Tシャツでめぐる旅 #01 横浜 ~躊躇一秒、悔い一生~
私はほぼ毎日夢を見る。けれどはっきりとその内容を覚えているものは全体の三割くらいだろうか。その他は、「夢を見た」という確かな感覚と、ノイズがかかったような不確かな映像が脳の片隅に残っているだけだ。
夢の中で何が起こったのか、私は何を見たのか、まったく思い出せないのに、悲しい夢だったのか、楽しい夢だったのか、それだけはわかる。悲しい夢なら鉛のように頭が重く感じるし、楽しい夢ならふんわりとした雲に乗って空を漂うような気分になっている。
一方、はっきりと覚えている夢もある。
先日は私が愛してやまない(今どきは「推し」と言うのだろうか?)、世界一カッコいいベーシストのニッキー(Nikki Sixx@Motley Crue)が我が家を訪ねてくる夢を見た。
突然のことで、慌てふためく私にニッキーが言った。
「ヘイ、なんてセンスのないTシャツを着ているんだ。他に持っていないのか?」
その時、私が着ていたのは、NOVAうさぎが前面に描かれたピンク色のTシャツだった。
日本人であれば「あ、NOVAうさぎか」と、瞬時に認識できるだろう。けれど、外国人から見れば単なる「変なうさぎ」である。たしかにセンスが良いとは言えない。
このTシャツは、だいぶ前に同級生からもらった販促品か何かだったと思う。ずっと旅行用のパジャマとして使っていて、トランクの中に入れっぱなしだったもの。なんだってこんな日に、そんなTシャツを着ていたのか。Tシャツだけの問題ではない。髪染めをさぼっていたので白髪交じりだし、中途半端に伸びた後ろ髪ははねているし、しかもすっぴん。
ニッキーが来るとわかっていたら、もっとおしゃれして待っていたのに。
夢というものは、全く脈絡のないストーリーが展開されているようでいて、実は結構な確率で現実とリンクしている。
この夢を見る一週間程前。八年ぶりにMotley Crueの来日公演があり、ラッキーなことに中央ステージの真ん前でニッキーの御姿を拝むことができた。
ステージ中盤、日の丸を持ったニッキーがステージから、こう呼びかけた。
「ステージにあがりたいやつ、手を挙げて!」
一秒の、何分の一か、私は躊躇した。なぜなら、夢と同様、すっぴんで髪がはねていたからだ。手を挙げた時は既に遅し。他の女の子が選ばれていて、ステージ上で彼とハグをするという、一生に一度廻ってくるかこないかわからないビッグ・チャンスを私は逃してしまった。
その心残りが夢の中で再現されたのだろう。
うれしいけれどせつない夢。
よりどころのない気持ち。
目が覚めた私は、古い歌謡曲を口ずさむ。
♪ 駆け寄って 話しかけたかった
でもできなかった はねた髪 ♪
スケバン刑事・南野陽子ちゃんの歌ですね。
次回の来日公演は、きちんと化粧していこう。髪も染めていこう。たとえハグできなくても、いつでも彼に、自信を持って、笑顔を向けていたい。
LIVEが終わり会場を後にする……のだけれど、なかなか会場は後にならない。
今、まさしく問題になっているKアリーナ横浜の退場渋滞にばっちりはまってしまったのである。
横浜のビルの灯りが目に染みる、せつない秋の夜の出来事だった。