魔女。。。

蘭_

①花。ラン。

②国名。優雅と美の街蘭。盛んに人の往き来が盛んであった。XXXX年に崩壊。王✕✕✕の暗殺のため、姫◯◯◯が即位。即位式のその晩。王女◯◯◯は身を投げて死亡。








 メイドや執事が城の中を往き来する。我らが父の誕生パーティーのためである。国を上げて祭りをしている最中だというのに、もう次の祭りの準備らしい。ずいぶん忙しい。

「ミコト姫さま。ジュン様がいらっしゃっています。いかがなさいますか?」

朝からメイド長の説教を受けただでさえ、下がり気味のテンションがまた下がる。読んでいた書類から目を離し、頭を深々と下げる執事を見る。執事は目を合わそうとせず、一向に反らされてばかり。悪女の噂の影響だろうか、とって食いはしない。

「いいわ。通してちょうだい」

執事が廊下に姿を消す。見られる訳にはいかない書類を箱に隠し、軽く服を整える。そして来客用の椅子に腰かけた。目を閉じ、気を引き締める。相手はあのジュンである。
 ジュンもといジュラン・トリーは、私の婚約者である。形だけの。姫という立場上、政略婚が当たり前、恋愛婚なんて望めないのは分かっていた。それでもせめて気の合う人と結婚したい。
 理想だとは分かっていたが、現実の婚約者は_

「やあ、ミコト様。お久しぶりでございます」

目を開く。いつの間にか入ってきていたジュンが隣に座ってきていて、私の肩に手を寄せる。ジュンをあまり好ましく思っていない理由の一つ。スキンシップが誰に対しても口説くように近く、そして触ってくる。
 引きつる口許を理性でなんとか抑え、目を笑わせて朗らかな声で声をかける。

「まあ、ジュン様。驚きましたわ」

純粋な姫。猫を被らなければ、蘭に広がる悪女の噂で私が振られていないのが奇跡なのだから。ジュンが噂をも理解できない愚か者なのか、それともいつでも切り捨てられる駒として保有されているのか。現状の圧倒的に後者であるが、蘭の国力は強い訳ではない。国民たちに私が迷惑をかけるわけにはいかなかった。
 純粋そうに笑うミコト姫が大層お気に召したらしく、ジュンはミコトの腰に手を当てる。

「絶対に気付いていたクセに、何をいっているんだい。全く…そんなに私に触ってほしいのか」
「ッキモ……さっきも言いましたが、驚きましたのよ」

ついつい本音が出てしまい、なんとか取り繕う。ジュンが触れたところから寒気が迸る。ジュンはベタベタ触ってきたかと思えば、向かい合わせに座り直した。そして、爆弾発言をする。

「僕たち、結婚しようか」






「はい?」

急に何を言い出すのやら。思わず持っていたカップを落としそうになる。けっこん。ケッコン。結婚!?
 言葉を理解した途端、席を立ち上がる。そして机を勢いよく叩いた。

「そんなに嬉しいか。僕も嬉しいよ」

話が飛躍しすぎである。急に結婚の話など、そんなことあっさりと出来る訳がない。今は父の誕生パーティーで大忙しだというのに、そんな余裕どこにもない。それにロマンの欠片もない。
 勝手に動き出す右手を左手で押さえて鎮める。そして咳払いをして、気持ちをマリアナ海溝よりも深く落ち着かせた。

「まあ、落ち着いてください。ジュン様。私たちはまだわが父の誕生パーティーの準備中なのです。そんなに急いてはことを仕損じますから、お互い落ち着いてから話を進めませんか」
「それはそう…ですね。失礼しました。ミコト様が僕との結婚を望んでくれて嬉しかったよ。また後日正式に書状を送らせていただきます」
「え、ちょっと待って」

