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3. 先行文献研究:携帯位置情報ゲームと観光体験―ゲーミング・ツーリズムの実態と展望―(天野景太、2010年)|内田悠貴

<先行研究内容>
1. 概要
 『コロニーな生活☆PLUS』(以下、「コロプラ」と表記)という携帯電話端末で遊べるコンピューター・ゲームがある。コロプラは、携帯電話端末に搭載されたGPS(Global Positioning System)機能を利用して、ゲームのプレイヤーが長い距離を移動したり、地球上の特定の地点に到達することで、よりゲームを有利に進めることができたり、ゲーム内のストーリーに進展がみられたりする「携帯位置情報ゲーム」の嚆矢である。このコロプラに代表される携帯位置情報ゲームの普及をきっかけとして、携帯位置情報ゲームをプレイすることと、観光経験とを結びつけて楽しめるような旅行の形態が模索・実践され始めている。
 コロプラにおけるゲームのルールでは、長い距離を移動すればするほど、ゲーム内の仮想通貨(プラ)が貯まる。すなわち、現実世界において遠方を目的地にして長距離を移動するようになれば、より多くの仮想通貨を「稼ぐ」ことができる。また、プレイヤーが特定の観光地に到達したり、特定の店舗で土産品を購入したりすると貰えるカードに記載された番号を入力すると、ゲーム内でも珍しい土産品を仮想通貨で購入することができるようになる。これが、ゲームのプレイヤーが旅行を実行する際のインセンティブになる。
 このような潮流は、これまでインドアの経験と考えられていたコンピューター・ゲームで遊ぶという行為と、相反するアウトドアの経験と考えられていた旅行という行為とを両立させる試みであると言え、その意味では画期的であるかもしれない。本先行研究は、このような旅行形態を「ゲーミング・ツーリズム」と名付け、その展開過程を整理した上で、論考を加えることを目的としている。

2. ゲーミング・ツーリズムの定義と史的展開
2.1 ゲーミング・ツーリズムの定義
 本先行研究の筆者は、「ゲーミング・ツーリズム」を、〈ゲーム(ボードゲームやビデオゲームなど)のように特定のルール及び目的を設定して、設定されたルールに従って行動が決定(制約)される旅行の総体〉と定義したいとしている。
 ルールとしては、例えば、予算を制限する、特定の地点を通過する、特定の宿泊場所に宿泊する、旅行中に次の目的地をランダムに決める、特定の土産品を購入してコレクションする、など様々なものが想定される。ゲーミング・ツーリズムでは、旅行者の自発的欲求によって積極的にルールを課し、ルールを遵守する行為自体に楽しみを見出して行くことが、他の旅行と異なる大きな特徴である。
 ルールや目的の設定主体は、①旅行者が自ら設定するケース、②誰かが初めに設定したルール・目的が、多くの他者の目に留まり、広く普及したものであるケース、③旅行業者や地域の交通事業者、地域の観光協会などが設定主体となるケース、がある。
2.2ゲーミング・ツーリズムの史的展開
 平安時代末期から行われていた「千社詣」では、全国1000の寺社に参詣することを目的とし、参詣の証拠に祈願内容を記した千社札を奉納した。
 明治〜昭和戦前期においては、各地の観光地に絵葉書や記念スタンプが登場し、コレクションする旅行者も現れたが、その行為にゲーム性が見出され、楽しみ方が大衆に浸透するまでには至っていない。
 戦後、マス・ツーリズムの急速な進展に伴い、多くの大衆が旅行するようになった。その中で、新たな形態のゲーミング・ツーリズムの潮流を作り上げたのは、鉄道趣味者らによる鉄道旅行であろう。1950年代〜1970年代に主要幹線と地方のローカル線を含む鉄道網が充実し、目的地までの到着ルートや切符の発券バリエーションなどが多様化した。国鉄では、全国の主要駅に統一規格のスタンプを設置、専用のスタンプノートに押印した数に応じて景品を贈呈するなどした。
 1990年代には、テレビのバラエティー番組の企画として、タレントがゲーミング・ツーリズムを実践する様子を放映するものが登場した。1996年以降、日本テレビの『電波少年』内の企画「猿岩石 ユーラシア大陸横断ヒッチハイク」や、同年以降、北海道テレビの『水曜どうでしょう』内の企画「サイコロの旅」などが放映された。

