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ときをうたうもの 第壱話

あらすじ

舞台は日本のある都市。事の始まりは、母の日のことである。
大学生の蛍火ルカは、銀行強盗をきっかけにとある青年と出会う。不真面目、気ままを体現するような彼は、なんとも神秘的である。
どこか乾いた感性のルカと青年のどこか切ない恋の物語が幕を開ける。

第一話


「キャーー!!」

一体何なのだ。どうして私はこんなことに巻き込まれているんだ。この世で生を受け早数年。僕は何か大ごとを起こしたつもりはない。本当に。モブも目も見張るほどの活躍のなさ。それに加えて、何事にも動じることのない無表情。決して感情がないというわけではなく、ただ使わないだけである。
そんな自称無害な私は、絶賛命の危機に直面している。どういう訳かというと、こういうことである。

「このガキがどうなってもいいのか」
「状況が分かったなら、全員手を挙げろ。いいな、下手な真似をすればこのガキの頭に風穴があくぜ」

分かったらさっさとしろと覆面姿の強盗たちが叫んだ。客たちは最初状況が読み込めず呆然としていたが、強盗たちが銃を向けるとすぐに従った。強盗の指示で、あらゆるところの出入り口にカギがかけられる。私は世間ではやっているソシャゲなるゲームなどしたことがない。それ故、銃の説明ができないのは勘弁してほしい。


ゴリっと何か固いものが強く押し付けられる。ああ、そうだった。そこで我に返る。
_私は人質にされていたのだった。
さっきからこのガキ呼ばわりされ続けていたのは僕で、人質にされたのは私。面倒になった。どうして今日に限っていつもは誘われてもいきはしない買い物の荷物持ちなんて引き受けたのか。今日が母の日だったからなのかもしれない。確か朝の占いで言ってた気がする。今日の獅子座の運勢は最悪。出かけないほうがよく、引きこもれと。

「おい、お前。このかばんに金を詰めろ」

急に解放されてかと思えば、そんなことを言われた。そして、強盗は私に空っぽのカバンを差し出す。ロゴがかすれて見えなくなっており、随分と使い古されたものだとわかる。最近購入したものだと、ロゴや最近の監視カメラの情報を探られればすぐ足がつくためその対策…とかだったりするのかもしれない。

僕は大人しくカバンに誰かに渡されるはずだった金を入れていく。何万あるのだろうか。私の小さな手では一回では掴めきれないほどの厚さだ。手元にあった金がなくなると強盗は銀行員の一人を使って、金を引き出させた。その間も私は人質として捕まったままだった。ふと思う。母はこの状況を見て何も言わないのだろうか。普段なら、口が閉じることも忘れるぐらいには騒がしいというのに。そう思い、私は振り返った。強盗が何やら呼びかけているが、不思議と耳に入ってこなかった。
銃口が向けられているにもかかわらず、私は首を動かして辺りを見回した。結果だけ言うと、母親はいなかった。どうしてなのだろう。さっきまで一緒にいたというのに。まさかと思うが、早々に逃げたか。そんなまさか。否定したいところだが、母親の性格をしている人からすれば、ありえない話ではない。むしろ納得がいってしまう。手が滑ったとか言いながら、ナイフをぶん投げてきたこともあった。
我ながらなんて薄情な母親なのだろう。私たちが、心温まる家族だったころなんて何年前の話だっただろうか。いいのか、十年ちょっと真心を込めて育てた子供の命がどうなっても。いいんだろう。

「このクソガキ、お前ふざけたことしてるとどうなるかわかってんだろうなぁ」

急に襟元が引っ張られたかと思うと、私の体は宙に浮いていた。手足がブランとぶら下がり、息ができない。苦しい。首を絞めつける剛腕を引きはがそうと藻掻くが、力及ばずひっかき傷程度しかできない。何度もひっかいたが、強盗がひるむことはなかった。余計に力を強められてしまう。

「こっちには人質なんて腐るほどいる。一人や二人殺したところで、俺たちにとってはメリットしかねぇ。見せしめにもできる」

好き勝手言い放った強盗は、私の眉間に銃を突きつけた。この距離で撃たれれば間違いなく放たれた銃弾は私の身体を突き破る。何かの漫画で見た知識だが、人間は眉間に銃弾をぶち込まれると死ぬらしい。その通りだとすると私は間違いなくこの世とサヨナラだ。

