千葉のエース。直球と多彩な変化球を持っている。それでも、自信はあった。調子が良い気がしていた。
だけど、まさかの三球三振。連続2球変化球体を泳がせられバットを振らされた。最後のアウトローはバットを出せないと言う代打ならやってはいけないことで終わる。プロはすごい。
ベンチに戻る時、観客席に大学時代の監督が来てくれていることに気づいた。
翌日には色々な知り合いから励ましのメールが。その中には、裕太からのメールも。
「一回だけで腐るなよ。
お前が変われば、世界も変わるよ」
なんてくさい言葉が書かれていた。やっぱり世界を飛び回っている奴は違う。
それからなんとか必死に頑張ったが、6年目には腰がやばくなってきた。その年、大きなサプライズが起きる。28歳の天才ルーキーが現れた。
25歳で社会人野球で急に有名に。その後あれよとプロまでやってきて、一年目からローテーション入り。ここまで5連勝でいまだに負けなし。
そいつの名は一ノ瀬輪。あの準決勝のピッチャーだ。
今日、そのピッチャーと戦うことになっていた。
今日の一ノ瀬のピッチングは神がかっていた。8回までパーフェクトピッチング。8回ツーアウトまで来てしまう。
監督が代打を告げた。
「バッター高橋。」
俺が呼ばれた。この場面で。
あの高校時代見てるだけしかできなかった、あの究極の対決をこの痺れる場面で回してくれた。
10年前に心に刻まれたあの戦いが自分でできる。こんなに嬉しいことはない。
意気揚々と打席に入った。俺を抑えるとルーキーで完全試合という前代未聞の展開に歓声のボルテージは最高潮。
だけど、完全な集中状態を入れられるようになってから、完成はほとんど聞こえなくなっていた。
1球目。ど真ん中まっすぐ。思いっきり振り抜く。
空振り
2球目。ど真ん中まっすぐ。思いっきり振り抜く。
空振り。1球目と同じだ。だけど全くボールに当たらない。こんな感覚ははじめてた。
タイムをとった。
打てる気がしない。イメージはある。このボールをセンターバックスクリーンに叩き込めるスイング像はある。だけど実際のスイングが全くそのイメージ通りに振れていない。
今までやっていたルーティンをもう一度全部やって打席に戻る。
一ノ瀬の左足が上がって、振り下ろされる右手。
思いっきりバットを振り切るが、ボールにはかすりもせず、3球3振。
9回もあっさりと抑え、新たなニューヒーローの誕生に、一ノ瀬は時の男になった。
そんな影で、俺は引退を決断した。イメージ通りに振ることはもうできないことがわかったから。
そんなわけで、おれのプロ野球人生は以外にあっけなく、1軍の生涯成績も65打席、15安打、3ホームランとあっさりとしたもので終わった。
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引退して3年が過ぎた。ほとんど活躍できなかったプロ野球選手のセカンドキャリアは結構しんどい。チームや大学のOBの人がいくつか紹介してくれたが長続きせず、今は清掃業者の一員として何とか日々を送っていた。
そんなある日、懐かしい親友から会おうぜと声がかかった。裕太だ。今や、貿易商社で世界を飛び回っている。
裕太に指定されたカフェは、入ったことのないおしゃれなレトロなカフェ。そこに裕太と見たこともない黒い服を身にまとった金髪の青年がいる。
「大輝。」と呼びかけられた。旅行で飛び回っているからなのかしゃれた感じのいい男になった裕太だ。
「プロ野球生活おつかれさま」そういって席に誘ってくれる。飲んだことのない1杯1000円もするコーヒーを頼む。
ちょっとした昔話で裕太と二人少し会話をする。一ノ瀬の話になった。あいつはすごいと。今やメジャー移籍目前だ。
その話の後、「実はな・・」と裕太が神妙な感じで語り始めた。あの高校野球の話を。やり直した結果、今こうなっているんだと。
にわかには信じられず、何を話せばいいかわからないでいると
「あなたも多くの後悔があるようです。もし、あなたも彼と同じチケットを持っていたら使いますか。」
ドキリとする問。
「な、そんな冗談。通用するかよ。二人して落ちぶれた俺をからかいに来たのか」ちょっと怒りを感じながらやっとの言葉を発する。
「信じられるかどうかじゃない。変えたい過去があるかどうか、それだけが聞きたい。」真面目な顔で聞いてくる裕太。裕太の目を見ていると本気だと分かる。
金髪の青年が黒い手帳を持っている。どこから出したのかわからないが。
「これがそのチケットです。」
目の前のコーヒーのような真っ黒の紙が机の上に置かれる。
「望むならこれを手に取ってください。」
今の人生に満足しているわけじゃない。だけど、全否定するほどの人生だったのか・・・・
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取り残された二人。
ふぅー 大きく息を吐いた裕太。
「変わらないというのも、また一つの選択なんですよ。どちらが正しいなんてことはありません。」
目の前にはチケットが残されたままになっている。大輝はチケットを受け取らず、
「メジャーリーガーじゃないけどな。俺の人生に後悔なんてあろうはずもない」 そう言って、1000円札を置いて出て行ってしまった。
「変わろうとしてさらに悪い結家になることだってあるんですから。
今は、あなたの自分で掴んだこの世界を前向きに生きることをお勧めします。」
そういって立ち上がる黒服の青年。
「もうこんなふうに呼び出さないでくださいよ。大迷惑です。
だって便利じゃないか、そんな力持ってる友達いるなんてさ。」
疲れたのでちょっと冗談を吹っ掛ける。
「あなたと友達になった覚えはありませんよ。」
「ありがとな。」
「もう会うこともありません。自由に生きてください。わたしのことはわすれてね。」
「わすれるわけないだろう。大魔導士さん。」
「え?気づいてました?」
「当たり前だろ、馬星大(うまほしだい)なんてよくわからん名前。ちょっと怪しかったぜ。」
ばつが悪そうに帰ろうとする青年をみて
「じゃーな、親友。」 そういって握手を求めてくる裕太。
「だから、違いますって。」とはいいつつ、しっかり悪手をして黒服金髪の男は少し嬉しそうに微笑んで、そして消えた。お金を払わずに。
1人になった裕太は冷たくなった珈琲を飲む。椅子に深く腰掛け、チケットは使わなくてもこれからの大輝の人生が彼が満足できるものになることを望むのだった。
<高校野球編おわり>
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