見出し画像

国民投票で研究費を配分する?- Quadratic Voting の可能性を考える

「シン・ニホン」から生まれた10兆円ファンド

2021年11月に岸田内閣が発足し、その記者会見では総理から科学技術立国を目指していくという発言がありました。その本丸とも言える「10兆円ファンド」は現在準備が進んでおり、2023年度に支援先の大学が決まり、2024年度から1校あたり数百億円規模が配分されていきます。賛否両論のある取り組みですが、個人的には安宅和人さんが著書『シン・ニホン』(NewsPicksパブリッシング、2020年)で描いた構想[1]が制度として世に出てきたこと自体に、大きな前進と希望を感じています。

一方で、10兆円ファンドの運用益で得られる想定の約3,000億円は、当面は研究力の高い大規模校に配分されるため、結果的に国立大学の間の「選択と集中」が加速することになります。真に研究力を高めてグローバルでのプレゼンスを得るためには、10兆円ファンドの成功だけではなく、日本全国の国立大学に広く投資していく仕組みの構築が必要です。

研究アイデアを試せる回数を最大化する

広く投資をする資金源としては国立大学法人運営費交付金がありますが、2004年から10年強の間に毎年1%ずつ削減されており、元の水準に戻すことは簡単ではなさそうです。それでも近年の運営費交付金の減額は止まってきており、昨年開催された「国立大学経営改革促進事業シンポジウム~世界最高水準の教育研究の展開へ向けて~」では、総合科学技術・イノベーション会議常勤議員の上山隆大さんらが「運営費交付金はこれ以上削減しないで欲しい」という声を要人に届けていたという話も聞きました。これからも全国の国立大学への投資拡大をのぞむステークホルダーが団結し、全国の国立大学に投資する意義を国に説いていくのと同時に、賛同するステークホルダーを継続的に増やしていくことが重要です。

それと同時に、研究資金の配分方法も考えていかなくてはなりません[2]。特に研究者の知的好奇心に基づいた研究では、学際的な知見を有する研究テーマが増えてきていることから、既存の枠組みで研究資金を確保することが難しいケースも増えてきています。しかしながら、研究人口が少なく研究分野として確立されていない、パラダイムが形成されていない研究アイデアにこそ、幅広く投資する仕組みが必要です。

マッチング型クラウドファンディング

私たちは上記の課題に取り組むため、大学と「マッチング型」のクラウドファンディングを実施しています。学内で選ばれた研究プロジェクトがクラウドファンディングにチャレンジし、目標金額を達成した場合に、追加支援(学内研究費)を受け取れるという取り組みです。

これまでに信州大学(理学部)さん、東海大学さん、東京家政学院大学さんと実施してきました。追加支援金額は大学により異なりますが、クラウドファンディングを活用することで、従来と異なる視点から学内研究費を配分できることに加え、より多くの研究者を支援できる点が大きな特徴です。

現在、東海大学さんではチャレンジ中のプロジェクトを4件公開しておりますので、ぜひ特設サイトをご覧ください

支援者がマッチングプールの配分先を決める「Quadratic Funding」

マッチング型クラウドファンディングは見方を変えると、サポーターが資金の配分方法を決めているとも言えます。たとえば、目標金額100万円のプロジェクトに100名から1万円ずつ支援を受けた場合、達成金額は100万円となります。ここでサポーターがひとりでも欠けると、研究者はクラウドファンディングで集めた研究費はもちろん大学からの追加支援を受け取ることもできません。つまり個々のサポーターが学内研究費の配分先を選んだと言うことになります。

この考えかたに基づいた仕組みが「Quadratic Funding(QF)」で、公共財への投資額を決める方法として注目されています[3]。マッチング型では支援金額の大小で配分金額が決定しますが、QFでは支援金額に加えて支援者数が配分金額に影響を与える点が特徴です。

たとえば、QFの方法でマッチングプール50万円を太郎さん、花子さんの2名に分配するケースを考えます。太郎さん、花子さんは、10名のサポーター(Aさん、Bさん…、Jさん)より、それぞれ下記のように支援されているとします。

太郎さんは300円を10名から、花子さんは1,000円を3名から支援されており、支援総額はどちらも3,000円です。

この場合、支援総額は2人とも3,000円ですが、50万円の配分金額は下記のように大きく異なります。

1)で導出された値を重みとして、500,000円を配分します。

ここで重要な点は、少額の支援でもマッチングプールの金額を大きく動かすことができるという点です。たとえば、11人目のサポーターであるKさんが太郎さんに300円支援したとすると、配分金額は太郎さんが400,662円・花子さんが99,338円となります。また、Kさんが花子さんに300円支援したとすると、配分金額は太郎さんが352,226円・花子さんが147,774円となります。マッチング型クラウドファンディングと比較すると、QFでは支援者数がマッチングプールの金額に大きく影響を与えていると言えます。

私たちが運営している「academist Prize supported by 日本の研究.com」は、2050年のミライをつくる研究をQFの仕組みも取り入れて応援する取り組みで、現在8名のチャレンジャーが賞金総額100万円の獲得を目指し、研究活動の発信を進めていきます。2022年8月までチャレンジは続きますので、ぜひ応援をお願いします。

Quadratic Voting は民主主義をアップデートできるのか?