人間が死ぬとき、走馬灯を見る。そんな話を聞いたのはいつだったか。生前の記憶がよみがえる。そんな現象だったか。世界がやけにスローモーションに見える。強盗がゆっくりと引き金を引いていく。碌でもない人生だった気がするが、もうどうでもいいか。
_どうせ死ぬんだし。
乾いた破裂音。頭の中を銃弾が貫いて、やがて壁に食い込んで…
首を絞めついていた力が弱まって、体が地面に落とされた。
…落とされた?
弾丸は間違いなく私を射抜いたはずだった。だが、体には風穴一つない。しかし、私の代わりに、知らない人に風穴があいていた。
はい?
待て待て待て待て。この状況はどういうことだ。あの強盗が持っている銃は、間違いなく私をとらえていた。そして、銃弾も。
なら、どうしてこんな状況になっている。ふつうあり得ないことだ。可能性は、とがった性癖の持ち主、もしくは自殺志願者のどちらか。
そのどちらかの志向を持つこの人物は私をかばった。引き金を引き切る前に、銃先を自分のほうに向けた。そしてそのままということか。
遅れて、目の間の光景にひどい吐き気に襲われた。目の前には赤、赤、赤、赤。私の顔にも何かが流れ落ちる感触がする。強烈な光景は、一生忘れられないだろう。本当にどうしてくれるのか。

「本当に撃っちまったのかよ、飯嶋!」
「だって、こいつが勝手に飛び込んできたんだよ!俺も外す気だった!田崎、お前の計画でもそうなってたろ」

強盗も突然の行動に驚きを隠せないようだ。言い争いを始めて、どんどんヒートアップしている。今は言い争いをしている場合ではないと思うのだが。しかも、お互いの名前まで呼び合ってしまっている。冷静さを失っているのだろう。あまりの間抜けさに、先ほどまでの不調もどこかに消え去っていく気がした。
 強盗たちが言い争っている間に、銀行の外には警察がやってきていたようで騒がしかった。もうすぐドラマでよくある、親御さんが泣いているぞの呼びかけが始まるのかもしれない。警察が突入するまでの時間、僕たちが無事でいられれば何とかなるのかも。そんなわずかな光明が見えた。
冷静さを失った人間は、普段では考えられないような行動をするという。自分でも理由はわからずに。それはこの状況にも当てはまっていた。

「このまま逃げ切れるとは思えない。それはお前も思うだろ、飯嶋。強盗なんてことをしでかしたからには、もう逃げられやしない」

田崎は、飯嶋の顔色をうかがう。飯嶋はうだうだと考え込んでいた。このままでは、警察に捕まる。犯罪素人の飯嶋と田崎には、それ以外の結末は予想できなかった。この計画の穴も自分たちで分かり切っていた。それでも一縷の望みにかけるしかなかった。もしこの計画が成功すれば、自分たちは生活に困ることはない。家族にも楽させてあげられるのだ。

田崎実。彼は、地方の大学に通う一回生だった。特出した能力もなく、平々凡々な人間。それが彼自身のレッテルだった。妹と弟と三人暮らし。二人とも高校生で、バイトをしているものの生活は楽とは言えなかった。苦しい生活に嫌気がさしていたある日、妹の友人だという飯嶋と出会った。飯嶋もあまり生活環境がよくないらしい。昼間から飲んだくれる母と何年も前に出ていった父親。それに、高齢になって生活が難しくなってきた祖父母と暮らしていた。祖父母は面倒を見る必要はないというものの、飯嶋はほっておけなかった。家計の収入は自分の収入のみ。どれだけ働けども金はたまらない状況に、飯嶋は嫌気がさしていた。そんななか出会った自分を理解してくれる友人。二人の仲が深まるのに時間はかからなかった。