呼び止める声を聞こうとしない様な声量でジュンは何やら歌を歌いながら、スキップで部屋を出ていこうとする。私はジュンの腕を掴もうと手を伸ばすが、届く前に部屋の前で待機していたジュンの護衛によって阻まれた。そしてジュンは何事もなかったかのように部屋を出て行ってしまった。パタンと扉が閉まる。
 態度でよくわかる。ジュンの護衛にはすっかり嫌われているのだろう。恐らく、彼も私の噂を聞いたから。それで主を汚させまいと、いろいろ手を打ってくるのだ。
 伸ばした手が空を掴み、その先に何もないのを知って心が騒めいた。手を下ろし、執務机に戻る。仕事で手一杯にすればきっと嫌なことは忘れられるだろう。懸命な姿を見れば、誰かが考えを改めてくれる。そう思っていた。


 一週間後。私はまた城を抜け出した。城の中にいるのは嫌気がさしてしまった。否でも聞こえてくる私の噂。人が私を見る目には恐怖が映っていた。私はそんな人物ではないと言っているのに、自分の中にある優しさが毒されていった。そんな気がした。
 いつもの衛兵は私の顔色を見ると心配そうな表情をしていた。事情を聴かれたが、何でもないと答えると納得して通してくれた。彼には感謝しかできない。城門を抜けて街に入っていく。街では相変わらず盛り上がっていて、心が少し楽になったような気がした。
 以前、アンネたちと出会った場所へ足を運ぶ。辺りを見回してみたものの、それらしき人物はいなかった。やっぱり会えないらしい。待ち合わせもしていないのだから当たり前だった。少し寂しいような気がするが、家に押し掛けるのも申し訳ない。
 楽しそうに語らう人の間を縫って、街の中を歩いた。どこもかしこもお祭りムードで、街の雰囲気が明るい。荒んでいた心が少しずつ癒されていく。

「すみません。串焼きを一つ頂きたいんですが」

持って来ていた少量の金貨で串焼きを買う。金貨を差し出すと赤いような青いようなよく分からない表情をして店主が震えていた。体調不良かと尋ねるが何もないと返事をされ、結局分からず仕舞いで店から離れることになった。アツアツの串焼きを立って食べるのは品が悪い女とみられる可能性もあるため、人が少ない且つ休める場所を探して歩き回った。
 たどり着いたのは噴水だった。蘭の観光名所にも入っているらしいこの場所に人がいないのは珍しい。噴水に腰掛け、串焼きを食む。口に広がる肉汁が美味しい。噛むたびに口に広がり、口角が上がってしまう。普段の高級品も味は美味しいが、こちらの夜店の食品も美味しい。味の系統が異なっていて、ミコトの好みは夜店の方が好みだった。

「返してってば!」

子供の泣き叫ぶ声が聞こえて、顔を上げた。辺りを見回してみると人目に触れない路地で複数の人影が見える。最後のひと塊を頬張りながら、その路地をじっと見つめていると子供がまた声を上げる。返して、と。それに続いて男の声がした。まだ成熟前の子供と大人間のような声にも聞こえる。返さないと子供を怒鳴りつけており、子供は必死に抵抗しているようであった。
 串焼きを最後まで頬張り飲み込む。そして手についたソースと油を舐めると、徐に立ち上がった。そして路地まで歩み寄ると、中を覗き込む。確かに子供と青年がいた。青年の手には何やら袋が入っていて、子供が必至に取り返そうとしている。

「返してってば」
「返してほしけりゃ金を払え。お前、うちの背用品を盗んだんだから、盗まれる覚悟があるんだろう!そうでもなけりゃ盗みなんてしないよな!」

子供が飛び跳ねて取り返そうとするものの、青年に手を伸ばされては届かない。子供は盗みをしたのだから、罰を与えられて当たり前だ。これがその罰であるのなら、それに口を出すのはいけないことだと思った。

「俺は殴られてもいいけど、それだけはダメなんだ!母ちゃんの形見なんだ!だから返してくれ!」
「ダメだ。お前がその形見を大切に思うように、俺にとっても商品は大事なモノなんだ。お前だけ得をして、俺はどうでもいいってのか」
「そうじゃないけど…お願いだ返してくれ!もう二度としないから」

