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逆ポーランド式

このぼろくなった電卓は、逆ポーランド法(Reverse Polish Notation, RPN)という、プロレスの技のような名前の入力方式の、使いにくい電卓。

もしそんなプロレス技があったとしたら、「リバース」なので、相手を脳天から床に落とすような危険な感じの技かも。なんとかスキーという名のポーランド人レスラーの得意技とか。

これ、慣れるとこの方法じゃないとだめだね、と若い頃はうそぶいていたが、やはり普段遣いには、正直、使いにくい。

例えば、1+2=3は、1(エンター)2としてから(プラス)で、3とでてくる。要は、データを先にいれて、何をさせるかを最後に。それが逆ポーランドか。

昔、まだパソコンやスプレッドシートは何者だ?という80年代、米国債券とかの日数計算をこれでやれば(ちゃんと設定してあるので)間違いないということだったり、小さい割には現在価値とか出してくれたので(結構うんうん計算に時間かかった後で)、パソコン前史の石器時代、市場ものを扱う金融にいたら、携帯必須のものだった。逆ポーランド式入力も、なんかカッコいい感じだった。ウォール街はみんなこれ使ってるよ、というような。

結局、1台こわれて、2台目はずっと使い続けたが(機種自体はずっと変わってない)、ここ5年くらいは全然つかっていない。一応、3台目として携帯の有料アプリでこの電卓とまったく同じインターフェイスの電卓アプリがシャレのようにあったのでアイフォンにダウンロードしてあったが、あまり使わなかった。もはや、携帯についているデフォルトの電卓で十分ということか。

このヒューレット・パッカードのシックなデザインは好きだった。黒にメタルの金色で、横長で。たかが電卓なんだが、高級感がちょっとあった。いろんな関数がついていたのと、やはり逆ポーランドで、一般の人には使えないよというような敷居が、スノビッシュだった。初代の映画ウォール街とかでもでてくるのではないだろうか。

この写真のは、シンガポール来て間もない頃のもの。こっちの華僑のお店に行くと電卓にコインが接着剤で貼り付けてあるのに気づき、なんでか聞いたら、「お金がたくさんくるようにに決まってるだろ」と言われたことから。シンガポールの10セントを右上の余白に接着剤で貼り付けたら、現地の金融関係の知り合いには大ウケだった。スノビッシュな電卓と、こてこて商売人の神頼みのコンビネーションがおもしろかったのだろう。

80年代後半、まだ世の中にエクセルがない時代で(Lotus 123というのはあったがあまり普及していなかった)、かなり面倒な債券の計算とかをこの電卓と紙と鉛筆でやっていた。ある仕事の区切りの打ち上げで、いっしょに仕事していた米系の証券会社が、冗談の「ご苦労さまで賞」みたいなのを我々チームに贈呈してくれた。

詳細は記憶から剥げ落ちてしまっているが、当時まだ仕事を初めたばかりだった新米の僕も、たしか、この電卓そのものでなくてそれを紙で模してつくったようなのとともに、債券価格うまく計算できましたで賞みたいなものを貰った(英語だったのでどんな名前の賞だったか忘れた。そんなようなたわいのないシャレの賞)。

まあ、ちょっと細かいことを書けば、これって、ある投資期間があって、いろいろ投資したり、その後、その収益が戻ってきたりがでこぼこあるとき、あたかも最初に100いれてその期間終わると100かえってくるとして、毎年ある固定%を金利としてとっていたのと同じだったかというような計算がIRRという内部収益率。

不思議なことに、あまりエクセルのようなものに頼らずに、手を動かしてそういう推計作業をやっていると、勘みたいものがついてきて、こういう数字がこんな感じではいってきて、こうでてくると年間これくらいの利回りかな、というのが結構当たると言えども遠からずだったりした。年季のはいった料理人だけが知っている塩加減とか、骨董品屋のおやじの的確な目利きみたいな、職人技みたいなところがちょっとあったが、それも今は昔。IT技術革新で技は不要になり、この逆ポーランド式電卓も、もはや、骨董品となってしまった。

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