「なあ。田崎。この間、強盗で一儲けした先輩がいるっていううわさを聞いたんだ」

ある日、飯嶋が銀行強盗の計画を持ち込んできた。飯嶋が聞いてきた噂も根も葉もないようなほら話だったかもしれない。しかし、この今にも死んでしまいそうな状況をいっぺんに覆せるような希望を捨て去ることはできなかった。そうして闇市に通いつめ、順調に準備をと整えて実行した。
彼ら自身後悔はない。ただ気がかりがあるだけ。自分が捕まった後の家族はどうなるのだろうか。きっと犯罪者の家族だと蔑まれるに違いない。自分たちが勝手にしたというのに、家族まで巻き込みたくない。捨てるには、もう…



「お前ら、そこに一列に並べ。変な真似をしたら即ドカンだ」

二人は覚悟を決めた。後戻りできないなら、進むしかない。
ここにいる人間すべて巻き添えにして自爆してやる。
何の罪もない被害者たちには申し訳ないが、運悪く居合わせた自分を恨んでもらうしかない。
強盗たちは、人質たちを全員爆弾の近くに座らせた。私も一緒に座らせられる。私の視界の端には、さっきの死体と真っ赤な僕の足跡が映り込んだ。本当に最悪な日。気分で行動なんてするもんじゃないな。
時計の秒針が少しずつ進んでいく。この間も警察による突撃の準備は進められているのだろうか。中からはブラインダーが下ろされていてはっきりと見えない。強盗たちは、逃げ出しもせずに何か話し合っていた。新たな逃げる算段を立てているのかもしれない。強盗たちがあれでもないこれでもないと話し合っていると、ピッと音が鳴った。静寂に包まれていた銀行内に小さな機械音が響き渡る。そこにいる全員の視線が音源に集中した。その間にも、チッチッチと何かを刻む音が続く。

「お、おい。何の音だ!お前ら、何かしやがったのか」

強盗の片割れが混乱して大声で騒ぎ立てた。人質たちは一斉に首を横に振る。ここで下手に刺激しないようにするためにも、きっと大人しくしていたほうが楽。きっとそう。私も同じように首を振った。

「…じゃあ、まさか…」

強盗たちの視線が、一定の音を刻む音源にむく。それは、確かに彼らが用意したもの。正確には、彼らが依頼して手に入れて彼らが使用しただけ。使い方は簡単だ。ボタンを押すだけでタイマーが作動する。そして、時間になればドカン。そう彼らは聞いていた。
しかし、彼らの意思に関係なくリミットが刻まれていった。つまり、彼らは騙されたのだ。
これには、田崎と飯嶋もどうしようもない。彼らはただの大学生であった。逃げ道はどこにもない。外には警察。中には爆弾。爆発までもう時間もないだろう。すべてを捨てたようなものだった。
彼らは、諦めた。生も死も変わらないじゃないか。諦めが思考さえもやめてしまった。

「何とかしろよ!お前らが用意したんなら、なんとかできるだろ」
「勝手にひと様を巻き込んどいて、何様よ。この人殺し!」
「俺には妻と娘がいるんだ。だから、助けてくれ!」
「先に儂を助けろよ!儂は海外にも資産を持つんだ!」

彼らは的にされた。私たちは、確かに彼らの身勝手に一方的に巻き込まれた。私たちが被害者で、彼らが罪人。そのはずなのに、なんだか可哀そうに見えた。
一方の田崎と飯嶋は、自分たちの起こしてしまった事件に対して後悔しかなかった。どうしてこんな大ごとになってしまったのか。ただ人生を変えたかった。やり直したかっただけなのに。誰のせいでこうなったのか。彼らは考えた。考えに抜いて、彼らは結論付ける。そうだ、アイツのせいだ。そうして、彼らは目の前にいる友人を睨みつけた。コイツさえいなければ、俺はこんなに道を踏み外さずに済んだ。そうお互いに罪を擦り付け合った。
憎悪と憎しみが渦巻く空間であった。それは、まるで地獄のよう。誰もが恨み恨まれた。そんな空間に一筋の光明が差し込む。

