30w5d 診察ドライブ

通院の日は、わくわくする。

ベッドから重たい体を起こして、ごわごわの髪に櫛を通す。腹帯をばっちりはめて、部屋着から外着に着替えて家を出て、タクシーに乗り込んで1時間。病院につくまでに見える、東京の景色。街ゆく人たちはもうコートにマフラーで、デパートのショーウィンドウには雪が降っている。薄く開かれた窓から冬の風が吹き込んで、秋ってもう終わっちゃったのか、と少し名残惜しくなる。なんせ自宅安静になってから、もう二ヶ月が過ぎようとしているのだ。今着ているぺらぺらのワンピースは、そろそろお役御免かもしれない。

通勤中は電車の窓の外なんて見なかった。どうでもいいことしか目にしてないのに、いつも手の中のスマホばかり気にしていた。でも今は自宅から出ることが皆無だから、病院に行くまでのドライブ中、ずうっと窓の外を眺めている。家にこもるようになってから、自分と夫以外の人間がこの世に生きている当たり前のことに、そして世界がなんの変わりもなく回っていることに、とても安心するようになった。眺めているだけで、心が凪いでゆくのだ。

見える景色は、その駅によって色が全くちがう。私が好きなのは、やっぱり新宿。歌舞伎町に差し掛かる大きな道路に出た時、何度でも心が浮き立ってしまう。ダイナミックにぎらぎらした色へと一変する。ここがザ東京という、主張の激しい色。

故郷からずっと仲の良い友だちと行った、客席幅の狭く居心地の悪いコメダ珈琲。たばこの匂いのする人と待ち合わせをして、結局入れなかったエジンバラ。運命の焼き菓子を探しに、何度も足を運んだ伊勢丹。私にとっての東京といえば新宿で、窓の外を見つめるだけで蘇る記憶で胸がいっぱいになる。もうしばらく行ってないけど、この非日常が終わったら、一人で家を抜け出して歩き回りたい街、ナンバーワン。

まっくらな映画を見て、紀伊國屋で本を抱えて、買えない服をひやかして、喫茶店に入れなくて右往左往したい。子どもが産まれたらしばらく無理?そうかもしれない、でも隙をみて逃げ込みたい。あんなに人がたくさんいるのに、一人きりになれる街。誰かと繋がっていたいのに、誰にも触れられたくないとき、私にとってはちょうどいい街に。

夕暮れが黒に沈むなかで、タクシーが街をいくつも通り過ぎる。住んでいた街、住んでいる街。つぶれて何があったか思い出せない場所、好きだった店の代わりに新しくできた寿命の短そうな店。行ったことのない、のっぽのビルがいくつもそびえたつ見知らぬ街。どの街も新鮮にうつって、知らないところが途方もないほどにある。

仕事終わりの時間になると、道ゆく人の顔がぱっと明るくなった。今から晩ごはんの予定だろうか?連れ立って楽しそうに歩く姿が羨ましくもあり、何だか信じられないような気持ちにもなる。女の子がコートやニットに寒そうに包まれている、冬の服はやっぱりかわいい。夜を照らす光があかるくて、寒さの似合う色だった。

1週間ぶりの外界も、東京の夕方を駆け抜けるドライブも、とても幸福な時間だった。思う存分、自分の足で歩ける日が、次は春かな。今からとっても待ち遠しい。

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