魔女。。。

「おはようございます!」

シナイスカーもといシッカーは、アルバイトに励む。何のためという目的はなく、純粋に働くことが好きだった。お客さんの笑顔を見るために働く、それがシナイスカーの生きる意味でもある。そう感じていた。
 毎朝。シッカーは裏口から通勤してくる。家は近く、ものの数分で通勤できるが、彼女は半時間前に来て、裏方の手伝いをする。

「今日の売り上げはどうですか?」

店長に話を聞きながら、裏方の仕事を次々と仕上げる。その手捌きは熟練に劣らず。

「今日の売り上げは、まあそこそこって所だってね。祭りが始まるからって、露店の方に客足が向いちゃってってね。どうしようもないってね」

店長の口癖は「ってね」である。なぜかついつい語尾に付けたくなるらしい。慣れるまで違和感が拭えないと評判である。
 祭りの露店は物珍しいものばかりを売る。だから、ついつい人はそちらに目を向けてしまうのは仕方ない。珍しいものに目を向けてしまうのなら、こちらも珍しいものを売ればいいというだけの話である。

「店長、例の作戦は実行しないんですか?」
「今日一度しようかなってね。それで効果があったなら、今後も使うかもしれないってね」
「かしこまりました」

シッカーは冷蔵庫からあれこれ取り出し、作業に取りかかる。祭りには人が集まってきて、どうしても暑くなりやすい。暑くなったら、飲み物、アイス、かき氷。冷たいものが欲しくなってくる。
 次々と通勤してくる人たちをさっと捕まえて、シッカーは作業を手伝わせた。社員も渋々手伝い、作業は順調に進んでいく。 

「昼から出すから、それまでに間に合わせてってね」

店長の一言に皆が震え上がった。作業は順調といっても、まだ半分も越えていない。一方で昼間までのこり一時間ほどしかないのである。計画性とは一体。血反吐を吐きそうになりながら、一斉に手を進めた。




「い、いらっしゃいませ」

よろよろと苦しそうな表情をしながら、シッカーは明るく呼び掛ける。時刻は正午ぴったり。店前。なんとか間に合わせたものの、体力は限界を迎えそうであった。

「なんだかんだ言って、間に合わせちゃうのみんな凄いってね」

店長がペットボトルをシッカーに差し出す。シッカーはぐいっと中身を飲み干し、空を背後に設置してある机に置いた。間に合わせたのは、間に合わせるしかなかったからである。凄いのは、ギリギリにならないと言ってくれない店長。本当に恨まれてても可笑しくない。

「皆さん、頑張ってましたから」

と思いつつも、シッカーはおくびにも出さない。店前を人が通る旅に声をかける。今回の計画は露店に対抗して、こちらも店頭販売である。パンとアイスのコラボレーション。溶けやすく扱いが難しいが、蘭の銘菓とコラボして溶けにくいアイスで作っている。シッカーは普通のアイスで作っていた頃に味見をしたことがある。サクサクしたパンと濃厚なアイスのコンビネーションが、大変美味であった。
 パンの焼き上がる匂いと期間限定販売。二つの作戦でなんとか売り上げを伸ばそう。そう企画したのだが、結果というと…

「チョコアイスもう売り切れ、完売です!」
「バニラ、完売いたしました!」
「イチゴ完売でーす」

売れる売れる。見事大ヒットし、ものの二時間ほどで売り切れてしまった。店内では生クリームを使ったサンドイッチを販売して、そちらも完売。とにかく忙しい一日である。
 シッカーは目が回るほどに対応に終われ、店仕舞いをする頃には動けなくなるほどである。ヘトヘトになりながら、もってきていた間食を食べる。その間も店の中で完売を告げる声か止まず、シッカーはゆっくり休むことができなかった。

