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【実話/創作】怪談7話

1.夜釣り

 実話。私が生まれるより前の話。
 祖父が友達と、湖で夜通し雑談しながら釣りをしていた日のこと。
 夜明け前、空の白み始める頃でした。パシャ、パシャと水音が聞こえてきたそうです。なんだなんだと様子を伺うと、いつの間にやら湖上にボートが浮かんでおり、船上の人物が長い棒で水の中を突いたり、かき回したりしているようです。そんなことをされれば魚が逃げてしまいますから、釣りどころではありません。一体なにをしているのかと声をかけました。
 こちらに気付いたボートが近寄ってくると、乗っているのは警察官でした。曰はく、昨夜に橋から飛び降りがあったから、遺体を探しているのだと。
 祖父たちは慌てて道具を片付け、帰宅したそうです。

2.窓の外

 私は実家の一軒家の、一階で寝ています。だから、いくら夏が暑くても窓を開けたまま眠るのは防犯上よろしくないので、夜は雨戸を閉めることになっています。しかし、あまりにも暑くて寝られない夜のこと、一箇所だけ影響のなさそうな窓があるので、そこを網戸にしておこうかと。
 窓と塀との隙間が人の通れるギリギリしかない上、その狭いスペースにはモッコウバラがツタをいっぱい伸ばして植わっているので、電気を消していれば開いていても外からは分からないのです。
 やはり外は涼しいようで、窓を開けておくとずいぶん快適です。寝苦しさから解放されてウトウトしていた、そんな時です。物音一つない深夜のことですよ?人が歩いて来た気配すら、全く感じませんでした。本当に唐突に、そこに現れたんです。
 外の風が入ってくるように雨戸を閉めなかったその窓、さっきまでカーテン越しに月明りのボンヤリと光っていたその場所に、網戸一枚隔てた、すぐ向こうに。ヒトくらいの大きさの、ナニか真っ黒な陰。立っていたんですね。まるで、家の中を覗いているかのようでした。
 いつ眠ったのか、気付けば何事もなく朝を迎えていました。
 えぇ?いやいや。窓の外に誰かがいたなんて、家族には話しませんよ。だってあれは、空き巣とかなんだとか、そういうモノじゃありませんもの。

3.記憶に残る話

 実話。つまらない話。
 小学4年生の時、担任の先生が教室で話したこと。夜、テレビでニュースを見ていると小さい女の子の行方不明について報道していて、その子の写真が画面に映った際、手を振っていたんだってさ。
 それだけの話。
 小学校での出来事なんて断片的に少し覚えてるだけなんだけど。あの先生からこの話をされた、ということは、ずっと記憶に残っている。

4.なぶり殺し

 江ノ島を散策していた時のことです。道に迷ったので、護岸の付近で立ち止まって携帯の地図を確認していました。すると、耳元でビュッと音を出しながら、視界の端で物が動くのが見えました。咄嗟に一歩距離を取って振り返ると、私がいた場所のすぐ隣に、男性が立っていました。これは危ない人に絡まれたかもと様子を見ていると、どうもさっきの音の正体はこの人の手に持っている大きめのビニール袋で、これを振り回されたようです。
 よく見ると袋は生き物でも入っているように、激しく動いています。ピィピィと鳴きながら暴れている袋を見て、私にもやっと状況が飲み込めました。
 この男性は、私に襲い掛かるため飛び込んできたトンビを、素早く袋を被せることで捕獲したのです。鮮やかな手並み。人を襲うトンビも、迂闊な観光客も見慣れている地元の人には、こんな芸当ができるのでしょうか。
 そういえば、江ノ島のトンビは人間が手に持っているものはすべて食べ物だと思いこんで襲ってくるらしい。失念していました。
 もし鳥にスマホを奪われていたら大変でしたから、男性にお礼を言おうとしたのですが。あちらは私の存在などはじめからなかったかのように、暴れ続ける袋の口を縛りにかかっています。あれ、おかしいぞと思いました。
 助けてもらっておいてなんですが、再びこの男に対する警戒心が湧いてきます。そもそも、トンビが狙っていると気づいたなら、コッソリ隣に来て袋など構えていないで、私に注意してくれたらよかったはずです。それに、今の私を完全無視した態度もちょっと変ですし。なんだか、はじめから鳥を袋詰めにするのが目的だったような。野生の鳥を捕まえたりしたら、普通に法律違反だよな?それとも、生け捕りにするとローカルで報奨金でも出るのか?いや、そんなわけ……。
 私は何か言うこともできず、男をジッと見ていました。そうこうするうちに袋はギッチリ結ばれ、男はその、生き物が詰まった物体を、唐突に地面へ投げ落としたのです。
 「ばすっ」
 瞬間、さっきまでのピィピィ騒々しかった鳴き声が、断末魔に変わりました。
 「ギャーー!」
 踏みつけたのです。鳥の入った袋を。
 「ばすっ」「ばすっ」「ばすっ」
 「ぎゃあ、ぎゃあ」
 何度も蹴りつけられ、その度に短い悲鳴が上がる。なんとか逃れようと必死にもがいているようだが、当然飛び立つことなど叶わず、地面をのたうち回るだけ。
 「バシッ」
 何度目だろうか。蹴り上げられた袋は宙を飛び、少し遠くへ落ちました。それからはもう、何の音もしませんでした。もはや何の反応もなくなったことを認め、ゆっくりと歩いて行った男は、静かになったその塊をつまみ上げると、興味はなくなったとばかりに海へと放り投げました。
 この悪夢のような、現実感を欠いたシーンを見ていることしかできずに、茫然と立っていた私。
 振り返った男の顔は、それは満面の笑みを浮かべていたのでした。

