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健康診断で卵巣腫瘍が見つかった話④-恐怖の手術後〜退院編-

こんにちは。Natsukoです。

前回の記事はこちら↓

今回は手術が終了し、麻酔から覚めた後の話になります。

遠くの方から自分の名前を呼ぶ声が聞こえ、朦朧とした状態で目を覚ました私。
うつらうつらした状態ではありましたが、手術が一瞬の間に(実際は2時間半以上経過していましたが)終わったことを悟りました。

そして意識を取り戻した瞬間に一気に
・どぎつい生理痛のような重い腹痛
・慣れない酸素マスクをつけている息苦しさ
・頭が真っ白になる吐き気
の3つが同時に襲ってきました。。。

あまりの苦しさにパニックになり、せめて気分が悪いことは伝えなければと声を出そうとしますが、重症の喉風邪をひいたような感じで一切の声が出ません。(麻酔中は呼吸が止まるため気管に管を挿入されており、喉がガサガサに乾燥していました)
声すら出せなかったため余計パニックになり、息苦しさと吐き気が加速していきます。

こういう時はパニックになればなるほど吐きそうになって過呼吸になってしまうと思った私は精一杯できる範囲で深呼吸をして、何とかガスガスの声を絞り出しました。

「気持ち悪いの、怖い…!!!」

↑もはや看護師さん相手に敬語で話す余裕すら失っている。。

横にいた看護師さんは冷静に
「怖いの?でもさっき吐き気どめ入れたばかりだからあと3時間は入れられないんです。」

あと3時間も…!と絶望。。
そして畳み掛けるように「今酸素マスクしてるから吐いちゃうと溺れちゃうからね、吐きそうになったらすぐナースコールしてくださいね」
と言われ、左手にしっかりとナースコールのボタンを握らされました。

吐くのは絶対嫌だし、酸素マスク内にぶちまけて溺れるのは怖すぎるのでどうにか吐かないようにしなければと思いつつ、息苦しさもきつかったため自分を落ち着かせるためにもひたすら深呼吸をして耐えることにしました。

暫く深呼吸をし続けているとやがて少しずつ吐き気はなくなり、息苦しさも緩和されてきました。
この時尿道カテーテルを挿入されていたため自分の意思で排尿できる状態ではなかったのですが、定期的に看護師さんが来てベッド横で自分の尿を処理している音が聞こえていたため、しっかり排尿できていたのだなということと、排尿によって麻酔の副作用が流れて行ったのだなと実感することができました。

そして息苦しさがなくなった頃に酸素マスクが外れ、吐き気はすっかりなくなっていました。

この時私は
・左腕に点滴
・両足ふくらはぎにむくみ防止のマッサージャーが常時動いている
・尿道カテーテル挿入状態
・少しでも身体を動かすと激痛
という状態だったため1ミリも身体を動かすことが出来ず、同じ体勢を保つしんどさと身体の痛みで全く休まらず翌朝までほぼ徹夜してしまいました。
(手術が終わり目が覚めたのが18時ごろで、翌朝看護師さんが回診に来てくれたのが7時だったため約13時間ほど同じ体勢で戦っていました。。)

なお、この13時間の間に2回ナースコールをポチって痛み止めを投与してもらっています。
先ほどどぎつい生理痛のようなものと表現しましたが、腹痛を通り越して内臓全体が痛んで力が入らない感覚でした。

そして朝7時に看護師さんが回診で血圧と体温を測ったところ37.5度の微熱が出ている状態。
私は徹夜明けの謎テンションで意識は覚醒していましたが、身体はバキバキで肩の痛みとむくみがMAXとなってしまい悲鳴を上げていました。

お昼から食事開始で歩行練習が始まるとのことだったため少しでも寝るようにとのこと。
それから午前中は頑張って眠ろうと努め、1,2時間ほどはうとうと出来たと思います。

そして点滴と尿道カテーテルが外れて自由の身となった後に約1日半ぶりのご飯が出ましたが、満身創痍の身体が食べ物を受け付けてくれず食欲が出ません。
けれど歩行練習のために体力をつけなければならなかったので、どうにかおかず類だけは喉に流し込みました。

