逸脱

空気の澄んだこの山小屋では
とおくの白色都市から送られてくる衛星信号が
ノイズなくよく聞こえる。
私たちは毎朝
無彩色の森にひびく野鳥の機械音声のなかから
衛星信号を聞き分け
それを記録する。
記録した信号に重要な暗号が含まれていると
私たちは信じていた。
しかし、私たちの誰一人として
その解読に成功しなかった。

ふねを持たない私たちは
この島から出ることはできず
そしてこの山から下りることもなかった。
日に日に濃くなる霧の色が
私たちの決断をいっそう難しくした。
崩落する白色都市が放つ
特有の波形が
おおよそ週に一度の頻度で観測された。
帰結を悟った私たちが
白色都市からの脱出を試みたのは
わずか三年前のことだった。

脱出ののち航海をつづけた私たちは
いつしか目的地を失い
見えない大きな渦に巻き込まれる
錯覚をおぼえた。
南天の星空の下
えいえんに燃え続ける十七の難破船を
私たちは目撃した。
漂流をつづけた私たちの
漂白された夢が
焼け落ちる音をそこに聞いた。

凍りついた夕日の下で
私たちは呪詛のような懺悔をはじめた。
山を下りるために必要な
資材の計算をはじめた。
小さなほこらを建て
まだ見ぬ祭神を祀った。
そして私たちは
これから誕生するはずの
八十九番目の星座に
祈りをささげた。