5.祭囃子

 (幼少期の記憶を基にした創作。youtubeの企画に出したことがある。つまり既出)

 私、夜は寝落ち以外の方法で入眠できないんですよね。なので、動画なり音楽なりを聞きながら寝ているのですが、幼少期から、かなり寝つきの悪いガキでしたね。今と違って当時はスマホもなにもなかったので、なんとか自然に眠れるまで、たたじっとしているよりありません。
 深夜まで眠れずに起きていると、周りが静かなので昼間は全然わからない時計の動く音なんかも五月蝿いくらいに聞こえます。そして、本格的に入眠に失敗して翌朝の心配をはじめるころ、決まって幻聴が聞こえ始めました。
 幻聴、なのでしょう。深夜の住宅街では鳴るはずのない音です。私には、祭囃子が聞こえていました。神社の祭りなどで聞く、アレです。笛や太鼓の愉快な音楽。
 お囃子自体は、祭りで聞くぶんには別に怖いとも思わなかったのですが。これは駄目です。そのまま聞いているとどんどん近づいてくるような気がして。捕まったら殺されるとか、どこかに連れていかれる、みたいな具体的な被害は想像はしていなかったと思います。ただ、これは聞いちゃいけない音だ、と直感でわかりました。
 音を消すのは簡単です。布団から手を出して畳を引っ搔いたり、掛け布団を蹴り上げたりして音を立てれば聞こえなくなります。時計の音と同じです。それくらい小さな音だったのかも。
 不思議と、お囃子が聞こえて以降はすぐに眠れたんですよね、多分。怖くて余計に眠れなくなった、みたいな記憶が一切ないので。
 今は子供のころと違って聴力も落ちているだろうし、なにより毎晩イヤホンを付けて寝落ちしているので、もう聞えません。でも、もしかして、聞こえないだけでまだずっと鳴っていたりして。

6.狂気

 実話…というか雑記。
 結局は、急に大声で笑いだしたりする人が一番怖い。不可解だし、危害を加えてこないとも限らない気がする。道を歩いてたら近くにいた人が当然笑い出す、なんてことは実際ある。それがなんらかの疾患によるものなのか、なにか別の理由があるのかは、通り過ぎるだけの私にはわからない。ただ、思い出し笑いで爆笑することってあるのかな?こういう時はまぁ、見ないフリをしてその場を去るわけだけど、これがもし、家族などであったら、逃げ出すこともできない。近しい人が突然狂ってしまうという恐怖は、ある。例えばですけど、夜中にふと目を覚ました時、隣で寝ている人の顔が、まるで別人のような表情を浮かべていたら。
 私は子供の泣き声も怖い。そもそも大きな音が苦手だし、子供も嫌いだが、「子供の泣き声」となると、ただ五月蠅い、嫌いというのではなく、「怖い」。出掛けた先で泣きそうな子供がいたらとりあえず逃げるくらいには、本当に恐怖を感じている。人の剥き出しの感情は、狂気的なのだ。家の近所に幼稚園とかがなくてよかった。
 都心の方の大学に通い出したころ。顔は前を向けたまま、早足で歩きながらずっと一人でしゃべっている人がたくさんいて、とても驚いた。大声で話し続ける中年や、ブツブツつぶやきながら時々笑い声を上げる若者などが大勢いて、自分の周りを歩いている。とんでもないところに来てしまったと思っていた。狂気の巷である。……ワイヤレスマイクをつけて通話していたのだろうということには、後になって気付いた。

