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両手いっぱいの優しさとふたりの秘密


自分の抱えるものを
唯一話した人が、ひとりだけいる。

誰かに自分のことを話すのは苦手で
受け入れているつもりでいるけど
どこか生きることに積極的になれない自分もいて
きっと、それが話せない理由の
ひとつでもあるんだろうなぁ。と、思う。

その人以外に、自分の話をする日がくるなんて
思ってもみなかった。

友人のおせっかいで
ある男性を紹介された。

特にお互いに恋愛をしよう!
という気はなかったものの、
友人の顔は潰せずなんとなく関係が始まった。

何度か顔を合わすけど楽しくていい人だから、
余計な期待は持たせてはいけないと思い、
ちゃんとお断りをしようと思った。

誰かと恋愛するつもりは無いの。
結婚するつもりもないの。

そう、ちゃんと告げた。

そうしたら、彼も答えた。

俺も、1から恋愛とかそういうの
する気ないんだ。もちろん、結婚も。

そう言われて、
何だかほっとしたのを覚えている。

なーんだ。よかった!
なんて言って笑い合った。

不思議な、不思議な関係。


一緒に過ごすのは楽しくて
友人ような関係。

お互いに男として女として見ないなら
この関係はアリじゃないのか?

そう思った。

ふたりでよく分からない安堵をして
これからも、また飲もう。遊ぼ。なんて
不思議な関係が始まった。


毎週のようにどこかへ遊びに行ったり
ちょこっとご飯を食べに行ったり。

ケタケタ笑うわたしの横で
彼も一緒にふざけてくれる。

居心地が良かった。
楽しいだけの関係がぬるくて楽だった。

でもきっと、
ふたりともただ寂しかったのだ。

寂しさを楽しさで埋め合おうとしていたんだろうなぁ。


だからかな。
気を許し始めてしまったのだ。


自分の抱える女性疾患のお薬で
ちょっと強めの薬が出た。

胃がずっと荒れたような感覚で
お腹が空かない。
お腹の痛みもあって、頭は常にぼーっとする。

ひとりで耐えているのが辛くなってしまったのだ。

彼に甘えようなんて思っていなかったのに
タイミングを見計らったように連絡がきてしまった。

言うつもりなんかなかったのに
「おなか、いたい」
そう返事をしてしまった。

実は、以前にも彼と出かけた時に
体調を崩してしまったのだ。
家まで送ってくれたこともあり
あまり身体が強くないこともきっと気付かれていたのだろう。

だからこそ、ふと、甘えてしまったのだ。

ポン。ポン。と、メッセージが届く。
わたしはスマホの画面の文字を追うのが
気持ち悪くなってしまって
メッセージはできない。と伝えると
すぐさま電話が鳴った。

「すぐ行くから。必要なものは?」

「なにもない。大丈夫。へいき。」

そう告げたのに、あなたはやってきた。

ドアを開けると
笑ってしまうくらい汗だくの彼が
スーパーの袋を両手パンパンにして
持って立っていたのだ。

外見がいつもスマートな彼が
乱れた髪型で肩で息をして
立っていたのだ。

わたしは必死な彼がおかしくて、
「ふふ」っと笑ってしまった。

彼は「笑うなよー」なんて困った顔をしたけど
その顔と必死さが嬉しくて愛おしくなって
頬に手を伸ばして触れて
キスをしてしまった。

部屋に、少しだけ続く沈黙と緊張感。
少し汗ばんだ肌。彼の熱い体温。

袋が床に置かれて
そのままぎゅう。っと抱きしめられた。

「心配した。」

泣きそうな声に、
あまりの力強さに、
あなたの心配が伝わって
泣いてしまうかと思った。

力が抜けて彼に身体を預ける。
頭を撫でながら
「大丈夫。がんばったね」
そう言ってもらえて
心が軽くなったのを覚えている。

ゼリーやアイス、身体を温められるもの。
飲み物や軽食。
あなたの優しさがわたしの冷蔵庫に詰められていく。

嬉しくなった。

恋愛に発展することはないと決め付けていたけど
誰かに想ってもらえることは
こんなにも落ち着くのか。と。

すぐに横になって
わたしが眠りにつくまで一緒にいてくれた。

少し、お話をした。

自分の中で決められたことに対する
定型文のようなものがもう昔からあって
それをペラペラと話した。

「自分の身体が欠陥品だから悪いの。
薬を飲まないとダメなの。
自分が悪いだけだから
仕方ないし気にしてないの」

あなたは急に真面目な顔をして
「あなたが悪いわけないじゃないか」
そう言ってくれた。

「誰が悪いとかそんなものあるわけない。
辛かったら辛い。そう言っていいんだ。
そんな嘘の顔で笑っちゃダメだ。」

驚いた。
そんな風にわたしを見てくれていたなんて。

ただ、楽しい時間を共有しているだけだと
思っていたのに。

「今日だけ」
そう言って、後ろから抱きしめてくれて
お腹をさすって温めてくれて
気付いたときにはふたりとも眠っていた。

あなたの高い体温に包まれて
自分でもびっくりするくらい眠りにつけた。

今日だけ。
今日だけだから。
弱いふたりで慰め合った。


次の朝、お互いに仕事だから一緒に家を出た。
「今日も来ようか?」

わたしは、
「もう、大丈夫。」
首を横に振ってそう答えた。

「何かあったらすぐ連絡して。
些細なことでも、絶対。
1人で溜め込むな。」

そう言ってくれたあなたの眼差しは熱かった。

毎日連絡をくれて、文字が辛いと言ったら
電話をするようになった。

これが恋愛かなんて分からないし、
好きかと聞かれたらどう答えたらいいかは
きっとお互いにわからない。

男として、女として
ではなく
人間として好きなんだと思う。

そういう関係があったっていいな。と思った。


誰かに少しわたしを渡して
受け止めてくれるって
どれだけありがたい事なんだろうか。

そんな出会いが出来たことに今は感謝したいと思った。

支えて支えられて、不思議な関係。

でも、今は、この関係を楽しみたい。


だから、あの日、

愛しさが溢れてキスをした理由は
わたしだけの、秘密。

あなたが力いっぱい抱きしめてくれた理由も
あなただけの、秘密。


ふたりの鼓動の速さは
ふたりだけの、ヒメゴト。



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