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渋谷文化村通りの「弁天」

渋谷駅から歩くこと数分、センター街の喧噪を抜け、高級住宅地「松濤(しょうとう)」エリアとの境目。この土地のシンボルである、複合文化施設「渋谷Bunamura」向かいのバス停で、ほぼ毎日ベンチに腰を掛けているおばあちゃんがいる。全身ピンクの服に身を包み。髪には花からヘアゴムからピンまで、ありとあらゆる飾りを付けている。こんなに着飾っているが、おそらく、お風呂にはしばらく入っていないのだろう、という風貌。

毎日、バス停に現れる。しかし、決してバスに乗ることはない。それどころか、バスに乗るための小銭すら持っていない。「百円でいいから恵んでほしい」と、行く人に声を掛け続ける。その声の甲高いこと。座っているのに、まるで腹から声を出している。それが「弁天」だ。

「弁天」とは、私が勝手に呼ばせてもらっているだけで、彼女の本名は知らない。ある時、声をかけたら「脚が痛いから、家まで一緒に連れて行ってほしい」と言われた。彼女の手を取り補助しながら一緒に家を目指した。華奢な体に、直角に曲がった腰、全体重を前に掛け、足を引きずるようにして歩いていた。その彼女の、握力たるや!こっちの手を握りつぶすんじゃないかと思うほどの力!痛いほど…「この痛みは、何か神秘的な力を私にもたらしてくれるんじゃないか…」と思わせるほど。結論から言えば、何もミステリーパワーは授からなかったが、その日以来、畏怖の念を込めて「弁天」と呼ばせてもらっている。

それにしても、家があるとはどういうことか。彼女の風貌からして、てっきり流浪の民なのだと思っていた。「ここ、ここ」と案内されたのは、なんと松濤エリアにある立派なマンションだった。家があるのに、どうしてお風呂に入ってないんだろう?住んでいるだけで、電気もガスも止まっているのかも?好奇心に駆られたが、これ以上は関わらないことにしておいた。

「100円でもいいから恵んでほしい」と呼びかける彼女の前を、道行く誰もが通り過ぎて行く、私が彼女に話しかけた理由は、大好きな海外ドラマ「フレンズ」に登場するキャラクターのひとり、フィービーに習って、声をかけようと思ったからだ。フィービーは子どもの頃に両親と離れ、ストリートチルドレンとして育った女性という設定だ。大人になって自立した後も時々、恵まれない人々への支援をしている。誰に対しても平等な目線で接するフィービー。私も「フィービーの精神」に習おうと、かのご婦人に話しかけた、というわけだ。

「弁天」が住む高級マンションとの関連は分からないが、渋谷区内には1964年の東京オリンピックに向けて作られた外交官用の高級マンションが今も残っていると聞いた。実際に「オリンピア」という、当時を彷彿とさせる名称の集合住宅が多い。

ここからは私の妄想だが「弁天」も、もしかしたら高給取りの夫を持つ妻で、未亡人となり、資産が底を突き、住み続けることも引っ越すこともできない、そんな状況になったんじゃないか。真相は分からないが。


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