どっちの主張も納得できる。子供は大人の世界を知らない。大人は子供を守ってやることができるが、守ってもらえない子供はどうなるのだろうか。
 一歩進むと、子供の姿が月明かりに照らされた。全身ボロボロの孤児だと思われる容姿。祭りにはふさわしくない格好である。表情もどことなく攻撃的で、楽しさを感じられない。普段見て見ぬふりをするが、今日は祭りである。皆が皆夢を見ていい日。

「あ、あの。つまりお金を払えばそれを返してあげてくれるんですね」

声をかけていた。青年は眉をひそめてこちらを伺う。

「そりゃそうだが、お前は払えんのかよ」

青年が子供を見、子供は首を横に振った。分かっていたことだが、さの子供がないなら誰かが出してやればいい。私は懐から袋を取り出すと、青年に差し出す。青年はオズオズとそれに手を伸ばし、受け取ると袋を開けた。

「それで許してあげてほしいの。どうか、どうか穏便にね」

子供をチラリと目を遣ると、子供とバッチリ目が合った。純粋な瞳は綺麗すぎて、こちらが心の底まで見透かされている気がして目を背ける。
 青年は私と金貨の袋を何度も交互に見て、舐めるように一枚一枚確認した。

「偽物ではないですよ。気が済むまで確認してもらって構いません」

突風が吹き荒れ、髪が揺れる。その舞う髪をみて、男がハッとした表情をした。そして震える手で、私を指差す。

「お、お前まさか…あの魔女か。この国に破滅の呪いをかけたっていう、姫ミコトか」

男が顔を真っ青にして、追い払うように子供の持ち物を私に投げつける。顔面にあたってそこそこ痛かったが、地面に落ちる前になんとか抱えた。
 青年の姿が消えたのをしっかりと見送る。そしてそれを子供に手渡し、しっかりと握らせた。

「二度と離すんじゃないよ。お母さんの形見なんでしょう?」

子供は首を縦に何度も振る。そして泣きながらありがとうと言い、鼻水を乱暴に拭った。なんだか笑えてきて、持って来ていた手拭いで子供の顔を丁寧に拭いていく。雑に擦ったせいか真っ赤になっており、子供らしさを感じた。

「お姉ちゃんは魔女なの?」

子供がコテンと首を傾げる。もし私が魔女であったなら魔法を使い好き勝ってして、件の令嬢をコテンパンにしていただろう。

「どうなんだろうね」

厳密に違うとは答えなかった。魔法は使えなくても、国を惑わせているという点においてなら間違いはなかった。
 子供ははっきりとした答えを聞けずもやもやとしているのか、何度も魔女かどうか尋ねてくる。のらりくらりと交わしていたが、子供が思ったよりもやり手で話を逸らすことができなかった。子供は私の正体を明らかにせんと躍起になっていた。
 流石に流しきれないと思ったとき、救世主メシアが現れた。

「一体何をしていらっしゃるの?」

先程まで探していた声が聞こえ、顔を上げるとその人物の表情が晴れ渡る。

「まあ、ミコトさん!お久しぶりですわ!」

アンネ。探していた人物だった。




「まあ、お座りになって」

とある店に案内され、私は促されるまま席に着いた。祭りの最中らしく、店の中は大賑わいだった。アンネはいつものを注文し、困った私も同じものを注文する。
 注文を待っている間、口火を最初に切ったのはアンネだった。

「驚きましたわ。言い争いが起こってるって聞いて野次馬根性で辿り着いたら、ミコトさんがいらっしゃったのですから」

アンネは上品な振る舞いをする。アンネ・ロプックロル。調べてみたところ、意外と大物だった。宰相の従弟の娘で街に住んでおり、あだ名は歩く爆弾。物騒としか言いようがないあだ名にも、しっかりと根拠をつけるように彼女はトラブルメーカーである。