「本当に忙しかったですね…最初の売り上げ具合はどうしたんですか。急に…本当に忙しくなっちゃって」

シッカーは店仕舞いをしながら、仲の良い友人と話す。この時間が憩い。仕事の後のご褒美である。
 何気ない会話をしながら、店仕舞いを終えるとミーティングをして解散する。怒涛の一日を終え、空は茜色に染まっている。
 母も恐らく店で遅くなるだろう。夕食はどうしよう。悩んだ末、シッカーは露店をチラホラと見て歩く。少し高い値段には目を瞑り、自分の欲しいと思えるものを一つだけ買うことにした。
 焼きそーば、ポテトニウム、ネットサンド。どれも美味しそうである。シッカーは露店の列を端から端まで全て見るため、人混みの中を歩いた。
 祭りというのは人の流れが遅い。皆が皆、露店をじっくり見ているから。それにしても、今日はなんだか遅すぎる気がした。まるで事故の交通整理をしているようである。シッカーは背伸びをして、先の方の景色をなんとか見ようとした。しかし人垣が邪魔をしてうまく見えない。人の合間を縫って進むと、聞き覚えしかない声が聞こえた。

「ちょっと、いけませんわ!ズルは無しですのよ!」
「ズルってなんだい、お嬢ちゃん。俺は一体いつズルをしたって言うんだ」
「食べ物をしっかりと味わっていないところですわ!作ってくださっている方に失礼じゃありませんか!」

言い争う男と女の声。女のお嬢様口調に、有り余る元気な声には聞き覚えしかない。人垣をなんとか抜けて最前列にたどり着くと、シッカーは頭を抱えた。

「私、そういう気遣い、感謝は必要だと習ってきましたわ!貴方はそうではございませんの!」

何やら説教をたれながら、右手にはフォークを持っている。そのフォークにはスパゲッティーが巻き付いていた。
 二人の近くに置かれていた看板を見ると、大食い選手権の文字があり、二人の後ろに何人か倒れている人が見える。完全に状況を把握したシッカーは、アンネの背後に立ち、モゴモゴと頬張る頭を叩いた。

「アンネさん。一体何をしているんです」

アンネはスパゲッティーで真っ赤になった口許を見せつけて、のんきにシッカーに手を振った。横の男はシッカーの登場に動じることはなく、ひたすらスパゲッティーを食い続けている。

「これはですね、スパゲッティーの大食い選手権ですわ!私今、五人抜きしてますの!」
「それは…五人抜きは凄いですね。でも、こんなところでしないでもらえますか」

アンネたちが選手権を開いているのは露店が並ぶ道の真ん中。いくら広い道とはいっても、限度がある。
 アンネは頷くと、ス皿に乗っていたスパゲッティー全てを平らげて、席を立った。勝負していた男は、アンネのからになったスパゲッティーを見て崩れ落ちる。アンネの勝利らしい。

「さあ、行きますわよ。シッカーさん」

よく分からない気まずい状況の中、アンネはシッカーを連れてまた歩き出したのである。



アンネはさっさと足を止めることなく進んでいく。シッカーは人混みの中をアンネの歩幅に合わせて歩くので精一杯であった。
 アンネをちらりと視界におさめた人はさっと道を譲っていく。まるで王族にでもなったようである。アンネが通りすぎると、人混みが元通りになる。

「アンネさん、ちょっと待って!」

これはアンネ限定の話であって、シッカーは関係ない。歩く爆弾と揶揄されるアンネの引力を恐れる人は、彼女のみを避ける。
 アンネにシッカーの声が届き、アンネは足を止め後ろを振り向いた。シッカーは謝りながら、人混みを強引に通り抜けやっとのことで側までたどり着いた。

「ちょっと、遅いですわよ!シッカーさん!」
「アンネさんが海を割った人物のように、人混みを割っていくからです。全く、貴女は人の注目ばかり集めて…」
「妬みですか?」
「呆れです」

シッカーはアンネの手を掴み、これでもかとしっかり力を入れた。骨が折れると騒ぐ声は聞こえていないフリをする。ここだけの話、シッカーは普段のアルバイトのお陰かばか力である。本人の自覚はない。
 ミシミシと骨を軋ませるシッカーは、アンネの向かうところを聞いてはいない。しかしなんとなく察しており、それはアンネの帰巣本能を知っていたからかもしれない。

「さあ、お家へ行くんでしょう。行きましょう?」
「凄いですわ!私、一言も家へ帰るなんて言っていませんもの」

喜ぶアンネを適当に相手し、シッカーは割れる人波をズンズン進んでいった。
 家に着いた頃、屋敷にはメアリッサのみで他には誰も居らず、静かであった。珍しいこともあるものだとシッカーは静かな屋敷の内装を眺める。いつもと変わらぬ内装だが、どこか寂しげに映るのは気のせいだろうか。

