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きなこチョーク

私は今年で勤続30年目のベテラン教師だ。大学生の時に、資格を持っていたほうが就職に有利だろうと思って取った教員免許。就職先に迷いやりたいこともなかったため、結局教師になった。最初はあまりやる気が起きずだらだらと仕事をしていたが、案外子ども好きだったらしくどんどん仕事が楽しくなってきた。子どもがどうしたら楽しく勉強ができるか研究した論文は、画期的なアイディアだとして表彰された経験もある。
そんな私にはある悩みがあった。それは児童がチョークから出た粉を吸い込んで喘息を起こしていることだ。それも一人や二人ではない。私自身もそばのアレルギーを持っており喘息やアレルギーの辛さはよくわかる。出来る事なら原因となるものは教室から排除して、せめて教室では安心して過ごせるようにしたい。そのような思いは人一倍強かった。日々、なにかチョークに代わる良いものはないか探した。黒板とチョークではなく、ホワイトボードとマーカーに変えられないかも校長に掛け合ってみたが、公立小学校にそんな資金があるはずがなかった。
いつものようにインターネットでいいチョークはないか探しているときに、あるものが目に飛び込んだ。
【無農薬栽培した素材のみで作った安心・安全なチョーク】
従来の石灰や貝殻に代わる素材のみなので幼い子どもが誤って口に入れても何も害がありません。チョークに使われている素材には水分が含まれているため、従来の商品よりも粉が舞いません。最近消費量が落ちてきたあの食材を使っているので農家を助けることができます!
この珍しいチョークをぜひお求めください!
すぐさまこの商品を購入した。商品説明で具体的な素材やどこで作られたものなのか書かれていなく、突っ込みどころが多い商品だが、実際に使えれば子どもたちのためになるかと思い、そこは目をつむった。届いた商品を確認してみると、白いチョークは若干黄みがかっており前のチョークよりも目に優しそうだ。ほかの色はというと白いチョークが黄みがかっているため、全体的に濁った色だった。早速学校に持っていき授業で使ってみた。新しいチョークはしっとりとした書き心地で全く粉が舞わなかった。これで子どもたちの喘息問題は解決されるだろう。そう思った。使い始めてから数か月ほどたったある日、一人の児童から申請があった。新たなアレルギーが見つかったため、学校給食の対応をしてほしいとのことだった。かわいそうだと思いつつも、通常通りの手続きをした。その日を境にひとりまた一人と、アレルギーの申請をする児童が増えていった。何だか嫌な予感がする。数日経ったが改善しない。何が原因なのだろうか。そのまま月日は流れ夏休みになった。例のチョークのことはすっかり忘れていた。夏休み明け、教室に入るととてつもなく異様な香りがした。黒板の方に目をやると大量のハエがたかっている。すぐにハエがたかっているチョークを捨てた。この嗅いだことのあるにおいの原因は新しいチョークだった。チョークの商品購入ページを検索し、原材料を調べようとしたがそのページにはこの前見た商品説明しか書かれていなかった。まだ開封していないチョークのパッケージを見ても原材料などは表記されていなかった。おそるおそる新しいチョークを開封して匂いを嗅いでみた。そこからはほのかに大豆の香りがした。たぶんきなこだ。子どもたちはきなこの粉末を吸ってアレルギーを引き起こしているのだろう。

20XX年年々減少している大豆の消費量を上げるためのある商品が開発された。その名も「きなこチョーク」だ。この商品は石灰や貝殻に変わるきなこでチョークが作られている。農薬を使わない有機栽培を採用しているため、小さい子どもが誤って口に入れても安心・安全だ。
しかしこの商品は重篤な大豆アレルギーを引き起こす可能性があるため、政府は販売・購入を禁止している。チョークを消した際に舞うきなこの粉末は鼻から直接気管に入るため、口から摂取するよりも危険だ。このチョークを使用した子どもたちがアレルギーを引き起こした事例が実際に何件も報告されている。そんなにも危険なチョークであるにも関わらず、ニュースで報道されていないのは裏の組織によってもみ消されているからだ。

後日教員らによってあるクラスできなこチョークを使用していることが判明した。購入者である私は懲戒免職となり、職を失った。また怪しい商品購入ページを調べてみると、端の方に原材料や生産地が明記されていた。あの時やっと良いものが見つかったと浮かれて隅々までそのページを見ていなかった。またことページは信用できるものなのか他のサイトで調べることもしなかった。良かれと思ってした行動でももう遅かった。何人もの児童が大豆アレルギーを発症した。重症者が出なかったことがせめてもの救いだ。インターネットの情報が全て信頼に足るものだと思い込んでいた。

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