「この爆弾って、解除していいやつ?」

なんと間抜けな声なのだろう。一人の男が、人々の前に立った。そこにいる地獄の亡者たちの視線がそそがれる。
赤いシャツに、長い髪。声は低めで、どこか幼さを残した顔。

「まあ。返事なんか求めてないけどね」

青年は、問いかけの返事も聞かずに爆弾を解除に取り掛かった。

「このコードは切っていいのかな…アイツなんて言ってたっけ…そういえば、赤のコードが何とかって言ってたな。いや、この場合は青いコードから先に切断か?」

さっきまであんなに頼もしそうに見えていたのに、いつからか不安になってしまった。コードを取り出しては、ああでもないこうでもないと口にしながら青年はコードを切っていく。

「ふざけてんのか!ちゃんとやれよ!」

どこからか罵声が飛んできた。青年は、聞こえていないのか、相変わらずだった。肝が据わっているのか、鈍いのかよくわからない。
 しばらくして、青年が一息つく。どうやら、ひと段落ついたらしい。張りつめていた空気が少し緩んだ気がした。青年は伸びをして、体をリラックスさせる。そうしてもう一度爆弾処理に取り掛かろうとしたその時、それを妨げる人物がいた。

「お前ふざけてんのか。俺らの命がかかってんのに、もっとしっかりやれよ」

理不尽だと思う。自分たちではなのもしないのに、相手が遅かったり、できなかったりすると罵る。みんなできているのに、どうしてお前はできないんだと。役立たずだと。

思えば母親もそんな人だった。どうして何もできないんだ。教えたとおりにすれば、だれでも何でもできる。簡単なことなのに、どうしてお前はできないんだ。そういつも言っていた。
誰でもできる。そんなことあるのだろうか。人間は失敗する生き物。失敗をしなければ、成長できない。だから、人は一生懸命に生きるのではないのか。

「うっせえな。失敗を恐れて何にもしようとしないのは、駄々をこねる赤ん坊と一緒だぞ。
俺はこんな人生だから、いつ何時終わっても仕方ないって思ってる。でも、終わるのは自分の好きな時にだ」

彼はそう言うと、その人物を押しよけ爆弾と向き合った。良く言えば、芯が通っている。悪く言えば、自分本位。
自分本位宣言を堂々と宣言した青年は、青いコードを迷いなく切った。
すると、タイマーが切れる。なんてことは無く。倍速で進み始めた。

「あー。お前が余計な事を言うから、ムカついて切ってはいけない感じのコードを切ったじゃねぇか」

青年がさっきとは真逆の発言をする。周りにいた人質たちは一斉に少しでも生きる可能性を上げるため、一斉に部屋の端に逃げだす。四の五の言っていられない。もう強盗など、どうでもいいようだ。爆弾のほうを脅威に感じたようである。
“今の私は、赤ん坊と同じ”
私は人の波に逆らうように歩き、そして青年の横に座った。そして、爆弾を奪い取るとコードを適当に切った。本当に適当だった。赤と黄色なら、黄色のほうが好きだ。だから、赤を切る。緑と黒なら。緑のほうが嫌いだ。だから、緑は切る。そんな感じで決めた。
それだけだったのに、爆弾のタイマーが消えた。さっきまでなっていた機械音も聞こえない。どうやら、解除に成功した…らしい。

 周りでどっと声が上がった。家族や友人たちと抱き合ったり、泣き出す人までいる。さっきまでの地獄絵が嘘のようだ。

「急にやってきたときはビックリしたが、よくやったな。お手柄だ」

そう言って青年は私の頭を撫でた。私はされるがまま、頭を撫でられ続けた。
 
 やがて警察がやってきて、事態を収拾されていった。私と青年は危険なことをしたと大目玉を食らった。私たちのおかげで無事だったのだからと、処分なく怒られるだけで済んだのが救いだった。
帰り道。一人で帰ろうとする私を見かねたのか、青年が見送ると言ってついてきた。最初は断ったのだが、女性が一人で帰るには危ないと刑事に念を押されたため断り切れなかった。もしこの青年が危険思想の持ち主だったり、個人情報をばらまいたりする人物だったらどうするつもりなのか。話した感じは悪い印象はなかったが、それでも心配になる。
 気まずさに耐えきれなかったのか、青年が口を開いた。