QFは支援者数と支援総額に応じてマッチングプールが分配される仕組みですが、この大元となる考えかたが「Quadratic Voting(QV)」です。QVは、現状の民主主義(1人1票)の抱える問題点を解決する方法として提唱された投票様式で、下記のルールに基づいて運用されます。

  1. 関係者全員に一定量のCreditが配布される。

  2. Creditを消費して票を購入して投票する。Creditは使わずに蓄積することもできる。

  3. x票購入する際に必要なCreditはx^2である。(1Creditで1票、4Creditで2票、9Creditで3票購入できる。

上記3. の二乗部分が「Quadratic」と言われる所以です。(二乗である理由やQVの有用性の詳細は『ラディカル・マーケット 脱・私有財産の世紀』(東洋経済新報社、2019年)をご参考ください。)

たとえば台湾では、2018年から毎年総統杯ハッカソンが開催されており、そこではQVによる投票が行われています。参加者は手持ちの99Creditで好きなプロジェクトに投票します。プロジェクトAに9票(81Credit)、プロジェクトBに3票(9Credit)、プロジェクトCに3票(9Credit)というイメージです。そして上位5チームには、プロジェクトを実行するための十分な予算が与えられます。なかには法律を変えることになった事例もあったそうです[5]。

またコロラド州では、州議会が60〜100個近い政策を実施するにあたり、予算配分の優先順位を決める必要がありました。そこでテストケースとして、QVを活用します。個々の議員が仮想的に配分された100Creditで票を買い、優先的に実施したい政策を選ぶという試みを行いました[6]。

学術研究 × Quadratic Votingの実践

それでは、QV / QFを研究領域で活用することはできるのでしょうか。QV / QF と相性の良さそうなトピックを整理していきます。

  1. 大学・研究機関の学内研究費の配分(QF)
    これからの大学・研究機関は、組織を構成する学生や教職員だけではなく、近隣の住民や企業、寄付者など多様なステークホルダーとの関係性のなかで発展していくことが求められます。「2050年のミライをつくる研究」や「◯◯大学・研究機関の研究」、「地域を活性化する研究」のように、特定の切り口で研究プロジェクト群を公開し、QFの仕組みで賛同者を募ることにより、学内研究費の配分方法の多様化に加えて、ステークホルダーと接点構築ひいては大学・研究機関のブランディングにもつながります。

  2. 自治体や研究資金配分機関の研究費配分(QV / QF)
    研究費配分先を専門家間のピアレビューで決めたほうが良い研究分野がある一方で、社会のニーズを聞きながら配分先を決めたほうが良い分野もあります。たとえば、地域に根差した社会課題を解決する研究との相性は良く、特定課題を解決する研究プロジェクト群を公開し、QV / QFで賛同者を募ることにより、社会にとって意味のある研究を進めることができます。

  3. ビッグサイエンスの実施に伴う意思決定(QV)
    国際リニアコライダー(ILC)のようなビッグサイエンスを実施する際には、「国民および科学コミュニティの支持」が要件になることが多いですが、どれくらいの国民が支持しているかを定量化することは、極めて難しい問題です。QVを活用することで、関連地域の住民がビッグサイエンスに投資したい度合いを、他の施策とあわせて検討することができます。

QV / QF はクラウドファンディングよりも新しい考えかたであり、世界的に見ても事例は少ないですが、新しい民主主義を考える方法として今後さまざまな領域で盛り上がりを見せるのではないかと思います。冒頭で運営費交付金の増額は簡単ではないという話をしましたが、小さなボトムアップの取り組みが同時多発的に生まれていき、それらを最適に社会実装させていくことで、運営費交付金の増額等のマクロな政策につながると考えています。

学術研究の領域でも、QV / QF と相性の良い研究はたくさんあると思いますので、アイデアのある方、アイデアはないけれどもブレストしてみたい方がいらっしゃいましたら、ぜひお話させてください!

参考文献

  1. シン・ニホン

  2. 国際比較研究から運営費交付金の論点を考える – 政策研究大学院大学・林隆之教授

  3. ラディカル・マーケット 脱・私有財産の世紀

  4. 学術系クラウドファンディングの世界史(2012年〜2021年)

  5. オードリー・タン独占インタビュー「モチベーションは、楽しさの最適化」

  6. Colorado Tried a New Way to Vote: Make People Pay—Quadratically

  7. 国際リニアコライダー(ILC)計画の諸課題に関する議論のまとめ

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?