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山中さんとベン
怠惰が過ぎてここ半年ほどほとんどアルバイトなどをしていなかったので、そろそろ重い腰を上げるか。と求人サイトを流し見していた。
そして、いくつか応募した求人のうち、1社の説明会に参加することにした。(参加するだけでお金もらえるらしいし)
雨の中のそのそとやってきたのは71歳のおじいちゃんと28歳の外国籍のお兄さん、私の3人だった。
ピンクで愉快なポロシャツを着た社員さんは「山中さん」「ベンさん」とか2人のことは名前で呼ぶのに私のことはずっと「姉さん」って呼んでて、意味不明すぎて笑っちゃいそうだった。
そしてほとんど何もしていないのに1時間休憩となって、階下の喫煙所に向かうと71歳の山中さんがやってきた。
「お疲れ〜」と親しげに話しかけてくれたから嬉しくなっちゃった私は「1時間も休憩いらないから早く帰りたいですよね」と早速愚痴ってしまった。
すると研修2日目らしい山中さんは「これお昼休憩終わったらすぐ解散になるよ、でも7時間分のお給料もらえる」と素敵すぎる情報を教えてくれて、一旦踊った。
と同時に、今日の説明会は事前研修だったことを知った。
というかなんらかの警備のお仕事だったっぽい。
「働かなきゃ...!」という不規則な不安に襲われて、勢いのままやってきてしまったから、何に参加しているのかわかっていなかった。
(後から確認すると求人には全てしっかり明記されていた)
雨の日の1時間休憩という自由な不自由を持て余した私は、山中さんに焦点を定めて、あれやこれやと話しかけた。
すると、結婚して離婚してまた結婚した山中さんは、若年の素晴らしさや、ようやく見つけた人生の目的、好きな音楽やら、1時間にしては少々踏み込みすぎた面白い話をたくさん聞かせてくれた。
71歳の山中さんがもう一度働き始める理由を聞いた時なんて、この世の電球全部点してるの?って思うくらい明るい喫煙所で普通に泣いてしまった。
いい男だよ、山中さん。
そうこうして有意義な1時間を過ごして、研修が再開した。したと思ったら15分くらいで終わった。
ピンクポロシャツさんに「姉さん明日も研修くる?」と聞かれたけど、158㎝38kgの貧弱な私に警備できるものなんて何もないな。と思ったので丁重にお断りをさせてもらった。
すると「いつでも仕事あるから、お金困ったらまたおいでね。研修もお金出るしさ!今日の分は振り込んどくね!」と素敵すぎる笑顔をくれた。
人手不足だからなんだろうけど、それにしてもいい笑顔だった。
山中さんとベンは今日で研修を終えて、明日から早速現場に出るらしい。
ちなみにベンはベンでとてもいい奴で、帰り際「姉さん傘ナイネ?雨スゴイヨ。これアゲル」とまだ値札がついたままの真新しい緑の傘をくれた。そしてベンはフードを被って颯爽と駆けて行った。
ありがとうね、本当に。
きっと山中さんもベンも笑顔の裏にはそれなりに訳ありで、毎日頑張ってるんだと思う。
もちろんピンクポロシャツさんも。
だから私の怠惰はまだ当分続きそうだけど、出来ることから頑張りたくなった。
部屋を出る時、明日からのシフトを提出してた山中さんに「バイバイ!頑張ってね!」と伝えると、「君は素敵なんだから何も心配いらない、難しく考えなくていいんだよ」って私の話なんて何もしていないのに、何かが見えてるみたいな笑顔で教えてくれた。
思いがけずいい日になった。
いつも突然行動して、燃焼して、ヘナヘナになってしまう私だけど、こんな豊かさに出会えるのなら、私は私を嫌いじゃない。かもしれない。
ベン!山中さん!
そのうちどこかで警備服姿の2人を見かけたら、スポーツドリンクでも差し入れするね!
私も毎日頑張る。
頑張るんだ!!
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