見出し画像

小説「舞台裏」

これから僕がお話することを、あなたは「くだらない」と一蹴するかもしれません。
あまりにも荒唐無稽な話ですから。
そういえば、最近は不思議な話を語る人が減ったと思いませんか。きっと、ぶっ飛んだ話がウケると思って、誰も彼もが話し始めたせいで、陳腐と化してしまったんでしょうね。

ああ、なんでしたっけ。そうだ。僕の話。高校生だったときの、文化祭の話です。本当の話ですよ。
信じるかどうかは、ご自由に。
ただ、真に受けすぎると、こっちも困りますけどね。

   ○

同級生に、長谷部さんという女子がいました。
彼女は容姿端麗で、少し品のない言い方をすると、スクールカーストの頂点にいるような人でした。誰からも好かれていて、男子からはいつも狙われていました。恋愛的な意味でも、性的な意味でも。けど、本当にどうかしようなんて思う人はいません。遠すぎる存在には、かえって触れたくなくなりますから。宗教とかも、きっとそういうことでしょう?
僕ですか? とんでもない。
 
僕は酷いものですよ。休み時間になれば、数少ない友だちと教室の隅っこに集まって「昨日のアニメ見た?」とか「おすすめの漫画あるんだけど」とか、そんなオタク臭いことばかりで。人当たりが良い連中はまぶしくて、一緒にいると辛くなります。
そうそう。所謂、陰キャですよ。
あはは。
 
でも、僕たちよりも下のやつってのもいるもんで。
さっきのスクールカーストって表現を使うと、僕たちのグループは底辺です。富士山でいうところの一合目。だけど、富士の樹海に生息しているやつもいます。
井西って男子なんですけどね。

はい。憶えておいてください。

で、ですよ。やがて僕たちの高校は文化祭を迎えるわけです。まあ、僕たち陰キャでも、祭りですからね。楽しみでしたよ。
なんやかんや、僕たちにも仕事はありましたし。普段、喋ったことのないやつとも、その時は会話したりして。
ところで、なんでサッカーが上手いやつってイケメンが多いんですかね?
そのイケメンの、桑原ってやつが、僕のところに来て声をかけてきたんですよ。

「手伝おうか?」
 
さらっと言いますよね。その一言だけです。僕の返事も待たないで、手伝いを始めたんです。教室のドアに飾る段ボールを切っていたんですが、がたがたになるんで、助かりました。
桑原について回る女子が、ついでみたいに手伝ってくれて。ちょっと面倒だし、鬱陶しいなとも思ったんですけど、案外、みんな気さくな人たちで。僕が勝手に敬遠しすぎていたってのも、あるかもしれませんね。
恥ずかしいから、口には出しませんけど。
 
ちょっと、関係ない話をしすぎました。
 
大事なのは、長谷部さんのことです。
 
彼女は文化祭の演劇で、主役を務めているんです。はい。彼女は演劇部です。説明するの忘れてました。すみません。
部でシナリオを考えて、とは言っても、ロミオとジュリエットの改変ですけど。とにかく、頑張って練習していました。
 
一回だけ、練習を見に行ったことがあります。必死に声を張り上げていました。体育館の端まで届く声でしたよ。何回も繰り返していたのでしょう。汗が流れて、僕は彼女が脱水症状を起こさないか心配でした。
あれだけ頑張っていたら、応援したくなりますよ。
 
ああ。すみません。
早く本題にいけ、ですか。そうですね。
当日です。
 
体育館のステージで、彼女たちは劇を行います。その日のメインイベント、と大々的に宣伝されて、他校の生徒も、なんだか偉そうな人たちもやって来ました。後から思えばあの偉そうな人たちは芸能関係の人だったかもしれませんね。
だから、記事があんなに早く、しかも詳しい内容で世に出たのかも。

それで、長谷部さんは、見事な演技を披露していました。体育座りで眺めている僕たちまでステージ上にいるような、堂々として迫真の、素晴らしい演技でした。どうやら、噂だと長谷部さんは子役の経験があったとか。なかったとか。所詮、噂なんてそんなものですよね。
でも、元子役だったら納得も出来ますよ。それほど凄かったんですから。
 
悲劇のヒロインを演じる彼女は、ステージの中央にやってきました。照明が彼女を照らして、体育館中の注目を浴びています。

その後の展開? 分かりません。練習を全部見ていたわけじゃないんですから。台本だって、秘密です。でもたぶん、王子さま役の男子が横から現われて、彼女の手を取る的な展開じゃないですか。テンプレですよ、テンプレ。
まあ、そうですね。で、あんなことが起きた、と。
 
明瞭に台詞を発していた彼女は、急に黙ってしまいました。客席は、ややどよめいていました。まさか、台詞忘れ? なんてね。でも違いました。彼女は、王子さま役が出てくるはずの、ステージ脇を呆然と見つめていました。
 
目線の先には、紙袋で頭を完全に隠した男が立っていました。僕たちですら不気味に感じたのに、同じステージ上に立っていた長谷部さんは、どれだけ恐ろしかったことか。
何故、男か分かったのかは、簡単です。制服を着ていたからですよ。僕と同じものでした。頭だけを隠しているわけで、首から下は丸見えですから。とはいっても、僕たちには正体が誰なのか、見当が付いていました。