「今日、本当に大変でしたね」
「ええそうですね」

会話は続かなかった。もとより、私があまり続ける気がない。さっさと帰りたいのだ。だから、少し足を速めて歩いているのだが、青年は余裕でついてくる。私の短い脚の一歩では、彼の長い脚の一歩にかなわない。私の一歩は、彼の半歩ぐらいになる。
因みに、彼が急に敬語で話し始めたのは、私の年齢を知ったからだと思われる。取り調べの待ち時間に軽い自己紹介をしたのだが、そのときの彼のぎょっとした顔が面白かった。
余談だが、知り合いによると、私は小学生のころから顔が変わっていないように見えるらしい。自分では大人になったと思うが、周りから見るとそうでもないそうだ。今の私は大学生。見た目は、中学生ぐらいに見えるらしい。最近の中学生は大人びた子が多いし、間違えられることはもう慣れっこだ。

「お腹すきましたね。何か食べて帰りますか」

青年が露店を指して言った。今日は何かの祭りだったらしい。そういえば、家の近くのスーパーにポスターが貼ってあった気がする。確か、水神様の誕生をお祝いするとかなんとか。

「さっきまで事件に巻き込まれていたのに、食欲なんてありませんよ」
「そうなんですか。じゃあ、俺買ってきますね」

この男は人に合わせるということを知らないのだろうか。青年がたこ焼きを買う姿を眺めながら思う。今日は厄日だ。今年で一番の。道の端っこにより、喧騒に耳を傾けていた。
今日…○○銀行で強盗…
どこからか漏れてきたそんなニュースが耳に入る。身に覚えしかないそのニュースは、無機質に情報を伝えていった。
…奇跡的に人質は全員無事…犯人は逮捕されました。次のニュースです…○○で火事が発生…
私は耳を疑った。ニュースが誤った情報を流していたからだ。ポケットに入れていたスマホで、情報を探る。
_○○銀行で強盗発生 犯人の正体は大学生!?_
_○○大学学生が強盗_
まだ新しい情報らしく、記事は少なかった。とりあえず一番上にあったものにアクセスして、情報を見ていく。簡単にいうと、結果は新たな情報はなかった。念のため、次の記事をみたが同じだった。どうしてなのだろう。ニュースにもネットにも、事実と異なる情報が流れていた。
そこで思い至る。個人的なつぶやきなら、正しい情報も上がっているのではないかと。そう思い、私はチャッティーをひらいた。チャッティーは、個人的なことやお店の評価などを自由に書き込める人気アプリである。世界中の人たちが利用しているため、多くの情報が集まる。勿論フェイクも交じっているが、今はどうでもいい。
<○○銀行 強盗>で調べてみる。すると、幾つかのつぶやきが引っ掛かった。
_○○銀行に行ったら、強盗にあった!_
_死ぬかと思ったけど、何とか生き延びた!家の飯がめちゃくちゃウマく感じるー_
などなど、ほのぼのしたつぶやきが多かった。
根気強く探していると、一番最近のつぶやきに私の求めている情報があった。
_ニュースで事件の報道見たわ。俺、被害者だけど実際とは違う。実際は、一人死んでた。これはもしや陰謀かもしれないな。このツイートが消されてたら、俺に何かあったってことで、だれか通報よろしく_
そう。確かに一人死んでいたはずなのだ。だが、ニュースでは全員無事となっている…これは本当に何かの陰謀か。もしくは…
「お待たせ。いやちょっと人が多すぎて、思っていたよりも見つけるのに時間が…って、顔色悪いぞ。どうした」
青年が私の顔をマジマジとみる。亜麻色の瞳に私の顔が映り込んでいる。まじかで見るとこの青年は整った顔立ちをしているようだ。長い髪と顔立ちがマッチして、より神秘的な雰囲気を醸し出している。
思わず彼の顔をつかんで引き寄せた。カエルがつぶれたような声を出しているが、知るかそんなの。