「それで、シッカーさん!私面白いことを聞きましたの!」

いつにも増して上機嫌なアンネが、目を輝かせながら話し始めた。シッカーは適当に聞いていたので、話の脈絡は分からない。だが、アンネが嬉しそうにするのは厄介事だと相場が決まっていた。嫌な予感がする。

「何でも王城でとある宝物が展示されるらしいですわ!最近は一目にすら晒されていなかったもので、人の目があるところに出るのは数年振りなんだとか!」

アンネは宝石のように輝く瞳をして、シッカーに顔をグイッと寄せる。そして何度も瞬きをした。視線が深く聞いて欲しいと訴えている。
 シッカーはスルーしよとしていたが、根負けをして仕方なく聞いてあげることにした。

「それで、その宝がどうしたんです?」

王城に展示されて、それを見に行けるとでもと続けた。王城は誰でも出入りできるところではない。貴族、その中でも上位一部が許されるこではあって、庶民や下級貴族は決して許されない。
 シッカーの話を知っていると一蹴し、アンネは口許を緩ませた。そして盛大に吹き出し、笑い転げ出した。アンネの奇行にシッカーはため息をついた。

「それで、続きを聞きたいのですけど」

笑い転げるアンネを無視して話を続けると、アンネはピタリと笑うのをやめ席に着き直す。そして今度は真剣そのものの表情で話を続けた。

「申し訳ございません。丨淑女《レディ》に反する行動でしたわ」

今までの行動全てに淑女の欠片は砂粒ぐらいしかなかった。シッカーは何も返さず無言であった。

「その宝物なのですが、盗まれようとしているそうなんですの」

紅茶を吹き出しかけた。何とか堪えてシッカーは咳き込む。

 アンネはことの発端から語り始めた。



 選手権が始まる数分前のこと。アンネは露店をコンプリートし終え、ただ暇潰しに何度も道を往復していた。そこでふと、道の端っこでヒソヒソと話す集団が目に入る。何となく奇妙で近づき難いその集団に、アンネは自ら突っ込んでいった。

「そこの方々、宜しければ勝負しません?」

アンネは集団に声をかける。勿論アンネを女しかも子供だと見くびる集団は、適当にあしらおうとしたが、アンネは簡単には引き下がらなかった。
 アンネは考えた。彼らはどうしてここにいるのかと。祭りに来るのは、祭りに参加したいからに違いない。そう判断した。

「…強盗、ですわね」

アンネは目を鋭くして言った。集団にざわめきが広がる。一方でアンネは全く気づく様子はなく、その場で思い付いた推理を展開する。

「私、感じますのよ。貴方方は、強盗…いえ盗賊ですわね。盗みたいものは、宝石…かしら。一目に晒されず、ずっと隠されているもの」

アンネはツラツラと話す。集団の中からは殺気のようなものが溢れていた。

「それで、お嬢さんはどうするんだ?俺達を通報するのか?」
「いいえ、しませんわ。私と勝負してくれれば、それでいいんですの」

集団の中から出てきた男が、アンネを睨み付ける。アンネは睨まれていることにすら気づかず、男を目付きが鋭い人物だと思い込んでいた。
 決定的な証拠がないにしろ、アンネは集団の正体を見抜いていた。集団の正体はアンネのいう通り、盗賊だったのである。アンネはそんな危険人物たちによく分からない大食い勝負を挑んでおり、盗賊たちには賭けに乗ったところで利益がなかった。アンネを殺してしまえば、何もかもお仕舞いだったからである。
 だが、それでも盗賊団は賭けに乗った。祭りで気が舞い上がっていたのかもしれない。アンネはそれで一人目に勝利した時点で、景品に情報を得ていた。だが、遊び足りず六人抜きしたのである。 




「流石に、冗談にしては酷すぎますね」

シッカーはメアリッサに淹れ直してもらった紅茶に口を着けた。アンネの話は荒唐無稽もいいところ。アンネと大食い勝負したのは、盗賊団(仮)で勝った景品に情報をプレゼントしてくれた。もらった情報というのが、王城に盗みにはいるという話。そんな重要な話をアンネにする訳がない。第一、アンネを殺してしまわなかったのが謎である。
 つまり、アンネの遊びに付き合わされた可哀想な人たちと言うことだろう。

「それで、私たちで王城にそのお宝を見に行きませんか?私見てみたいんです」

またアンネが爆弾を投げた。

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