「あれ、井西じゃね?」

そんなささやき声が、瞬く間に伝播して、誰も大声を出していないのに「井西」という名前は客席中に広がりました。
 
さっき言ったスクールカースト最底辺の井西ですよ。富士の樹海住みのね。憶えておいてくださいって、言いましたよね。
 
なんとなくの体型と、身体の傾け具合で分かるんです。あいつ、いつも猫背で、斜めに傾いて立っていますから。みんな、確信を持っていました。あいつ井西だって。なにをしているんだ? って僕も苛立ちました。
もちろん、あいつは演劇部じゃありません。それどころか、なんの仕事も任されていない、クラスの空気です。
空気のあいつは、体育の授業でも小馬鹿にされるような走り方で、長谷部さんに迫りました。

「文化祭だからって、なにサムいことしてんだよ」

きっと、みんながそう感じたはずです。
ため息が聞こえます。誰かが、ステージまで行って止めようとしました。
長谷部さんは動けません。あまりのことで、脚が動かなかったのでしょう。
それがいけなかった。

僕には一瞬だけ、井西の手の中に、照明に反射する銀色のなにかがあるのが見えました。
ナイフです。家庭科室にあるような。鋭いやつ。
 
さっきまでの、綺麗で凜々しかった声とは真逆の、嘔吐するような、空気を絞り出すような音が長谷部さんの口から吐き出されました。

時が止まったようにみんな動けなくなって、僕もそうでしたけど、成り行きを見守ってしまいました。もしかして、これも劇の演出? って。
気がつけば、ステージの下まで赤い血が流れていて、誰かの悲鳴で騒然となりました。
あとはもう大混乱で、僕はなにもできず、人が走り回る中で流されていました。鯨に吸い込まれる小魚ってあんな気持ちなんですかね。

井西は、普段のあいつからは考えられないようなスピードで舞台裏に逃げました。
 
おかしいんですよ。激怒した桑原が、「ぶっ殺してやる!」とか物騒なことを叫びながら舞台裏に駆け込んでいきました。でも、数分経って彼一人だけが出てきたんです。泣きそうでもあり、怒り狂っているようでもあり、また井西が消えたことに疑問を持っているような、複雑な表情です。

「あいつ、必ず見つけ出して殺す」

って。桑原って友だちも多いし。その中にはヤバい人と関係持ってるって噂の男子もいたんで、あいつならやりかねないな、って思いました。

噂といえば、そうだ。長谷部さん、あんな品行方正な人だったのに、援交とか、いじめとか、悪い噂が急に流れ出したんですよ。結局、妬んでいる女子もいたんですよね。誰からも好かれるなんて、無理なんだろうな。
酷いですよね。彼女が死んだからって、いきなり悪い噂を。ああ、僕は信じてませんよ。あの長谷部さんがそんな。そういう人には見えないし。
 
え? 
 
知らないんですか? これ以上は話す必要ないかなって思ってたのに。
死にましたよ。長谷部さんも。井西のやつも。有名でしょ?

『同級生を殺した男子、学校から数キロ先の林で首吊り自殺』って。ニュースで話題になったはずでしょうに。
桑原たちが自殺に追い込んだとか? 可能性は僕も考えましたよ。でも、彼らは知らないって。嘘をついているかもしれませんけどね。
あ、つまり、これも知らないんですか?
 
井西、解剖によると、演劇が行われているときには、死んでたらしいって。
そんなわけないってのが、世間一般の見解ですけどね。

   ○

結局、なんの話だったかって?
さあ、僕にも分かりませんよ。僕は、話の一面しか見ていませんから。井西がなにを思っていたのか、長谷部さんが何故狙われたのか、桑原はなにをしたのか。さっぱりです。
不謹慎かもしれませんけど、僕は一連の劇の、観客でしかなかったわけです。劇の裏側は、知りようがありません。
 
やっぱり嘘か本当か、疑ってますね。長谷部さんと井西が死んだのは本当ですよ。過去のニュースでも調べてみてください。5ちゃんでもネタにされてるんで、面白おかしく見たいんだったら、それがいいですよ、
ま、僕はそういうの嫌いですけどね。
当たり前でしょう。失って分かりましたよ。僕も高嶺の花として見てたわけだけど、やっぱり長谷部さんのことが好きだったんだって。長谷部さんの悪い噂とか取り上げられて、さも真実みたいに語られているのは、腹が立ちます。
 
とりあえず、こんなところでこのお話は終わりましょう。
ありがとうございました。

 

はあ?
井西の死について?
 
勝手に死にやがって、って思ってるやつもいましたね。
朝、僕の仲間と集まってオタクの会話をしているときでした。ドアが勢いよく開けられて、クラスメイトの一人が馬鹿みたいに大きな声で「井西が死んだ!」って言いました。結構、騒ぎになりました。桑原たちも、険しい顔をしていましたよ。
だからといって、なにかあったわけじゃないですけど。
僕たちはどう思ったか、ですか。

「かわいそ」

ぐらいでしたかね。
 
さあ、今度こそ終わりです。
良い夜を。

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?