2.3 ゲーミング・ツーリズムのバリエーション
 第一に、制約遵守型:旅行中に一定の制約を加え、その制約の中でいかに効率的に、あるいは楽しく行動できるかを追求するタイプ。予算・交通機関・ルート・目的地・通過地点の制約などがある。事例としては、『最長切符鉄道の旅』、『サイコロの旅』など。
 第二に、コレクション型:各地の特定の土産品やスタンプを収集する、特定の場所を踏破するなど、各地に散らばる様々なアイテムやノルマをクリアしていき、最終的な目標として、それらを出来るだけ多く集めることやこなすことが目指されるものである。事例としては、郵便局における『旅行貯金』、【ご当地グッズ収集】など。
 第三に、複合型:制約遵守型とコレクション型を組み合わせたルール・目的を設定して行われるものである。事例としては、【スタンプラリー】や【ミステリーツアー】がある。

3.携帯位置情報ゲームにみるゲーミング・ツーリズムの新展開
3.1代表的な位置情報ゲームの内容
3.2携帯位置情報ゲームと観光経験
 コロプラや『ケータイ国盗り合戦』を用いた地域限定の土産品販売やイベントの実施は2009年後半頃から見られるようになった。これらは携帯位置情報ゲームの運営会社と地元観光業者や鉄道事業者とのタイアップ企画としてユーザーに提供されている。
 第一に、位置情報登録やゲーム内レアアイテムの入手をインセンティブとした旅程や旅行形態の提案を行うキャンペーン。コロプラと東京地下鉄のタイアップ「東京再発見!食べ尽くし位置ゲーの旅」(2010年4月〜10月)では、東京メトロの所定の駅に到達し、位置情報を登録し、複数の駅を巡ってゲーム内において特定の食材を入手し、指定された駅で位置情報登録をして料理(仮想アイテム)を完成させる、といったもの。
 第二に、携帯位置情報ゲームの攻略をテーマとした旅行商品の販売。例えば、前述のコロプラのルール・目的に準拠して、遠方へのバスツアーを実施することで移動距離を稼ぎ、各観光地においてゲーム内のレアアイテムやスタンプコレクションにつながる土産品を購入することや観光施設に入場することを主要な行程とし、著名な観光資源を巡るなどするパッケージツアーである。JTBでは、2010年初旬以降、「コロ旅」と称していち早くコロプラとのタイアップによる旅行商品を複数販売し、若年層を中心に多くの参加者を獲得した。

