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読書感想文3冊目:「酒場學校の日々ーフムフム・グビグビ・たまに文學」

「私も行きたかった」
なんて感想は、畏れ多くて言えない。
この本を読んで、
「自分にも”居場所”が欲しい」
と思った。

金井真紀 「酒場學校の日々ーフムフム・グビグビ・たまに文學」を読んだ。

詩人である草野心平が「開校」した「學校」という名前の酒場。
そこは、昭和から平成の終わりごろまで、新宿のゴールデン街に密かにあった。
そこで、週に1度ママになった著者の金井真紀さんがカウンター越しに見たいろんな人の姿。本当の名前も肩書きも分からない。だけど、とても人間味溢れた「生徒」との交流が描かれる。

草野心平さんといえば、彼の詩が国語の教科書に載っていた記憶がある。
タイトルも内容も思い出せないが、自然を自然のままに描いた、土の匂いのする詩だったという印象と「草野心平」という名前だけが、頭の片隅に今もずっと残っている。きっと子どもの純粋な心を忘れない、優しくて真面目な中年男性なんだろうと、勝手に思い込んでいた。

私の草野心平像は、彼のほんの一面でしかないことを知った。
酒場を開くほどお酒とお酒の場が好きだったこと。酒場「學校」を共同経営していたのは奥さんではなく、愛人だったこと。戦争中には、日本政府のやり方に怒り、中国側の人間として闘おうとしたこと。カウンター越しに不穏な客の胸ぐらをつかんで啖呵を切ったこと。
そういう草野さんがとても好もしく、人間らしくていいなと思う。
子どものような目で自然を描いた詩を書く心平さんにも、政治や社会や曲がったことに怒る心平さんにも、根っこには「純粋」で「自由」がある。
その純粋さと自由さや、おおらかさに人は惹きつけられ、「學校」に集まるのだ。

著者の金井真紀さんは、私と同い年。1974年(昭和49年)生まれ。
高度経済成長も、学生闘争も、大事に世界大戦も知らない。一方、「學校」に集まるのは、その前の世代。戦後の貧しさを乗り越え、学生闘争に身を投じ、高度経済成長を享受し、バブルを謳歌してきた人たち。
紆余曲折を乗り越えた彼らの経験談、振る舞い、知性、どれをとっても私たち団塊ジュニアには到底手に入れることのできない貴重なものばかりだ。

社会に出ると、学生時代に学んできたことの多くが役に立たないと思い知らされる。そして、世の中にはいろんな人がいることを痛感する。
学生時代の人間関係のノウハウが、全く役に立たないとは言わないが、先輩後輩なんていっても、たかだか前後3年の違い。大人の世界は3年どころか30年の隔たりが当たり前。「酒場『學校』はまさに「社会の学校」
著者の金井さんは、そんな彼らの「講義」を5年間、間近で受け続けてきた。それは、そこらの大学で学ぶよりも、何十倍も濃い5年間でだったと思う。
多分、私には受験資格すらないだろう。彼らの言葉をしっかりと受け止め、咀嚼し、自分の糧にする才が圧倒的に足りないと思う。
ふらりと入った「學校」で常連客やママにすんなりと受け入れてもらえて、水曜日のママに抜擢される金井さんにはその力があった。当然、それは彼女が苦労して身につけてきた能力だとしても、純粋にうらやましい。

彼女にとっても、常連客にとっても「學校」は第3の居場所だった。
仕事を忘れ、家庭を忘れ、世を忘れ、自分に戻れる場所。
けんかっ早くても、酒癖が悪くても、しゃべれなくても、ご無沙汰でも、いつでも「いらっしゃい」「おかえり」と受け入れてくれる場所があることは幸運なことだと思う。

多くの人が、会社と自宅と社会の中で何かしらの肩書きに縛られて生きている。その場その場で役割を演じ、自分らしさを忘れてしまっているように思う。私もその一人だ。当然、人は変わっていくものだけれど、だけど根っこは変わらない。
私にとっての根っこを思い出すところは、このnoteやnoteからつながるSNSだったような気がするが、最近はそれも少し怪しくなってきた。

「學校」は、草野さんから店を引き継いだママの禮子さんが高齢となり、2013年10月31日に閉店する。
たくさんの「卒業生」が最後を見届けに全国各地からやってくる。
最後を惜しむ人はいたようだが、大半の人は飲み、歌い、笑い、すがすがしい気持ちで店の最後を見送った。やりきった、楽しみきった最後は、こういうふうになるのかもしれない。

今、周りのSNSがちょっと騒がしい。サービスが変わるとか、なくなるとか、代わりができるとか。
全ての物事に最後の日はいつか来る。それは、私たちサービスを受ける者にはどうしようもないことだ。
明るく笑って終わりを見届けられるかどうかは、今、ここを存分に楽しみ、味わい尽くしているかどうかにかかっている気がする。

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