大学時代の記憶#1:五月祭

上の記事で大学時代について少し触れましたが、
ここではもう少し具体的なことを書いていきたいと思います。

五月祭

東大の学園祭は年に二度あるのですが、最初の方を五月祭と言います。
名前の通りこれは五月に開かれ、国内でも屈指の規模の学園祭だと思います。

五月祭の出店はサークルか一二年生が主体となっているものが多いんじゃないかと思います。
私が一年生のときもクラスで出店することは半強制的なものだった印象です。

こういう出し物は正直苦手なのですが、一方で責任を果たさず自分の目的(勉強)だけやるのはよくないという謎の使命感があって、
結構ちゃんと手伝った記憶があります。

五月祭で得た売り上げはクラスのものにしてもよいということで、うちも多少の利益があったんじゃないかと思います。
この利益を一人一人に返すクラスもありますが、自分のところはクラス旅行の資金の一部にするということになった気がします。
当然私は旅行なんて行く余裕なかったので参加しませんでしたが。

クラスの子たちは海外旅行にも行っていた気がします。
大学一年生の段階でこういうことができるのは世間一般から見ても恵まれているほうなんじゃないかと思いますが、
本人たちはそれに無自覚だったように感じます。

いや、無自覚というよりかは無邪気だったと言ったほうが正確かもしれません。
私はこの無邪気さに当てられてしまったようです。

「21世紀の教育格差」

五月祭には出店以外にも一般の方向けのイベントも多くあります。
私が一年生の時には教育格差についてのフォーラムがありました。

この頃はまだ教育格差の問題はあまり注目されていなかった印象で、さすが東京は進んでいるなと思った記憶があります。
私はそういう期待を胸にフォーラムへ参加しましたが、残念ながらその内容は散々なものでした。

そもそも壇上の識者は、今確認しても教育格差の専門家ではないと思います。
そういう人たちが的外れなことを専門家として言っているのを聞くのは当事者として苦痛でした。

フォーラムを主催していたのは学生主体のNPOだったと思います。
壇上にいたNPOの代表者は開成高校卒で浪人して早稲田大学に進学したという方でした。

フォーラムの最後、この方は少し笑いながら「僕は困窮したことがなく、教育格差なんてものがあることをこういう活動を始めるまでしらなかった」という趣旨のことを感想として言いました。

この言葉を聞いたとき、私は一瞬ゾッとした後、憤慨したのを覚えています。
どうしてそこまで怒ったのか今ではもう思い出せないのですが、当時は今よりも切迫した経済状況だったのでそうなったのかなと想像します。

それともう一つ、そもそもこういう教育系の学生団体に良い印象をもっていなかったというのもあるかもしれません。

そういう学生団体の構成員は恵まれた環境出身の人も多く、あまり教育格差の問題に興味がないんじゃないかなと思っていました。
彼ら彼女らが興味のあるのはむしろ、教育という共通のテーマで集まってワイワイやることなんじゃないかと思っていたのです。
(今はそうじゃない人もいることを知っています。一方いまだにこの「偏見」はある程度は正しいんじゃないかとも思っています。)

なにか自分たちの苦労を消費されているような気がしていました。
彼ら彼女らの目的が楽しむことなら、教育格差の被害者がいないと楽しめないことになってしまうからです。

よく学生団体やボランティア団体の募集で「一緒に楽しく活動しませんか」という文言を見かけます。
でもその団体の目的が誰かの支援活動だったとき、「楽しく」ってなんだろうという気がしてしまいます。

とはいえ、支援者というのは必要で、常に不足しているものだと思います。
また人は普通「楽しく」ないと活動が継続しないということも知っています。
こういう当事者目線と支援者目線の葛藤は、常に私を悩ませてきました。

そういえば、当時の知り合いから結構連絡をもらいました。
その内容は昔と今とでは意見が変わった、君の言ってたことがわかったというようなものが多かったと思います。

そういってもらえるのは本当にありがたいことです。

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