「ちょちょちょ…ギブギブ!俺とお前とじゃ、お前が低すぎて俺の腰が持たないって!」

何を思ったのか、青年がそんなことを言い始めた。

「何の話?一寸よくわかんないんだけど」
「お前、俺にキスしようとしたんじゃねえの?」

なんという自信過剰。己惚れすぎでは。
私はため息交じりに、手を放してやる。

「話が変わるけど、アンタさっきの強盗事件のこと覚えているよな」
「覚えてるけど…って、何か急になれなれしくなってないか。俺の気のせいか?」

青年に払う敬意なら、蒸発して消えてしまった。

「なら、そのとき死者がでたの。覚えてるよな」
私は腕を組み当然のように尋ねた。
「死者…“そんなのいたか”?」

予想外の答えに思わず声が出そうになった。あの場にいた人間なら、忘れるはずがない。あんなに血を出していたのだから。私は記憶の中の光景を思い出した。

「きっと勘違いだろ」
「そんなわけない」

と思わず言い返そうとした。
その時、花火が上がる。明るい光は私たちの視線を釘付けにしてしまった。思わず見とれていると、誰かに突き飛ばされる。倒れこむと思い思わず目をつぶりながら、こけた時のために手を前に出した。しかし、地面にぶつかることはなく、急に私は腕をひかれる。勢いに負けてよろけてしまい、引っ張られるまま倒れこむとがっしりとした何かにぶつかった。そして、そのまま支えるように抱き寄せられた。

「あっ…すみません」

すぐさま謝罪をする。顔を上げると、青年がいた。つまり、青年の身体に抱き着いているというわけだ。

「お前、ひょろいよな。ちゃんと食ってるか?」

その一言は、青年にきっと悪気はなかった。そうわかっていても、何かこう湧き上がる羞恥心が私を衝動的にさせた。

「ぼ…僕は…この変態野郎!」

青年を押しのけると私は花火会場に向かう人波に逆らい、出口に向かっていった。

大鳥居の前まで走ってくると、そこで一息ついた。青年には悪いことをしたと思う。彼は助けてくれただけだ。自分はパニック状態なのかもしれない。いったん落ち着け。そう深呼吸だ。大きく息を吸って吐く。また吸って吐いた。

「よし」

そう言って頬を軽くたたいた。もう一度、戻って彼に謝ろう。見つからなければ、それはそれでまたの機会にするとしよう。また会えるか分からないけど。
私はもう一度、踵を返してさっきの場所まで引き返した。
 首を右に動かして、左に動かす。また右動かした。それでも彼は見つからなかった。青年が高身長だったとはいえど、この人多さでは見つからないのは当たり前だろう。
花火も打ちあがりきってしまい、大勢の人が帰っていく。これは青年も帰ってしまうだろう。そう思い、私も帰ることにした。人波にもまれながら、間を縫って少しでも早く帰ろうとした。
視界の端に、赤いTシャツが映り込んだ。しかし、すぐに見えなくなってしまった。青年かもしれないと思い、見覚えのある色に思わず追いかける。

「待って!」

そう言って赤いシャツの裾をつかんだ。グチャっという音と少し湿った感触がする。

「ん?…嗚呼、あの偽餓鬼か」

青年はこちらに目線をやった。良かった。合っていた。とホッとしながら、胸をなでおろす。ふと、手元に目線を戻すと手が血だらけだった。

「えっ!」

思わず目をぎょっとさせた。青年が、私の手を握りハンカチで擦る。

「まだ乾いてなかったか…」

ぼそっとつぶやくような声だった。“乾いていなかった”とはどういうことだろうか。

「もしかして、まだ怪我をしてるの」

私はすぐ手を振り払い、彼の身体をペタペタと触った。しかし、裾以外は濡れてなさそうだ。

「問題ない。怪我しても軽症だし、俺は死なない」
「何言ってる。あっさり人は死ぬ」

僕の言葉に、青年は自嘲気味に笑った。

「なら、俺は人間じゃねぇんだろうな」

そう言って彼は、僕の手を強く引いて自らの顔に近付ける。

「あーあ。素直に帰っておけば、何も知らずに済んだのにな」

彼は、僕の手で自分の頬をひっかいた。白い肌に赤い線が走った。そこから血が滴る。そして血が地面に落ちる前。その直前に、蒸発した。
目を疑う光景だった。顔を上げると、そこには顔に傷のない彼がいた。

「まあ、そういうことだ」

にこやかに言う彼。
予想以上の面倒ごとに巻き込まれた気がしてきた。



「ついでに、俺と契を結んでくれよ」



そういえば、今日は朝からいい天気だった。


第弐話

#創作大賞2023

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