二人のドライブ(リライト)

「来てくれてよかったですよ。私一人じゃどうしていいか分からなくて」
ハンドルを握る彼が、前を向いたまま笑顔でいう。

後部座席にはインターンシップでうちの会社にやってきた今にも弾け飛びそうな女子大学生たち。担当を押し付けられたのは人のいい後輩の彼。
「そりゃ、男の人一人で、女子大生5人のお世話はきついわ」
「そうなんですよ。何話していいかもわかりません」

「今日、一緒に行ってもらえませんか?」
今朝、隣の席の彼が、いつもになく気弱にお願いして来た。彼が、人の頼みごとをするなんてめずらしい。いつも一人で黙々と、きっちり仕事をこなす人だもの。
「しょうがないわね。先輩がお付き合いしましょう」
なんて、偉そうに言っているけれど、内心、ニンマリしていた。
彼と一日中、ドライブするチャンスなんて滅多にないじゃない?

後部座席では、彼女たちの内輪の話で勝手に盛り上がっている。
私たちも、たわいもない話をした。
仕事のこと、趣味のこと、学生時代のこと。
彼の話は面白い。
興味がなかった話題も、いつの間にか話に引き込まれて聞いてしまう。

ハンドルを握る、白くて長い指。女性の私より綺麗かも。触ったことはないけど、絶対すべすべだ。切りそろえられた爪は、白いところがちっともない。だけど、深爪でもなくて、指の先にぴったりと合うながさでカットされている。ささくれもない。

笑顔で話す横顔がたまらない。
あごのラインに少しだけ丸みがあって、でもラインがくっきりしていて、あごは、とんがりすぎてもなく、ほっぺがシャープ。ほほの上にすっと伸びた鼻が影のように見えていて、なんとも彫刻のようだ。

彼のメガネが外されたところを、まだ見たことがない。
いや、残業中に「あーあ」と疲れた声で、メガネを外して、顔を手で覆っているのを見たことがある。メガネを外した彼の顔がまるで裸のようで、外したメガネのほうを見つめちゃった。だって、恥ずかしかったんだもん。

前髪が、おでこを覆ってて、好きだなあ、このヘアスタイル。
このちょっと、厚くも薄くもない唇もいいよなあ。

そういえば、一緒にランチに行った時、昼休みが終わりそうになっちゃってさ、一緒に走って帰ったことあったなあ。この人、走る姿がめっちゃ綺麗なんだよ。

「……ですよ」
彼の声で、はっと我にかえる。

「え? なんて?」

「だからね、この間うちの嫁さんがね」

ああ、その話は聞きたくなかったよ。

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このお話は、去年の夏に書いた「旅する日本語」をリライトしたものです。


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