「まあ、私も偶然だったというか…」

状況をアンネに説明したが、勿論魔女のくだりは省いた。話したって仕方ないだろう。アンネのような友達を失うのはつらい。

「そうなんですのね。やっぱり私たちは運命!」

アンネの飛躍した妄想劇場が始まりそうになり、私は話の舵を切った。

「そういえばシッカーさんはご一緒では…?」
「シッカーさんでしたら今日は来ませんわ。今日は店の売り上げを伸ばすんだって張り切っていましたから」

何だか想像できて、吹き出した。アンネはニコニコと笑っていて、普段のいつ火がついてしまうか分からない導火線は処理されているようだった。
 ここ最近あった日常を話して、注文したものを食べる。いつも食べている高級品ではないが、それを上回る極上のスイーツの味がした。甘くて、酸っぱい。少しキツイ酸味が癖になる良いケーキだったと思う。きっとアンネと食べられたことも味をより向上させているのだろう。
 アンネは無邪気に笑う。誰に対しても。平等に。でもその笑顔は、純粋で綺麗で見る人を魅了する。私がする愛想笑いとは大違い。

「アンネさん、私聞いてみたいんです」
「ミコトさんからのお話ですか?嬉しいですわ!ミコトさん、いつも私のお話を聞いて楽しそうにしてくれますが、自分から話してくれませんもの!」

アンネは大きなぱっちりとした瞳を私に向ける。さっきの子供も同じような瞳だった。その瞳がアツい。

「私…ちょっと苦手な人がいるんですけど、話を聞いてくれなくて」
「居ますわね!そんな人。こっちは違う話をしているのに、勝手に紆余曲折に理解して話し出すのですから」

完全にブーメランである。私はアンネに笑いかけるしかない。

「それで、その方がどうかしましたの?」
「私はその方と懇意にしないといけなくて、私はどうしたらいいのでしょう」
「それなら、金的!金的ですわ!ありとあらゆる男に聞きました!金的は痛いと!」

穏便にしたかったが、アンネは「金的!」と叫び周りの視線を集めている。しかしすぐに視線は違う方に移っていった。慣れを感じる。

「その…暴力的なのは遠慮したいのです。一応、我が家にとっては大事な人なのです」

アンネはあれこれとぶつぶつ呟き、結論はやはり金的に直結した。相談する相手を完全に間違えたのかもしれない。
 二時間ほど話した後、アンネを送り届けるために店を出た。アンネは見送りはいいと断っていたが、こんな遅くに女性が出歩くのは危ない。しかもこんなにも素敵な女性だ。人攫いにでも目をつけられたら、アッサリと捕まってしまうだろう。
 アンネを家に送り届けると、アンネの世話役というバッチャンさんとメアリッサさんが待っていた。その表情は笑顔だが、何か背後に般若がいる気がする。アンネは二人を見た瞬間、逃げ出そうとしセバッチャンさんに捕まって屋敷の中に消えていった。
 私は呆然と聞こえる悲鳴を耳にしながら、屋敷の方を見つめる。メアリッサさんは私に近づいてきて、ヒソヒソと話し始めた。

「あんな小娘ですみません、殿下」
「え、あ、い、いえ。も、問題なんてございません」

メアリッサはヒソヒソと話しながらも、頭を深々と下げカーテシーをする。私はちゃんとした姫扱いに戸惑い、なぜかアワアワとなぞのダンスを繰り出した。それを見たメアリッサは微笑む。

「慌てなさらず、大丈夫です。お忍びということは理解しております。アンネ様の面倒を見ていただき、感謝申し上げます」
「…い、いえ。アンネさんは素敵な女性です。不思議な魅力をもっていて、周りは彼女の引力に引き寄せられていく
もしかすると、世話をされていたのは私の方かもしれません」

メアリッサは私に対して、畏怖を抱いていない。敬語ではあったが、率直な物言いでズバズバ言ってくれるから、無駄な探り合いがなく心地よい。
 軽く雑談をした後、私は帰路に着いた。メアリッサは馬車を出そうかと聞いてくれたが、目立つからと断った。アンネの周りには素敵な人ばかりだった。本当にアンネ引力があるのかもしれない。少し弾む気持ちで、城門からこっそり帰った。



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