神楽のトランスと柱

この前SNSで神楽の話になっていて、

なんとなくこの話題に触れたくなったので書きますね♪

わたし、神楽も修行中なんですが

始まりは、、4年前、

鬱になりかけてしまった環境から抜け出ることができ、

その感謝をしに神社に参拝した時、

いきなり、"舞をしなさい"と言葉が降ってきて

これはせねば!と(←ちょろい人 w)

でも、一般人がどうやって神楽をさせて頂くことができるのか?と、

色々ネットで教室を調べてもみんな遠くてめちゃくちゃ高いし💦

これは、個人でやるか!と、

明治神宮の浦安の舞の動画をYouTubeで見て学び続けること3ヶ月位

そのタイミングが来ます。

。。。引き寄せってのは本当に引き寄せてくるんですわ。。笑


その時はちょうど、

噂の(笑)ピアノの先生の自宅で

お孫さんの保育依頼を受けて、派遣保育士みたいなことをさせて頂いてたんですけど、

保育としてお会いしておしゃべりをしていた時、偶然、私と同期のピアノレッスンメンバーの話になり、

何故かある子の話題になって、

その子の習い事がおしゃれだったって話になって

その、習い事というのが、神楽だったんですよ。

びっくり仰天してしまった私は、ずっと神楽が習いたくても機会がなかったから動画で見よう見真似で覚えていたことを先生に話すと、

「これは行けってことよ!」と、

すぐその場で、神楽舞を習っていたそのレッスンメンバーの子に電話してくださり、神楽の稽古先を教えていただいたのですよ!

ただし、そこは高校生までが対象。

。。。ダメ元で聞いてみるか、と、

年齢を言うときはかなり恥ずかしかったですが、

恐る恐る聞いてみたら、なんと!OKをいただき✨✨

そこから私の本格神楽ライフが始まったんです。

いや、本当に引き寄せってあるんですよ。

しかも、想像を越える形で引き寄せて誘ってくれるんです。


そして、しっかり稽古ができて本当に良かったんです。。

見よう見真似でやってきた舞が、いかにただの模倣だったかを痛感させられました。

所作一つ一つの動き、繋ぎからの流れ、

舞の歌の意味までしっかり教えていただけるんですよ。


そして、今踊られている舞の歌が実は結構最近のものであることも。

(神楽の代表である浦安の舞も昭和天皇が歌われたもので、なかなか最近なのよ。。)

そもそも今の形の舞自体が、神おろしというよりも優美さと、献上という意味合いが強い八乙女舞ですしね。

それでも、術、というと大袈裟かもですが、

やはり舞うという行動の中にある意味合い的なものは生きていて、

よく口酸っぱく言われる、

所作一つ一つ意識を向けつつも部分的な動きで絶対切れないようにする。。ってのも

もちろん、優雅さが際立つという技術の面もありますが、

その一連の流れで一種の現象のようなものを体現できるから、と私個人では感じています。

ちょうど、「君が代」の最後の、".苔のむーすーまーで"の所を、息継ぎなしで歌わないと呪術としての効果がなくなる、みたいな感じですね。

特に浦安の扇の舞で、後半で大きい扇をゆっくりゆっくり回していく動作に入るんですが、

この動画の5:00からの動きですね。

あそこで私はいつも巡りや、太陽の輪郭をなぞっているようなイメージを感じます。

また、稽古の際、1番口酸っぱく言われるところが、

揖です。

揖とは、つまりお辞儀のことです。

皆さんも神社参拝する時に二礼二拍手一礼をするとお思いますが、あれですね。

神楽の時は舞う前の揖(45度)ですが、

この揖がしっかり整うまで次に進みません。

ひどい時は全員揃って整うまで15分くらいずーっと揖をくり返す時もあります。

それだけ重要な儀式の過程なんです。

これは、揖で自分のエネルギーを地に繋ぐ、グラウンディングをする意味があるのだと感じます。

そして、2番目に口酸っぱく言われるのが、背筋、

天から糸が降りてきてそれに動かされるイメージで、

身体の軸から先に行かない!!軸は真っ直ぐ貫くイメージを崩さない!これも本当に言われますね。

基本的に所作がゆっくりなので、結構際どい姿勢を維持する時もあり、背筋、軸を、ぶらさないって、かなりキツイですが、これは天からのエネルギーとの繋がりが切れない為。

注意を受けた時に私は心でそう意味を受けとりました。

揖で地、姿勢での軸の意識で天と意識を繋ぐ、

地球から天に続く光の柱のようなイメージ。。

まさに神様に感謝を献上する一柱と化すってことなんでしょうね。

何時ぞやかカタカムナのTwitter BOTで、舞は自らが天と繋がり光の柱になる的なコメントもすごく納得できました。

舞が踊れるようになると、いよいよ奉納として舞わせて頂けるのですが、

最初は動きを忘れないように、とか、4人舞の時に、合わせられるか、とか、そうゆう心配とかがメインになるんですが、

何回か奉納させて頂くごとに、たしかにその心配も未だにありますが

本番が近づくとそういった雑念が薄れていって、

舞う頃には、ほぼ無になってることが最近わかりました。

何回かお祭りで奉納させたいただいてるんですが、

3、4回目くらいかな?

なんか、本当に、スローモーションというか、

神楽の音も無く感じた時が一回ありました。

これがトランスかな??と思った瞬間でした。


4人舞とかでも、なんとなくペアの巫女さんの動きが空気の振動でわかるので、肌で合わせてる感じ?

指先がすごくビリビリするんです。

もっと集中できてる時は、合わせようとすら思わず、

神楽太鼓の、最初の2音だけ聞いて、

しゃべるように自然に動く時もあります。

今はコロナで稽古も奉納も中止になっちゃってますが、

この舞の姿勢を忘れないように、個人でも練習しとこう。。。

まだまだ話すことがあるんですが、もう歯止めが効かないので今日はここまでにします!

最後まで読んでくれてありがとう✨✨





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