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十数回目のお花見

3月末の人事異動が発表されるころになると、私は異動とは別に気になることがある。

毎年、友人とお花見をする。
時間は平日のお昼休み、場所は職場近くの公園。
以来、メンバーも場所も時間もずっと同じ。まだ30代だった十数年前に同じ職場で出合った友人、私を含めて4人。

「そろそろかな」
「そろそろだね」
「いつがいいかな」
「いつにしよう」
そんなメッセージが桜の開花のニュースとともに飛び交い始める。

4月の2週目の昼休みに、今年も4人全員が集まって、無事お花見をすることができた。

お花見場所の公園は、ビルや住宅が取り囲んでいるせいか、日当たりが少し弱いらしく、少し開花が遅い。周りの桜はすっかり花が落ちて、葉桜になってしまっているが、ここの桜はまだ満開を少し越えたばかり。

世の中のお花見ピークはとうに過ぎていたので公園に人はまばら。サッカーコートほどの広さで、赤土の広場の周囲を桜の木が囲っている。
近所の人だろうか、年配の女性二人が藤棚の下のベンチで世間話をしている。足元には買い物カートが置かれている。
そこから10メートルほど離れたベンチに私たちが腰掛けた。

声が聞こえて、年配の女性たちがいるほうと反対側に目を向けると、真新しい幼稚園の制服を着た女の子を連れた夫婦がいた。入園式の帰りなのだろう、両親もスーツを着ていて、桜の下、スマホのセルフタイマー機能を使って家族写真を撮っている。
その横を犬を連れた若い女性が足早に駆け抜けていった。

ふうわりと風が吹く。桜の花びらがチョウチョみたいに舞って、友人の弁当の上に落ちた。
暑くもなく、寒くもなく、ちょうど良い。お花見日和。

みんな年を経て、仕事がどんどん忙しく、責任も重くなり、ランチの約束をしても昼休みに抜けられないことも多くなった。メンバーのうちの1人は会社を辞め、別の仕事についたので、全員が集まるのがだんだん難しくなってきた。
それでも、春になると、誰からともなく、
「そろそろだね」
「いつにする?」
と、お花見の計画が持ち上がる。

お花見も毎年やっていると、いろんなことが起きる。
ある年は、お弁当を食べ始めた途端、雨が激しく降り出し、会社の会議室に駆け込んだことがある。
窓枠で囲われた桜を見ながら、この日のために予約しておいた豪華なお花見弁当を、暗い会議室の蛍光灯の下で食べた。
また別の年は、私が弁当の注文数を間違えて1個足りなかった。4人で3つの弁当を分けて食べた。
気が早すぎてまだ5分咲きの桜の下で、凍えながらお弁当を食べた年もあった。
どんな桜でも、お花見は楽しかった。

今では、4人の分担みたなものが、なんとなくできている。
私は弁当とお菓子を調達する係。
アウトドアの得意な友人は、アウトドア用の器具でお湯を沸かしてコーヒーや紅茶を淹れてくれる係。
そして、残りの二人は、飲食担当が気づかないような細々としたもの、お弁当用のお茶や敷物などをさりげなく準備してくれる。

年度替わりで、変化の波に押し流されそうなこの季節に、変わることのない友人とのお花見は、私のざわついた心を、穏やかに、そして強くしてくれる。変わらないものの安心感。

今年は、先ほど見かけた入園式帰りの親子を真似て、私たちもセルフタイマーで写真を撮った。瞬きみたいなシャッター音が何度も鳴り響いて、なぜか10枚も撮れてしまった。でも、どれもいい顔だった。

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