3.3 携帯位置情報ゲームを用いたゲーミング・ツーリズムの特色
 第一に、ゲーム目標達成の進捗・成果の記録という側面―従来型においてスコアブックに相当するのはスタンプ帳やシリーズ物の土産品であったりする。それらは旅行中の記帳や購入を繰り返すことで独立に増強される。鉄道全路線完乗などにおいては、他者による証明が残るわけではなく、自分で乗車した路線を事後的にマークして記録するしかない。携帯位置情報ゲームでは、スコアブックへの記帳は事後的ではなく、位置情報を登録した瞬間にリアルタイムで行われ、即座にゲームの進行過程に反映される。距離の移動はGPSに基づき算出され、機械的に計測されたデータとして証明され、観光行動の反映として入手したアイテムは、ゲームの進行において実行的な効能を果たすものである。
 第二に、他のプレイヤーとのコミュニケーションの広がりやスタイルについてであるが、従来型では、基本的に旅行者としての自己完結的な世界の営みである。目標達成は自己の欲求を満たすことが第一義的である。旅行後にコミュニティの内部で、塗り潰された鉄道路線図を見せ合う、ご当地グッズを交換し合うことは考えられるが、他社との競争といった要素は薄い。ゲーミング・ツーリズムの実践報告が、ブログや動画共有サイトを通じて多くのネットサーファーに共有され、人気のブログや動画には閲覧者からのコメントが寄せられる。ここでは、情報の送り手と受け手という構図が明確に存在し、その間におけるコミュニケーションが成立している。しかし、携帯位置情報ゲームを用いたゲーミング・ツーリズムの場合、ゲームのアプリケーション自体に、ゲームのプレイを題材として他のユーザーとコミュニケーションを楽しむためのサポートツールがパッケージとして提供されている単独行動が基本であるものの、旅行中の感覚の他者との共有や、成果のシェアリングがリアルタイムに可能であり、この意味でユーザー同士のコミュニケーションという場面において、プレイヤーは情報の送り手と受け手の立場の両方を同時に併せ持つことになる。
 第三に、ゲームのルール・目標に関してであるが、従来型では、基本的にルール・目標は固定的である。しかし、携帯位置情報ゲームの場合、コロプラの場合はコロニーを育てる、ケータイ国盗り合戦の場合は天下を統一する、というマクロなルールは固定的だが、ミクロなルール(ゲーム中のミッション・イベント・アイテムなど)は事後的に多様に設定できるため、楽しみ方は固定的ではない。例えば、コロプラにおけるレアアイテムの入手方法も、東京地下鉄とのタイアップでは地下鉄の駅巡りとなり、栃木県日光市の煎餅店「石田屋」などの個人商店とのタイアップでは、位置登録と同時に、プラスチック製のカード(コロカ)を配布し、現実世界におけるコレクションの楽しみも併せて提供されている。

4. まとめと展望
 以上のように、携帯位置情報ゲームを用いたゲーミング・ツーリズムは、従来型の現実空間上だけで完結するゲームのルール・目的を組み入れた旅行では為し得ないような経験の提供が、ビデオゲームにおける仮想空間上の土地やキャラクターを育てる楽しみという要素、デジタル技術を用いたユーザー同士のナラティブ・コミュニケーションの要素、そして現実世界での観光経験の要素という3つの位相が複合的に連関を持ったものであることによって可能になっている。この意味で、これまでの千社詣以来の伝統を持つ日本のゲーミング・ツーリズムの歴史を第1世代のゲーミング・ツーリズムと考えると、第2世代のゲーミング・ツーリズムの台頭と位置付けても良いだろう。今後も現実空間と仮想空間の連関の在り方が模索されながら、様々な第2世代のゲーミング・ツーリズムの形式が登場してくることが期待され、ひいてはそれが、観光経験の在り方それ自体の変化を促し、様々なニュー・ツーリズムのひな型へと展開しうるものになるかもしれない。

<論文を受けて>
 Ingressにおいては、ゲーミング・ツーリズムのルールや目的を設定する主体は旅行者が自ら設定するケースとミッションデイなどのイベントにおける主催者が設定するケースが挙げられる。Ingressにおける旅行中の自身の行動は様々な指標で数値化されていて、リアルタイムに反映される。成果のシェアリングもリアルタイムに可能である。
 Ingressにおけるマクロなルールはレベルを上げることであり、この先行研究で述べられていることと同様に、ミクロなルールは事後的に多様に設定できる。例えば、2017年3月19日に大阪府堺市で開催されたミッションデイ堺では、現実世界におけるコレクションの楽しみも併せて提供するものとして特徴的なデザインが描かれた硬質な紙製のカード(BIOカード)が配布された*1

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*1 [MissionDay 堺] at Google+ : “当日3/19、さかい利晶の杜MissionDay堺受付にお越しくださった方”, Retrieved from: https://plus.google.com/116607892278137841073/posts/Lt3EvwZvTRm, posted on March 17th, 2017, last accessed on December 11th, 2017.
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前の項目 ― 2. 先行文献研究:地域活性化におけるIngressの可能性(岩手県庁Ingress活用研究会報告、2015年)

目次

次の項目 ― 4. 先行文献研究:観光周遊支援ゲームのこれから(倉田陽平、2013年) 

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