7.同接者

 そうだ。ライブ配信をやろう。
 失業して一カ月、毎日が暇でしょうがなかった。かと言って、再就職のために動き始める気にもなれなかった。そもそも私は社会に向いていないのだ。やるべきことをやっていない罪悪感から逃れるためにも、何か面白いことがないかと探していた。
 youtube、いいじゃん。凝った事しようとしなければ、スマホだけでもできるんじゃない?金がかからないのはいいね。
 しかし、私はエンタメとは縁遠い平凡な成人男性。アカウントも、作成するところからスタートだ。急に生放送をはじめて部屋でボソボソしゃべったところで、誰が聞きに来るというのか。どうしたものか。
 そうして思い付いたのが心霊スポットだ。夏だし。調べてみると、おあつらえ向きの橋が車で30分ほどのところにあった。まとめサイトによると、県内最恐のスポットらしい。地元にそんな場所があったとは……。
 昔から、心霊スポットはインターネットの人気コンテンツだ。しかし、今さらただ橋を撮影して帰るだけではもの足りない気もする。せっかくだし百物語もしよう。まさか蝋燭を百本灯すこともできないので、ネットの有名な怪談を一つ読むたび、紙かなにかに印をつけていくのはどうだろう。いいじゃん。やってみよう。
 夕方、18時。件の橋にやってきた。配信は深夜から始めるつもりだが、明るいうちに来て周辺の写真を撮っておきたかった。近くの湖も、カメラを回しながら一周してみる。歩行者は一人もいなかったが、車はたまに通る。街灯はない。
 まさか橋の途中で座り込んで配信するわけにもいかないので、画角に橋が入る、目立たなそうな位置も確保。一度街に戻って、飯などを済ませつつ夜を待つ。あぁ、モバイルバッテリーも買おう。
 深夜一時、配信開始。今来ているのが心霊スポットの××橋であるという説明、この場所にまつわる噂や実際にあった事故について話しながら橋を渡った後、目星をつけていた場所に陣取って百物語を開始。そこそこ視聴者も集まり、「橋の上になんかいる!」「やるやん」「呪われちまえ」などコメントも盛り上がっている。0からはじめたチャンネル登録者数も気付けば30人くらいいる。
 心霊スポットの真に怖いところは、実は心霊ではない。そこを根城にする浮浪者や、なぜかよく出没する半グレの群れである。ここは廃屋などとは違い、一応開けたな所なので危険は少ないと思うが。むしろ、こっちは常に映像を撮っているので、ヤバいものが撮れたら美味しい、くらいの気持ちだ。来るなら来い。無職ゆえの謎の無敵感。
 長時間にわたる配信は恙無く進む。「ヒサルキ」「ヤマノケ」など有名な話をして、さっき買ったホワイトボードに赤いペンで「正」をつけていく。ただ、途中からは短めの話を選ぶなどの工夫も虚しく、夜明けまでに百話も終わりそうになかった。実際、90話のあたりで、もう空が白みはじめていた。時間も時間な上、画面が代わり映えしないためか、視聴者も徐々に減っていき、現在進行形で見ているのは一人だけ。意地で配信を続けている。
 ついに百話目の怪談を語り終え、疲労困憊の中、放送を締めにかかる。コメントはくれないが一人はまだ見ているようだし、録画をそのまま残すつもりなので、ちゃんと最後までやりきるのだ。「正」の字が20個並んだボードを画面に大写しにし、立って足首をほぐしつつ。
 えー、百物語を完遂するとなんか起こるはずなんですけど、特になんにもないですねー。途中で朝になっちゃったのが原因かもです。もっと早くはじめるか、短い話だけにするべきでした。今回の反省点ですね。二度とやりませんが……。
 そして、カメラ代わりのスマホをおもむろに手に取ると、配信を終了させず、走った。車に飛び乗り、自分の足を挟まん勢いでドアを閉める。エンジンをかけたのは、背後から追ってきた男が刃物で窓ガラスを叩くのと同時だった。
 危ねぇ。撮影を止めたところで襲うつもりだったのだろう。気付かなければ殺されていた。相手の顔が写せたかは分からないが、間違いなく衝撃的な映像が撮れた。興奮しながら、まだ続いている、視聴者数一名の配信画面に向けて喋る。
 いや、車を使えなくされてたらヤバかったね!自分の視界に入るとこに駐車しててよかった!あっちも車かもしれないんで、とりあえず街まで逃げます!ウワー、スゲェの撮れたな。え、多分男だったよね?映ったかな?見えやすいように明るくなるまで引き延ばしたんですけど。えぇ、実はちょっと前から誰か隠れてるの気付いてて!ウワ~どうかなー!マジでこれ絶対バズるって!
 どれくらい走っただろうか。早朝とはいえ、まばらに人や車が見えてきた。後方から車が追ってくる様子はない。今から探しても、相手に私の居場所はわからないだろう。生還だ。ファストフードチェーンの駐車場にて、本当の締めをする。
 えー、警察とか行くとクソ怒られると思うので、その前に朝食にします!最後までいてくれた人~!多分寝落ちしてつけっぱなしになってるだけだろうけど、ありがと~!またなんかやるから、チャンネル登録してくれた人は解除しないでね~!
 朝からテンションが高いことを店員に不審がられつつ、気を落ち着けるためにも時間をかけて飲み食いした。そして、やっぱり警察行くのダルいな~などと思いながら店を出た直後だった。私が刺されたのは。
 なんで?完全に撒いたはずなのに。どうして車の行き先が分かったのだろう。
 あぁ、そうか。ずっと、見てくれてたのか。












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