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なりゆき

 彼は正義のために身を尽くして死んだ、いや、自らの死を以って愚かな者たちの救済のために死んだ、と彼の信奉者たちは山の上へと運ばれていく亡骸の横で口々に賛辞を送っていたが、それを眺めていた青年はあまりの滑稽さに笑いを噛み殺していた。葬儀の列をそんな風に笑うものじゃない、と青年の後ろで姉が諭している。彼は振り向くと、姉の持ってきたコーヒーを飲みながら言った。

「父さんはもしかして彼処にいるかい。」
「ええ。朝早くから。」
「あーあ、信じられないよ、僕は。」
「何が?」
「"あれ" と僕は血が繋がっていながら、どうしてこうも違うんだろうね。」
「親子って、そんなに似るものかしら。」
「君と母はそっくりだよ。」

 そう言われて目をぱちぱちさせる仕草こそ姉と母はまるで一致していたが、当人同士は気付かないらしい。参列者の一人が泣きながら何かを叫んでいる。早すぎる彼の死を痛切に悲嘆しているのであろう。一番最後を歩くのは誰かの娘と思しき子供だった。誰かに持たされた花を一輪掴んだまま、何処か退屈そうに大人たちについていく。この先に甘いケーキでもあれば彼女も楽しめただろうが、山の上には何もない。紅茶の一杯さえ恵んではくれないのだ。

「彼の何がそんなに気に入らなかったの?」
「彼奴は、空想を敵視してたんだ。空想の中の敵がどんどん大きくなって、それを倒すために奴は死んだ。あの連中はそれを正義だ何だと誤解して、気がついたら全員でああなってたのさ。」
「よく分からないわ。貴方の話は。」
「敵なんか最初からいないんだよ。」
「そうかしら。」

 コーヒーの苦い味が舌の根に染み渡る。青年は姉の脳裏に母の顔が浮かんでいるのを予想した。秘密裏に結ばれ合っていた彼女と男の仲を最後まで糾弾したのは母だった。青年は姉のために、やや粗野でふてぶてしいところのある男を彼なりに弁護をしてはみたが、母は目をぱちぱちさせて強い拒絶の意を示すだけだった。

「姉さんはあの男をどう思っていた?」

 姉は今しも部屋を出ようとしていた。

「男なんて知らないわ。」

 青年はまた笑ったが、姉はその頃もう廊下を歩いていた。葬儀の列は通りからすっかり消え、向かいの老婆が道を掃く断続的な摩擦音だけが響く。彼の作る敵は消えた。これで少しはこの街が平和になるといい、と青年は鼻を鳴らした。


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