そしてお昼過ぎに歩行練習を行った後に、そのままその足で退院前診察に向かうことに。
そうなのです。こんな満身創痍の状態ですが翌日には退院しないといけないのです。

早く家に帰って夫と過ごしたかった私は退院したい一心で歩行練習へ向かおうとしたのですが、起き上がる、立つ、歩くの動作がめっっっちゃくちゃしんどい……
ほんの少し身体を動かすだけで顔を歪めて声を出してしまうほどの痛みが走り、思うように動作が進みません。

入院前に同じ病気で手術を受けた方のブログを読んで痛みついては覚悟していたのですが、やはり経験してみないと辛さはわからないものですね。
今も同じ痛みを味わっている方がいると思うと、心の底からエールを送りたいです。

何とか立ち上がって歩き始めますが、一歩足を踏み出すのがとてもしんどく、身体に一切の力が入りません。
看護師さんの支えでなんとか子鹿の歩みでそのまま診察室へ向かいます。
点滴用の台を支えにして押しながらゆっくり、ゆっくり歩みを進めていきます。

ようやく診察室へ到着すると、そのまま婦人科の椅子に座ることになるのですが、この時生理中だったのもあって流血しながら椅子に座り、ただでさえ内臓が痛いのに足を無理やり広げながら仰向けにならなければいけなかったのが一番きつかったです。。

診察の結果は特に問題なしで、経過良好であれば明日には退院して良いとのこと。
ただ、術後1日目で私があまりに満身創痍状態だったため先生からは退院できそう…?と心配されましたが、退院したい気持ちと体調が回復するか不安な気持ちが入り混じり、「わかりません」としか答えられませんでした。

そして手術の所見について説明があり、
衝撃の内容を伝えられます。
・予定より大幅に時間がかかった
 (1時間半の予定が2時間50分)
・出血量も予定より多かった(250ml出血)
・良性だとは思われるが、良性にしては摘出しづらく悪性の可能性があったため別の先生と連携しながらの手術だった
※ただし悪性の可能性が高いと開腹手術になるためおそらく良性でしょうとのこと

そしていちばん衝撃が大きかったのは
・子宮内膜症を併発していた
・内膜症の癒着も剥がしたため今が一番妊娠に適している状態。出来れば2,3ヶ月以内に妊娠してほしい
とのことでした…

このときまだ妊活について具体的には考えておらず、いずれは子供が欲しいと思っていましたが親が病気であることや転職してまだまだ仕事を頑張っていたい気持ちもあったため、一気に考えをひっくり返されたような気持ちになりました。

悪性の可能性が云々よりも急に目の前に迫ってきた「妊娠」の言葉に心を揺さぶられ、部屋に戻ってからも呆然とした気持ちで横たわっていました。

心の中はざわざわしたままではいましたが、それから何とか自力でトイレに行けるようになり、夕食も少しだけ食べて夜は睡眠剤の力を借りて何とか眠ることが出来ました。

そして退院当日の朝。
相変わらず身体は激痛でしたが、熱は37.2度になり、朝食も問題なく食べられたため、午前中に退院できるようになりました。

前日時点では自分で着替えて荷造りするなんて無理すぎると思っていましたが、人間の回復力といざとなった時の馬鹿力は凄いもので、早く家に帰りたい、夫に会いたい思いで自力で着替えと荷造りを完了することが出来たのです。

そして最後に看護師さんから退院後経過診察の日程確認と痛み止めの薬をもらって晴れて退院となりました。
歩みはまだまだ遅く、全身激痛ではありましたが、数メートル先で待ってくれている夫を信じて歩みを進めます。
そして遂に夫と再会し、住みなれた我が家に帰ることが出来たのでした。

こうして無事退院することが出来ましたが、退院後しばらくは痛みに耐えながら日常を取り戻していく生活を送っていくことになります。

なかなか終わらず申し訳ないですが、次回は⑤-退院後経過〜病理検査結果編-になりますので引き続きよろしくお願いします🙇‍♀️

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